第10話 破壊者と支配者
1
穿たれたクレーターの中心へ、ゆっくりと、天から降り立った。
水晶の様な黄金の体。一糸まとわず武器すらも持たない。体の線は細く、黒色の──紋様が全身に描かれている。
二百年前、現れた時とはまるで違う姿をした魔王。しかし彼はザメクだ。間違い無く。つまりクサナギのターゲットである。
「取り合えず奴に近づいてみるか」
クサナギは言ってクレーターの端、崖のような部分を飛び降りた。
ザメクはクレーターの中央からまだ一ミリたりとも動かない。完全に覚醒していないのか。それともクサナギを待っているのか。
いずれにしても、魔王を倒すには彼に接近するより他に無い。
クレーターの斜面を滑り降り、そのままの勢いで走り寄る。
しかしクサナギはブレーキをかけた。まだ少しだけ距離の在る所で。
そして止まると──クサナギは聞いた。
「おーい! あー……お前がザメクか?」
それに対し魔王は緩慢に、クサナギの方へと視線を送る。目の位置がどこなのかもわからない。しかしクサナギは視線を感じた。
「イエス……か?」
「我はザメク。統べるために生み出されし存在」
そして名乗った。彼こそがザメク。魔力による言葉で回答した。
その瞬間クサナギも理解する。何故彼が魔王と呼ばれるのかを。
「だったら予定通りだ。速攻で、お前の首を取って持って帰る」
だがクサナギは一切怯まない。例え相手が何者だとしても。
いつものように軽薄な態度で、何気なく──ザメクに突撃する。一方のザメクは静止状態。クサナギが振り下ろす剣が入る。
「ちっ!」
しかし、容易には行かなかった。
動かないザメクの肩に対して幹竹割りは正確に命中。そして金属音が鳴り響いた。だがザメクには掠り傷も無い。クサナギにも効いていないとわかる。
ならば次は一体どうなるか? クサナギですらわかる自明の理だ。
ザメクの体が光り輝いた。魔力で出来た強大な光だ。それはクサナギの体を呑み込み、衝撃でクサナギを吹き飛ばす。
幸いクサナギにも怪我はない。剣はバラバラに折れてしまったが。吹き飛んだ体が地面に当たり、何度か跳ねた後に着地した。
「勇者。お前がこの世の勇者か?」
そのクサナギにザメクが問うてくる。
彼は先ほど覚醒したばかり。クサナギのことも知らないのだろう。故に問うことは不自然ではない。だが問うた理由はもう一つある。
クサナギを舐めている。なればこそ、追撃をせずに──捨て置いたのだ。
「あー正直迷惑してるけどな? この俺が勇者ってことらしい」
一方のクサナギも返答した。敵である、ザメクを知るために。
「勇者。我をかつて封じた者。我の支配を拒絶する存在」
「まあ自由人なのは認めるがな。お前だって相当奇特だろ」
「支配されたいという者の願い。その願いから私は造られた」
ザメクは意外にもと言うべきか、クサナギの質問に返してくる。
しかし彼に一切の隙はない。打って出ても先ほどの二の舞だ。
「願いからねえ。それで支配して、お前の作った世界はどうなる?」
「全てが我の元平等となる」
「刃向かったら?」
「排除するだけだ」
「だったら俺は排除される側だ。お行儀良く出来るタイプじゃねーし」
クサナギはニヤリと笑って言った。
最初から殺すつもりではあるが、やはり手打ちなど到底不可能。勇者の使命などどうでも良いが、ザメクとは価値観が相容れない。
「我は支配者。我の支配には……勇者の存在する位置は無い」
それはザメクも同じようだった。
ザメクの体が光り輝くと、天に星々が無数に輝く。それは魔力で出来た弾丸だ。それらがクサナギへと降り注ぐ。
「やべ」
──と、クサナギが呟いた。だがもう遅い。避ける時間は無い。広範囲に光が落下した。次々現れ落下し続けた。
綺麗なクレーターだった地面が砕かれて不揃いになっていく。
そして──更にその続きが来た。
「消えるが良い。勇者を名乗る者よ」
今度は、太陽のように巨大な魔力の固まりが地面に落ちる。それはクサナギを押しつぶすように振ってきて周囲を破壊し尽くす。
光が収まり粉塵が薄れ、落ち着くまでかなり時間が経った。ザメクの視界が開けたその時、クサナギは地面へと埋もれていた。
2
ジャベリン・クサナギは木こりであった。その前は木こりの息子であった。
親はごく普通の木こりの夫妻。父は筋骨隆々のマッチョだ。だが、クサナギと比較した場合は一般人のカテゴリーに入る。
一般的に生活を営み、一般的に病に冒された。クサナギの母は病に伏せり、そしてその日終わりが訪れる。
「おやじ! 母ちゃんはまだベッドか!? ベリーを見つけたから持ってきたぞ!」
「母さんは……アメグへと昇った」
無邪気に帰ってきたクサナギに、父がうなだれ絞り出して言った。
アメグへと昇った。つまり死んだ。良い人間はアメグに昇るのだ。そこには苦痛も無い。恐怖も無い。平穏な幸せに満ちた世界。
しかしそれは嘘だと知っている。故に父もクサナギも悲しんだ。
だがその父も病に冒された。人間に抗う術は無いのだ。
