第4話 閃風のサバカド
1
どこまで森林が続くのだろう?
とにかく今日も勇者は森にいた。剣と槍を持って、チビと共に。魔王の城があると言う場所へ、歩かなければ辿り着きはしない。
しかしクサナギは足を止め、息を吸い込み静かに吐き出した。
「どうした勇者よ。まだ日は高いぞ?」
チビは何も気づいていないらしい。
しかしクサナギは感じ取っていた。
「出て来やがれ。出てこないなら、木を全部倒してでもあぶり出す」
クサナギは周囲に向かって言った。
大声で。まだ位置はわからない。だが確実に敵は存在する。
数秒して、クサナギの勘通り、遠く木の陰から──現れた。
槍を持った人型トカゲ魔族。羽や皮の美しい装飾を、身につけた軽装のリザードマン。
「お、トカゲか? チビー。友達だぞ」
「一緒にするな! 我はドラゴンだ!」
クサナギはチビをからかって笑う。
だが内心穏やかではなかった。
「とは言った物の、こいつは強いな。今までの雑魚とはレベルが違う」
強者は強者を見抜く物。
クサナギは即座に敵の強さを、おそらくは正確に理解した。
「まーそれでも俺には勝てないが」
もっともソレで怯んだりはしない。
敵も同じだ。魔族が歩み出た。
「俺っちは閃風のサバカドだ。勇者だっけ? 悪いが死んで貰う」
そして槍を構えて彼は言った。
強烈な威圧感を放ちつつ。
2
数年前。魔族のサバカドは、まだ三暴魔になっていなかった。それどころか魔王軍ですらない。ただの、盗人の魔族であった。
夜陰に紛れ人の集落へ。狙いは食料庫、ただ一つ。
恨みを買わないよう殺さない。衛兵は首を絞め気絶させる。
野菜や果実。卵に穀物。干し肉もだ。バランス良く頂く。
そして人間の村を立ち去ると、仲間達の元へと帰還した。
「ようお前ら。待ったか? 俺っちだ」
「まったまった!」
「すっごくまった!」
待っていたのは魔族の子供達。同種も居れば違う者も居る。
貧富はあらゆる世界に蔓延る。人類にも、そして魔族にも。知性は保身を図らせる。権力を築き、財を溜め込めと。
「たーんと食べて、ビッグに育てよ。食いもんなら俺っちにまかせとけ!」
サバカドは胸を拳で叩いた。空腹と誇らしさを胸に秘め。
3
「行くぜ勇者! こいつを見切れるか!」
生い茂る木々の狭間から、サバカドは槍を手に跳躍した。
凄まじい速度。樹皮を蹴りまくり、クサナギ達の周囲を跳び回る。
まさしくスピードの結界である。彼を捉えるのは容易ではない。
「はーん、なるほどな。じゃあ俺は……」
そこでクサナギは武器を──捨てた。剣も槍も地面に落下させた。
「武器を捨てて軽量化か!? 甘いぜ! 俺っちのスピードにそんなもんが……!」
言いながらサバカドは狙っている。一撃で敵を仕留める角度を。微かにでも生じた隙を突いて、槍により勇者を絶命させる。
「へぶぅ!?」
だがサバカドは殴られた。止まっても居ないのに殴られた。
クサナギがサバカド以上の速度、見切りで右拳を当てたのだ。それも凄まじい威力の拳を。ワープと見紛うほどの加速から。
その直撃でサバカドの体は地面と平行に吹き飛んで行く。道中にある茂みを粉砕し、樹木の幹を次々へし折って。最終的にはクサナギの視界、その外へと飛んで見えなくなった。
「クリーンヒット! いやあスッとするな!」
殴ったクサナギは意気揚々だ。
完全なる勝利を確信し、飛んでいったサバカドの後を追う。
ゆっくりと歩いて。その途中、追ってきたチビがクサナギに問うた。
「勇者よ。何故武器を使わなかった?」
「悪い奴じゃなさそうだったからな」
それに対してクサナギは答えた。敢えて敵に手心を加えたと。
クサナギとしては珍しい、恐ろしく珍しい行動だ。
「これは沼だな」
「あー、沼だな」
もっともサバカドが吹き飛んだ先──そこに在ったのは底なし沼だが。
「ま、運が良けりゃ何とかなるだろ」
「勇者よ。探さぬのか?」
「面倒くさい」
クサナギは言うと踵を返し、魔王退治への道へと戻った。
一方のサバカドは沼に生える、木の枝にぶら下がっていたのだが。クサナギはそのことに気づいていた。気づいていて彼を見逃したのだ。
後に──奇跡的に一命を取り留めたサバカドは語っている。“勇者の拳”は重かった、と。
入手アイテム:特に無し
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