第7話 無敵の鎧:後編
1
金属で構築された要塞。長大かつ巨大な建造物。
その入り口の前にクサナギと、チビは疲労困憊で立っていた。
周囲には既に魔族の死体。恐らくは先鋒の部隊だろう。クサナギがここまでに殺害した魔族のほんの一部に過ぎないが。
ノルガルド大要塞──魔王軍最大最強の軍事拠点だ。最初に撃退した大部隊も、この要塞から出撃してきた。無論それで全てではないのだが。
「やっとゴールか。まったくチクチクと、チクチクチクチク攻めて来やがって!」
「残念だが勇者よ。入り口だ。中にはまだ魔族がいるだろう」
キレ気味のクサナギに向けてチビが、冷静にツッコミを入れてくる。
しかしそのチビも疲れ気味だった。魔王軍の策ならば有効だ。
もっとも機嫌の悪いクサナギは、いつもより勇猛でもあるのだが。
「だったらさっさとぶち殺してやる! んでティータイムだ! 意義は認めねえ!」
言うとクサナギは拳を固めて、大要塞の門を殴りつけた。
すると門が粉々に砕け散り、内部に続く通路が現れる。
「よっしゃー! かちこみじゃー! ぶっころーす!」
「今日は我も文句を言う気は無い」
こうして二人は要塞の中へ、怒気を撒き散らしつつ進入した。
2
魔族の様式美で造られた、勇者迎撃のための大広間。その広大な部屋は膨大な労力をつぎ込んで建造された。戦う為の部屋とは思えない豪華な装飾、美麗な絵画。鉄塊のタイードはそのエリアの中心に、余裕で佇んでいた。
既に勇者は要塞に侵入。轟音響かせ要塞を揺らす。その発生源が近づいている。間も無く勇者は現れるだろう。
しかしタイードは一人であった。それだけの自信が彼には有った。
緊張感はあるが恐怖はない。勇者クサナギは──ここで滅び去る。
そのクサナギは遂に辿り着き、大広間の扉を蹴破った。
「良くきたな勇者……」
「あぎゃらぼぎゃあああ!!」
そしてクサナギは奇声を上げつつ、タイードの顔面を拳打した。
もっともタイードは全身鎧。頭も兜で覆われてはいる。とは言えその衝撃は凄まじく、吹き飛んで壁面に激突した。
「おらどこだ!? こんなのを建てたバカは!? ぶっ潰して公園にしてくれる!」
一方当の勇者クサナギは、殴った相手すらわかっていない。
「いや。クサナギよ。今のが敵だ。おそらく三暴魔の一人だろう」
そこで遅れてきたチビが教えた。今殴った相手が強敵だと。
ただし教える必要も無かった。何故なら、タイードは生きている。
「くっくっく、予想以上の力だ。しかし私を殺すには及ばぬ」
粉砕された壁の瓦礫から、鎧の魔族が歩いて出て来た。
鉄塊のタイード。紫の、鎧を纏った三暴魔。
「はーん。お前か。ネチネチネチネチ無駄に雑魚をけしかけてきた奴は」
「彼等は魔王に命を捧げた。名誉ある死だ。いずれ讃えられる」
「じゃ、お前にも名誉をくれてやる。畑の下で肥料になりやがれ」
言い合いながら二人は向かい合う。結局戦士に言葉は不要だ。どちらかが今日ここで息絶える。双方の意見は一致していた。
二人が弾けるように突進し、拳がクロスカウンターで入る。
クサナギは一切後退しない。タイードは地を削り後退した。だが鎧兜に損傷は無い。恐ろしい耐久性の魔族だ。
「私をサバカドと同じとみるな? この鎧は魔王の造りし物。下級魔族には得られぬ力だ。低俗な人間になど砕けぬ」
だがタイードは失敗を犯した。それは他者を見下す発言だ。
ただでさえ苛ついていたクサナギ。その堪忍袋の緒が切れる。
「あーはん? 言いやがったなゴミ野郎。なら決めたぜ。お前の殺し方を」
クサナギは言うと右手を手刀に、そしてそこに力を集中した。
「こおおおおおお……」
息をゆっくりとゆっくりと吐き出し、今までに無い密度の集約で──
「あたああああああ!」
そしてタイードにチョップを繰り出す。狙うは正中線上。兜だ。
直撃──要塞が揺れ動き、不可思議な低音が響き渡る。
「ぐおおお!?」
流石のタイードも、その威力と衝撃に揺らめいた。
兜もひび割れ穴が開いている。それでも原型は保っているが。
ともあれクサナギの狙い通りだ。元より即死させるつもりはない。
クサナギはタイードに背を向けると、チビの元に高速で駆け寄った。
「おーいチビ。アレを出してくれ。洞窟で手に入れた例のアレだ」
「洞窟で……と言うと、アレか?」
そしてヒソヒソと話し合う。タイードを確実に殺すために。
チビが収納魔法で取り出した、大きめの硝子瓶がその鍵だ。
「お、これこれ。これだよ。さすがはチビ」
クサナギがチビに取り出させたのは球体に口が着いた硝子瓶。その中には、くすんだ緑色の液体が満タンに入っている。
「はい。投下」
その液体を、クサナギはタイードに注ぎ込んだ。兜に空いたひび割れを通じて、それは内部のタイードへとかかる。
「うああああ!? あづ!? ごれはなんだ!?」
するとタイードは叫びを上げた。
だがもう遅い。彼は終わっている。
「洞窟で使われてたシュワシュワだ。鎧で蒸れてたし丁度良いだろ?」
「まさか!? 宝蝕の毒液か!?」
「ほうしょく? いや名前は知らんけど」
冗談めかして言ったクサナギは、恐ろしすぎる笑みを浮かべていた。
「安心しろ。鎧は貰ってやる。結構な値段が付きそうだしな」
眼前でタイードが叫ぼうが、泣こうが転げようが放置である。魔王のために死ぬのが名誉なら、きっと喜んでいるに違いない。
暫くすると鎧がガラガラと、音を立てて床へと転がった。内部からは液体が流れ出し、床を貫通しそして流れ去る。
クサナギはそれを確認した後、鎧を持ち上げて──綺麗にした。
「お掃除完了! チビ、戦利品だ。口の中にしまっておいてくれ」
「気分的にはあまり良くないがな。しかし勇者よ。凄まじい戦果だ」
満面の笑みで手渡すクサナギ。チビはそれを見て恐怖を感じた。
とは言えこれで要塞は陥落。三暴魔も残すところ一人だ。チビすらも評価をせざるを得ない。この無茶苦茶な勇者、クサナギを。
入手アイテム:タイードの鎧(兜無し)
喪失アイテム:酸の液体
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