第9話 魔王ザメク
1
魔王城から、駆け出るクサナギ。そしてクサナギに抱えられたチビ。しかし、脅威は未だ二人組を巻き込もうと背後から襲い来る。
石で作られた魔王城。渇き果て荒れ果てた暗い大地。それらがバラバラに粉砕されて、巻き上げられ、球体状となる。
魔王城を中心として起きた、異変の範囲は広がり続けた。つまり巻き込まれたくないのなら、逃げ続けるしかないと言う事だ。
「どああああ! おいチビ! なんだこれ!?」
「我が知るか! とにかく今は逃げよ!」
勇者クサナギは口論しつつも、全身全霊で走り続けた。
一瞬でも立ち止まろう物なら、地面と共に吸い込まれてしまう。
この現象はどこまで続くのか? 無限に広がるようにも思える。
しかしクサナギは驚いた。急に現象が停滞したのだ。
「お、止まった?」
そこでクサナギはブレーキをかけ後ろを振り向いた。
すると確かに吸い込みは止まって地面は落ち着いた──ように見える。だが完全に停止してはいない。吸い込まれた物が集まっている。
大地には抉られたクレーター。その天に、滞留する球体。砕かれた物達が渦を巻いて、小さな球体へと集束する。
「うわー。なんか凄くいやな予感」
この後一体何が起こるのか? 何故だかクサナギにも感じられた。
集束しきった物体が、今度は破裂して拡散をする。
「のわああああ!?」
その砂のバーストに呑み込まれ、クサナギ達の姿は掻き消えた。
2
二百年前──魔王ザメクは勇者リーン・ファウルと戦った。
当時のザメクの姿はと言えば人型ではあるが異形のキメラ。頭は山羊。翼はドラゴン。足は馬。胴は黒い獣毛。
勇者リーンはそんな化け物に、たった一人きりで対峙していた。ここに至るまでに仲間は倒れ、残された希望は彼しか居ない。
「我は支配者。究極の支配者。その我に何故その剣を向ける?」
その勇者にザメクは質問した。
低い声だが、威嚇ではない。心底不思議に思っていたのだ。
「人の子も魔族の子も皆同じ。完全なる支配を望んでいる。我にその魂を預ければ、最早未来を案ずることはない」
まるで複数の声が重なって造られたような──不気味な声だ。
しかし勇者は怯んでなどいない。それは魔王にも理解出来ていた。
「私達は悩み傷つきながら、未来を自らの手で掴み取る。お前の言う事はその選択を、そして未来を無価値にしてしまう」
勇者は諸刃の剣を構えた。それに切り札も隠し持っている。
しかし魔王は迎え撃つだけだ。究極の支配者だと示すため。
「では勇者よ。ここで朽ちるが良い」
「否! 私が貴様を討ち果たす!」
この後の出来事はほぼ全ての人類、魔族が知っていることだ。死闘の末命と引き換えに、勇者は魔王を封じたのである。
犠牲となった人は数知れず。犠牲となった魔族も数知れず。だがどちらも学習できなかった。故に今──ザメクが蘇る。
魔王を封じた勇者の祈りは忘却の内側で朽ち果てた。
3
魔王城跡地に集まった砂。それは弾け周囲に拡散した。
勇者クサナギ達も覆われたが、それで傷を負ったりはしていない。
「ぺっぺっ! あー口がジャリジャリする」
多少口へと砂が入ったが、クサナギもチビもピンピンしている。
もっとも今現在は──である。魔王ザメクはこの世界に降りた。
穿たれたクレーターの中央に直立する人のような物体。しかし、それは金色に輝いて周囲を眩く照らし出している。
「で、アレがザメクか?」
「恐らくは……」
「絵本見た奴とだいぶ違うな」
クサナギはその“魔王”を見て言った。
魔王は二百年前の時とはまるで違った外見をしていた。確かに人間に似た形状だ。大きさも人間と大差は無い。しかし体は金色の水晶。僅かに透ける眩い金色だ。その素材は金属のようであり、また若しくは硝子の様でもある。
「ふいー。ま、計画通りだ。どうせ奴を殺しに来たんだしな」
しかし怖じ気づいている暇は無い。クサナギも使命は心得ている。
「待て勇者よ。渡したい物がある」
だが、チビが一旦引き留めた。
彼は収納魔法を発動し、口の中から短剣を取り出す。
「これは勇者リーンが使った物。封印の短剣と同じ物だ」
「あー、絵本に書かれてた奴だな?」
「その通りだ。弱らせ、使用しろ」
かつて勇者リーンが使用した、魔王を封印する秘密兵器。
柄も鞘も装飾が美しく、特別な物だと主張している。
「サンキュー。じゃ、叩き潰してくるわ」
クサナギはその短剣をしまうと剣を手に持って──そして歩き出す。
「すまない。クサナギ。我の力では……」
「良いからお前はそこで見てやがれ」
その背にかけられたチビの言葉をクサナギは意気揚々と返した。
「セシリアちゃんを口説き落とすにも、生きた証人が必要だからな」
かくして新たなる勇者と魔王。二人は対決へと導かれた。
入手アイテム:封印の短剣
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