第5話 昨日のドラゴン
1
ドラゴンはまるで芸術のような美しい卵から生まれ出でる。水晶が照らす彼等の聖域──驚くほど巨大な洞窟で。
チビは殻を破って誕生した。たった数年前のことである。
体を振った後に目を開けると、そこには見上げる程巨大な母。
「可愛い坊や。目覚めたのですね?」
その母はぐるると喉を鳴らした。
しかし言葉の意味は理解出来る。ドラゴンの言葉は、魔力なのだ。
母は黒い鱗のドラゴンで、犬のように体を丸めていた。爪は鋭く、角は猛々しく、翼はガレオン船の帆の如し。
もしこの巨体が宙を舞ったならあらゆる生物がかしずくだろう。
「貴方は?」
その母に、チビは聞いた。
すると母が笑顔で返答する。
「私はマグディリス。貴方の母。残り少ない竜の生き残り」
圧倒的な存在感からは、想像だにできない暖かさ。
彼女はチビを見下ろして続けた。
「そして貴方はその私の子供。竜族の王。名前はグラドルグ」
グラドルグ──それがチビの名前。まだ小さな未来の竜の王。
「我はグラドルグ。グラドルグ?」
「そうよ可愛い子。さあこっちに来て? それとも先に食事が良いかしら?」
マグディリスが微笑みかけてくる。
その前にはスープのようなものが。
「ごはん!」
グラドルグはとてとてと、そのスープに走って飲み始めた。
黄金色の光る澄んだスープ。それを一心不乱に飲んで行く。
マグディリスはその様子を眺めて、愛おしそうに、目を細めていた。
2
洞窟の中をパタパタと飛んで、母の寝所に帰るグラドルグ。
彼が生まれてから五年が経った。しかし肉体はまだまだ小柄だ。
それでも一生懸命に飛んで、自らの母の元に飛来する。
「母上。ご機嫌はいかがですか?」
「大丈夫。心配は無用です」
そのグラドルグが問うと、母親は、目を開け気丈に振る舞って見せた。
だが嘘だ。彼は知っている。母は日に日に衰弱していると。
あらゆる生命には寿命がある。それは巨竜と言えども変わらない。やがて母は大地に帰るだろう。それが“生きる”──と、言う事なのだ。
それでも彼は心苦しかった。しかし今は成すべき事がある。
「どうしましたか? 私の愛しい子」
「今朝、巫女から知らせがありました。魔王に復活の兆しがあると」
グラドルグは険しい顔で言った。
その言葉がドラゴンにとって持つ、重さをグラドルグは知っていた。
「そうですか。やはり封印を……」
一方、それを聞いたマグディリスが大きな瞳をゆっくり細める。
「魔王ザメクはかつて我々と、ドラゴンとも敵対していました。あの者との戦いで同胞は、命を燃やし、そして散っていった」
それは二百年ほど前の事。魔王ザメクは魔族を配下とし、この世界に対して牙を剝いた。
同盟を組んだ人とドラゴンはその脅威に対抗して激突。双方に膨大な死者を出した。ドラゴンもだ。多くが滅び去った。
だがザメクは消滅していない。ただ封印を施されただけだ。封印が解かれれば瞬く間に、世界を戦火に包み込むだろう。
「これから我は山を降ります。人を助け魔王を挫くために」
故に、グラドルグは宣言した。
この日が来ることは理解していた。この日のために鍛練を重ねた。グラドルグには竜の王として、魔王を撃滅する義務がある。
「逃げても良いのですよ?」
「知っています。その上で、逃げたくないのです」
グラドルグはマグディリスに返した。
母は優しく、世界は美しい。闘争はグラドルグの意思なのだ。
「必ず魔王を倒し、帰ります」
「無事で。私の子、グラドルグ」
パタパタと、飛び去るグラドルグ。母の視線は彼を追い続けた。その姿が見えなくなった後も。ずっとずっとずっと、追い続けた。
3
そして現在。森を抜けた先は地面がひび割れた荒野であった。
天からは太陽光が照りつけ、容赦無く水分を奪い去る。植物は減り隠れる影もない。まるで地獄のような景色である。
その荒野を行く勇者クサナギの、チビは隣を飛んでついて行く。
「あー喉渇いた。チビ。水をくれ」
が、クサナギは急に立ち止まり、チビに向かって右手を差し出した。
一見、チビは何も持っていない。カバンどころか小さな水筒も。
しかしチビは確かに所持して居る。それは二人共知っていることだ。
「仕方ない。少々待っていろ」
チビは言うと大きく口を開けた。
だが口の中に水はない。代わりに魔法陣が現れる。紫で円形の魔法陣。これは物を収納する魔法だ。
少しして水筒が現れる。無論チビの口には触れていない。
「おー有り難や。流石は荷物持ち」
「竜の王だと言っているだろうが」
「悪い悪い。まあ気を損ねるなよ。役に立ってるのは間違いないし」
クサナギは水筒を受け取った。そして水をがぶ飲みしはじめる。
彼が勇者だ。それは間違い無い。既に三暴魔を一人倒した。
しかし──
「不安だ」
チビは呟き、非常に大きな溜息を吐いた。
入手アイテム:特に無し
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