第8話 魔王城と最後の三暴魔
1
大要塞を抜けた北の地に、魔王城は不気味にそびえていた。古めかしい石造りの建物。曇天下に闇のオーラを纏う。
その廊下を照らし出す雷で、クサナギの影が大きく映った。
「なあチビ。この壺はどう思う? 高く売れるような気がするんだが」
「我に物品を鑑定させるな」
「言いじゃんかー。減るもんじゃあるまいし」
クサナギとチビはコソコソと、魔王城の内部に侵入した。おかげで魔族の溜め込んだ財を濡れ手で粟の略奪し放題。
魔王城と銘打つだけはあり、装飾を一つ取っても美麗だ。やや悪趣味なデザインではあるが、高価である事に間違いはない。
「わっているのか勇者クサナギよ? 我らの目的は魔王の打倒」
チビは相も変わらず小うるさいがクサナギにスルーの選択は無い。
「はいはい。わかってるって。でもアレだ。壺の中にいるかも知れないしな」
クサナギは言って壺を手に取った。そしてそれを頭の上に乗せた。
今この時も、魔王の封印が解かれようとしているとも知らずに。
2
紫の燭台に照らされて、真っ赤な水晶が輝いている。鎖で宙に吊された水晶。恐ろしい程巨大な物体だ。そしてその水晶を囲むように、輝く魔法陣が描かれている。
封印の間。かつて封じられた魔王ザメクが安置される場所。その前で一人祈りを捧げる、少女の姿をした魔族が居た。
魔族の名はシーラ。氷魔のシーラ。一人残った最後の三暴魔。
彼女は一心に祈っていたが、驚き唐突に頭を上げた。
「感じる。魔王様の魂を。間も無く封は解かれ降臨する」
シーラは恍惚と酔いしれていた。魔王の放つ漆黒のオーラに。
だが勇者もその気配に気が付く。ここに来るのは時間の問題だ。
「わかっています魔王ザメク様。私が勇者を始末いたします」
シーラは言うとゆっくり立ち上がり、封印の間を歩いて後にする。
その入り口をでるとそこに居た、警備兵にシーラは注文した。
「そこの者。贄の準備を。魔王様に捧げるための贄を」
そして立ち去る。シーラのその顔に、まだ恍惚感が残されていた。
3
魔族は勇者を迎え撃つために必ず広い部屋を用意する。
クサナギには何故かはわからないが、タイードと戦って理解はした。
だからこそ、入って直ぐに気付く。シーラの戦闘用空間に。
「ここは……最後のなんちゃらだな?」
「三暴魔だろう。勇者クサナギよ」
それはチビも察知したようだった。
部屋はタイードの時とは異なり、壁面はシンプルな石造り。しかし、その上に無数と言うべき魔法陣が描かれ輝いている。
「三ってことは残ってやがるのは?」
「氷魔のシーラだ。魔法を使う」
チビは真剣にクサナギに言った。
だがクサナギからすれば冗談だ。この部屋の中を見渡せば、そんなことは即座に理解出来た。
まだ敵は姿を現さないが、クサナギを逃すことは無いだろう。
「良く来ましたね。人間の勇者よ」
噂をすれば影が差すと言う。彼女は瞬間的に現れた。
恐らくは彼女の足下にある、魔法陣が機能を果たしたのだ。
しかし、それよりもクサナギは──ある一点にだけ驚愕したが。
「美少女! おいこらチビ美少女だ!」
「アレがシーラなのだろう。恐らくは」
クサナギが言うとチビが返事した。
二人が見据える三暴魔、氷魔のシーラはいわゆる美少女。マントを羽織り杖を装備した、ゆるふわな金髪の美少女だ。
「何をごちゃごちゃと言っているのです?」
「あ、いや。気にすんな。こっちのことだ」
シーラに問われクサナギは答える。しかし内心は動揺していた。
クサナギの目的は美少女だ。つまりセシリアとの結婚である。だが目の前に居るのも美少女だ。多少若すぎる感もあるのだが。
「まあ、貴方のことなどどうでも良い。魔王様のため、死んで貰います」
そんなことを悩んで居た途中。当然シーラが攻撃してきた。