「親父。痩せたな。ちゃんと仕事しろ」
「クサナギ。お前は……いつも通りだ」
父親はベッドに寝かされたまま、クサナギに言うと強く咳き込んだ。
母と同じ病。筋肉は痩せ、肌の色は青白くなっている。
だがそんな父親はクサナギに、次の世代への祈りを託した。
「クサナギ。俺はあと少し、あと少しで母さんの元へ行く。そうしたらお前は一人ぼっちだ。本当にすまないと思っている」
例え命を削りきろうとも、言わなければならないことがあった。
「だが……いつかお前にも家族が、愛する人がきっと現れる。お前は強い。もしもそうなったら……家族をその力で護ってやれ」
父の手がクサナギを引き寄せる。病人とは思えない腕力で。
「俺には母さんを護れなかった。お前を護ることも出来なかった。だがお前ならきっとそれが出来る! 俺はそれを知っている! お前なら……!」
そこで遂に力が尽きたのか、父がゴホゴホと咳き込みはじめる。
クサナギはその父を寝かしつけ、ゆっくりとその場所を後にした。
「覚えとくよ。頭はわりぃから、保証は出来ないけど覚えとく」
その途中に言った。軽口だが、思いは痛いほど込められていた。
3
魔王ザメクの周囲の風景は最早原型を留めてはいない。綺麗な形状だったクレーター。その表面はもはやガタガタだ。破壊された大地が隆起して、まるで棘のように突き出している。
だが──「ぶは!」クサナギは瓦礫を弾き飛ばして、下から現れた。
その体は一糸まとわぬ全裸。服や鎧が消し飛んだ結果だ。しかし尚肉体は無傷のまま。髪の毛もしっかりと生えている。
「くっそ好き勝手やりやがる。おかげで走馬灯を見ちまった」
それに短刀もまだ無事だ。クサナギのその手に握られている。
「お前は……勇者か?」
それを見て魔王ザメクは問うた。
驚いているらしい。一見して、そうは見えないが驚いてはいる。
一方、クサナギは驚かない。そして逃げない。魔王の首を取る。
「ぬりゃあ!」
その手始めに拳打した。
固めた拳が魔王の頭に直撃して、大きなヒビを入れる。
「ぜああ!」
だが、魔王も反撃する。黄金の爪がクサナギに迫る。
そして命中。しかし効き目は無い。クサナギは完全にキレていた。
「こんの金ピカがあ!! 死にやがれ!!」
クサナギは魔王の足を掴むと、持ち上げて無造作に放り投げた。
魔王は遠くの地面に激突。そして弾かれ天に舞い上がる。
だがそれは魔王の思惑通り。空に浮き態勢を整える。
勇者は大地を蹴ってその前へ。殴り飛ばし、自分が宙に浮いた。
「ふしゅー! 勇者だって飛べるんだよ!!」
と、言ったが飛んだのは初めてだ。どうやっているのかもわからない。
しかしわからずとも飛べているのだ。魔王の追撃にも難儀しない。
「おらおらおらおら! ぶっ壊れやがれ!」
地面に埋もれた魔王に突っ込み、クサナギはそのままボコボコにした。
踵を振り下ろす打撃の連打。顔面を狙う拳の暴風。
それでも、魔王はまだ壊れない。しかしクサナギには秘策があった。
「で、これだ。お前用のナイフだ」
かつて魔王を封印したナイフ。それを弱った魔王に突き立てる。
後はどういう仕組みか不明だが、ナイフの力が魔王を封ずる。
相棒のチビは──そう言っていた。
「おーう。マジでか? 壊れやがった」
封印の短剣が砕け散った。折れたのではない。魔法の力だ。
「長い時の果て、我は進化した。我を封じる手段は最早無い」
ザメクがその理由を説明する。なんだか気前の良い魔王である。
「じゃー仕方ないなー。プランBだ」
元よりクサナギは封印よりも、破壊行為を好むタイプである。
魔王ザメクをうつ伏せに寝かせて、その首を逸らせもぎ取りにかかる。
「我は魔王……支配するべき者」
ザメクの魔法により魔法弾がクサナギに当たるが全く無視だ。頭を打とうが、腹部を打とうが、つるっつるのケツに打ち付けようが。
その圧倒的腕力によって、ザメクの首にヒビが入っていく。ミシミシと言う可哀相な音が、ザメクの首の内部から聞こえる。
「そうか……お前は! 勇者では……!」
そして完全にもぎ取った。
するとザメクの体から光がふきだして、そして爆砕される。
恐ろしい魔力の爆発である。しかしクサナギはピンピンしていた。
それに戦利品も無事確保した。魔王ザメクの力ない頭を。
「まったくどうすんだよ。歴史書に、全裸で帰還したとか書かれるぞ?」
勇者クサナギは頭へとぼやく。しかしぼやいても全く無意味だ。この歴史に刻まれる対決の一部始終を見ていた者が居る。
「勇者よ。遂に、やったのだな?」
「おうよ。これでハートを射止めてやる」
パタパタと飛んできたチビに向けてクサナギは口角を上げて言った。
チビはなんだか涙ぐんでいる。クサナギもこれで感激している。
とにかくこの冒険は決着し、二人仲良く帰路の旅路に着いた。
尚、歴史書によるとセシリアはどこへともなく姿を消していた。
入手アイテム:魔王の頭部
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます