第19話 破壊神バロウド


    1


 クサナギとバロウドが対峙する──これはその半日前の出来事。

 岩と石だらけの高山地帯。そこに魔王の欠片が落ちていた。やがて破壊神へと変わる物。破壊神の種とも言える物だ。


 赤炎竜ガーザは上空からそれを見つけ、近くに降り立った。


「これが、グラドルグが言っていた物」


 竜と人間は協力している。それはこのガーザにも言えることだ。

 もしこれが破壊神の種ならば報告をする義務が発生する。


 そこでガーザは欠片に近づいた。命の危険すらも覚悟して。

 しかし、結果的にはこの行為が致命的な事態に陥らせる。


「むう!?」


 突如欠片が粒子となり、続いて煙となって消え去った。

 ガーザは破壊神を探すために周囲を見渡したが意味はない。破壊神バロウドはガーザの中──竜の体内に侵入したのだ。

 そしてその肉体を支配する。赤き竜の自由な意思を奪う。


 ガーザは抵抗した。その巨体を地面に叩きつけ、転がり回り。

 だが破壊神の前では無力だ。竜の意思もやがては失われた。

 ガーザだった物が空に飛び立つ。それが惨劇の始まりであった。


    2


 こうして竜の体は支配され──勇者クサナギ達の前に居た。

 家よりも遥かに大きな体。凄まじく堅牢な厚い鱗。人が襲われれば為す術も無く、ただひたすら逃げ惑うのみである。


 無論、何事にも例外はある。この場では勇者クサナギがそれだ。


「この肉体は強き竜の物。そして貴様らの同胞……」

「アッパー!」


 クサナギは全て聞き終わる前に一歩大きな距離を踏み込んだ。するとそこはバロウドの顎の下。ここで地を蹴り右手を突き上げる。


 その拳はバロウドの顎を打ち、竜の巨体を少しだけ浮かせた。


「かーらーのー、投げ技じゃあああ!」


 そこでクサナギは竜の首を持ち、思い切り振り回しぶん投げた。

 勇者の腕力は圧倒的だ。バロウドが燃える瓦礫に突っ込む。

 普通の生物なら即死である。だが竜もまた普通ではなかった。


「容赦の無い奴だ。人と竜とは、協力関係にあると聞いたが?」


 バロウドは体を起こして言った。

 体を炎にあぶられようとも、竜の肉体には影響はない。悠々と歩き瓦礫を脱出。口から少し血が垂れたくらいだ。


「まだ立ってくるんだな? とは言えだ、さっきのパンチにゃ手応えがあった」


 しかし当然、勇者は怯まない。


「クサナギよ。竜は誇り高きもの。手心を加える必要はない」

「チビもこう言ってくれてるし? 悪いがさっくり倒させて貰う」


 幸いチビからの許可も貰った。最初から気にしてなどはいないが。

 鞘から抜いた剣を振りながら、クサナギはバロウドへと歩み寄る。


 バロウドは口から火炎を吐いて、迎撃を試みるが意味はない。


「ふん!」


 クサナギが剣を振り抜くと──バロウドに向けて波動が飛んだ。それは炎を容易く切り裂いてバロウドの肉体に到達する。

 縦一閃。頭から尻尾まで。分厚い鱗も役には立たない。傷跡からは血液が噴き出し、その損傷を如実に物語る。


「その程度か?」

「んなワケねーだろーが!」


 それでも粋がる破壊神。クサナギはその頭にジャンプした。そして眉間に剣を突き立てる。竜にとってもその場所は急所だ。


 遂にバロウドは鳴き叫びながら、その体を大地に横たえた。


「ふいー。ドラゴンって食えるのかね?」


 クサナギは剣を回収するため、竜の頭部に向かって歩み寄る。

 だがそれは大きな誤りだった。すんでの所でそれに気付いたが。


 竜の口から黒色の煙が、勢いよく吹き出し襲いかかる。

 クサナギは飛び退いて回避した。だが煙は直ぐに狙いを変える。


 クサナギの後方に居たセシリア。クサナギでは既に阻止は出来ない。側に居たチビは爪を振るったが、相手は煙だ。効果などない。


「しま……!」


 結果セシリアに辿り着き、黒い煙は彼女を取り込んだ。

 或いは彼女に侵入したのか? 何にしても危険な状態だ。