氷魔の名の通り凍りの魔法。低温のブリザードが吹き荒れる。
その魔法が発動した瞬間、クサナギはチビに向かい抱きしめた。
「仲間を庇いましたか。愚かしい」
「勇者よ! お主が、我のことを……!」
二人は何か勘違いしている。それを直ぐに思い知ることになる。
「おいチビ。ジュース出してくれ。これならキンキンに冷やせるはずだ」
勇者は冷えたジュースを所望した。正確には冷える予定のジュース。
チビがあきれ果てそれを取り出すと、クサナギは即座に吹雪にかざす。
しかし、飲むことは叶わなかった。ひっくり返しても出てこないのだ。
「あー。冷えすぎて、凍ってるな」
クサナギは少しだけガッカリした。少しだけなのは溶けるからである。間を置けば程よく冷えたジュースが、クサナギの喉を潤すであろう。
尚、この間勇者のクサナギは、全く体を凍らせていない。肌もピチピチのまま。無傷である。シーラはそれを見て驚いていた。
「なるほど。サバカドとタイードを、下してたどり着いただけはある」
だがシーラは口では言いながらも、まだクサナギに恐怖してはいない。
「では私も本気を出しましょう。最早魔力を溜める理由も無い」
その訳は直ぐに露見した。シーラの肉体が変異していく。
小さな少女のような肉体が、大人の魔族の女性の物へと。
「なにいいいいい!?」
これにはクサナギも──動転した。
「魔王様復活の儀式のため、姿を変え魔力を抑えていた。これが私の本当の姿よ。さあ恐れなさい! 跪くのです!」
氷魔のシーラが全身に纏う魔力は膨れあがり濃縮した。
だが──それはどうでも良いことだ。
「おのれ騙したな卑怯な魔族め!!」
クサナギは血涙を流し言った。
一見勇者らしい発言だ。が、その理由は勇者らしくない。シーラは勇者クサナギの好みを大きく外れてしまったのである。
現在シーラの見た目年齢は四十代の美女と言った所。クサナギ的には対象外。色々と対象外なのである。
ともあれシーラの魔力は驚異だ。それは既に魔法となっていた。
「お、チビ。なんで床に伏せてんだ?」
「奴の魔法で動きが取れんのだ!」
どうやら何か起きているらしい。
チビが床にぺったり倒れている。
「大地の力を増幅しました。貴方達は動くことは出来ない」
その理由をシーラが説明した。勝ち誇って。しかし間違いである。
「いや。別に普通に動けるぞ?」
クサナギはダンスを踊って見せた。それも当然、一時のことだが。
直ぐにシーラへとアッパーをかまし、その体を天井へと突き刺す。そして今度は天井に跳躍。足を掴み地面に投げ落とした。
「あが……」
シーラは虫の息だ。既に死んでいる可能性も有る。
「良いか? お前に一つ教えよう。美少女は居る。魔女も存在する。だが、美魔女などこの世界に居ない!」
その、シーラへとクサナギは告げた。説教した。心の奥底から。
すると彼女の魔法が解除され、チビがゆっくりパタパタ浮き上がる。
「遂に三暴魔を全て倒した」
「後は魔王だな! サクッと行くぞ」
クサナギは大きく高笑いをし、チビの元に歩いて合流する。
だがその途中、城が震動した。まるでこの世の終わりであるように。
「既に……儀式は完了じました。魔王ザメクは……復活ずる!」
死にかけのシーラが笑って告げる。歯の折れた残念な顔面で。
その間にも震動は強まり、魔王城が崩壊を開始する。
「勇者よ! とにかく外に出るぞ!」
「えー魔王は?」
「あちらから現れる!」
クサナギはチビに言われ仕方なく、彼を抱えこの魔王城を出る。
「魔王ザメクに……栄光あれ!」
その様子を耳だけで聞きながら、シーラは叫び瓦礫に潰された。
入手アイテム:財宝
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