「おーい、セシリアちゃん。大丈夫か……?」

「だい……じょうぶではありません。私から……離れてください」


 クサナギが恐る恐る問いかけた。するとまだ返答は返ってくる。

 しかしセシリアは苦しそうである。しかも次に彼女はこう言った。


「流石は竜の巫女と言う所か。だが我の力には及ばない」


 その口調はバロウドの物である。肉体は乗っ取られる寸前だ。

 だがセシリアも抵抗はしている。短剣を取り出し首に宛がう。


「破壊神の……好きにはさせません。命を賭しても……封印します」


 彼女は巫女だ。首を切り裂けば、出血しやがて死に至るだろう。

 そうなる前に救わねばならない。しかしクサナギには──手段が無い。


「勇者よ。もし女が大事なら……我と取引をせよ。さもなくば……」


 その苦悩をまるで見透かすように、バロウドがクサナギに持ちかけた。


「取引に応じたらセシリアは?」

「解放する。貴様が身代わりだ」


 破壊神の狙いはクサナギだ。恐らくは最初からそうであった。

 一方、クサナギにも異論はない。セシリアが優先対象である。


「どうすれば良い?」

「我の側に来い。ただし両手を挙げてゆっくりと」


 クサナギはバロウドの指示通り、両手を挙げセシリアに近づいた。

 そして真っ正面から向かい合う。距離は既に一歩分すらもない。


「離れてくださいと……言いました」

「まあそう言うなって。セシリアちゃん」


 セシリアは相当不満のようだ。

 チビは黙ってただ見守っている。


 クサナギは引き下がるつもりはない。そしてバロウドは、指示を下した。


「口を開けよ」

「もしかしてキッスか!?」


 期待しつつ口を開けるクサナギ。するとセシリアもまた、口を開ける。

 そして彼女の口から黒煙が、クサナギの口に向け放射される。


「あばばばばばばばば!?」


 そしてクサナギの内部に入った。まさにバロウドの思惑通りに。


「クサナギ……!」


 セシリアが心配する。だがクサナギは心配していない。

 数秒して空気が震えだした。勇者クサナギの──怒りによって。


「よくも俺の女に手を出したな? このくそったれのゴミ破壊神が。お前は俺の中ですりつぶして、木っ端微塵ですらもなくしてやる」


 クサナギは自らのエネルギーで体内のバロウドを押しつぶした。

 煙のように形などなくとも、存在する場がなければ滅びる。


(ぐ……まさか、このような事が? 脱出を! この肉体はまずい……!)


 バロウドも気付いて逃げようとした。

 しかしもう遅い。捕らえられている。


「さあ圧殺タイムだ。泣き叫べ」

(ぐぎゃああああああああ!)


 バロウドがクサナギの中で叫ぶ。それが断末魔の叫びとなった。

 クサナギが“ふー”と息を吐き出すと、金の粒子がフワフワと漂う。


 破壊神バロウドは破壊された。そして短剣へと封印された。

 だが問題はまだ残されている。クサナギの目の前のセシリアだ。


「あーそのセシリアちゃん。怒ってる?」


 彼女は少し涙ぐんでいた。涙ぐんだ瞳で睨んでいた。

 恐らくはクサナギに怒っている。理由は解らないが間違い無い。


 とにかく、まずは謝罪をするべきだ──


「よくわからんが俺がわるか……」


 だがクサナギの謝罪は止められた。口を口で塞がれたからである。

 恐らくは一瞬の事であった。何が何だかもわからないほどに。


「二度とあんな事しないでください!」


 そして彼女は少し離れ怒る。

 当然、クサナギは聞こえていない。


 セシリアは背を向けて歩き出すが、呆然として立ち尽くすのみである。


「おーう……こいつは痺れたぜ」


 その混乱の中で一つだけ、一つだけクサナギは考えた。もしもクサナギを殺せるとしたら、それはセシリアだけかもしれないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る