第83話 心は誰のものか
中世ヨーロッパ風の建物がひしめき合うか、もしくは広大な草原や森林などの手つかずの自然が残る異世界ルミナバール。
その一角にある辺境地ブロッケン渓谷で起きた惨状はこの世界の欺瞞を示すような光景だった。
ベルリオーネこと冥龍穂香の奥義・メテオアシュペーアがさく裂した後のビルや研究棟周辺はすさまじい惨状と化していた。
この世界にとっては不自然きわまりない無機質な白一色のビル群と研究所らしき白一色の無機質な建物の数々。
それらには数個の巨大な穴が開き、炎が燃え、一部は跡形もなくつぶれ、倒壊こそ免れた多数のそれらもまた所々鉄筋がむき出しになるほどの損害を受けていた。
白地の無垢なキャンヴァスにどす黒い墨を殴り書きしたような破壊の痕跡は、中世風の建物しかないはずのこの世界でのこのビル周辺の異様性を際立たせていた。
「救護班!急げ!!」
警備兵とモンスターの死体の山がそこら中に転がり、わずかに残った兵士やモンスター兵らが彼らを救護していた。
ずしゃっ!!
2トンはあろうかと思われる大きなコンクリートの塊を足蹴りにし、その下から背広の女がめんどくさそうな表情とともに立ち上がった。
スーツに着いたほこりをあわただしく払う。
「べペペっ!!!!くっそ~無茶苦茶なモンぶちまけやがって♬さすがは天才ってとこか・・・痛じ!?」
一旦立ち上がった法眼はあまりの痛みに左ひざを地面についてしまった。
彼女のタイトスカートから伸びるなまめかしい右足のももに青白く輝く矢が突き刺さっていた。
先ほど冥龍が放った奥義・流星槍弾(メテオアシュペーア)のものだった。
「ちくしょう!!防御魔法を全開にしても・・・痛いいい!!!!」
法眼は無理やり両手で光の矢を引き抜こうとしたが、てこでも抜けない。
手で矢に触れるたびに両手に激しい痛みが走る。
「宇宙のエネルギーを魔力に変換かよ・・・、クソ!」
仕方なく回復魔法を全開にする。
それでも光の矢は一向に消えない。
「無駄ですよ!はあっ!それは、はあっ!」
手こずっている法眼に対し、先ほどの魔法を放った冥龍もまた肩で息をしている状態。
見るからに魔法力をかなり消耗している様子であることは明らかだった。
冥龍は周囲を見回した。
法眼夏美はいるが・・・・、クラウディアの姿がない。
先ほどの攻撃で倒壊したがれきの下敷きになったのか・・・。
それとも流星槍弾(メテオアシュペーア)を喰らって消滅したのか・・・。
流星槍弾(メテオアシュペーア)は宇宙の理そのものを魔力に変えて放つ大技。
その魔法力は通常とはけた違いに強力なため一切の防御魔法及び魔法攻撃を軽減する補助魔法の類が通用せず、潜在的な対魔法防御の力がない者がそれを喰らうと大半が跡形もなく蒸発するように消滅する。
シュヴァルツこと法眼夏美のような第一級魔導士ならある程度耐えられるだろうが、それでも強力な回復魔法を使わなければ命が危ないだろう。
何せこの技は人の魂を宇宙の彼方へ引きずり込むような性質があるから。
「さっ!さすがは宇宙のことわりとから魔力を引っ張ってきて繰り出す頭のおかしい魔法だけのことはあるわ!!」
法眼は右足に矢が刺さったまま何とか再び立ち上がった。
平静を装い笑みを浮かべるがしかし、法眼は内心耐えがたい苦痛に耐えていた。
“厄介なモン放ちやがって!刺さってるだけでなんか生命力を奪われるやな感じ!”
シュヴァルツこと法眼夏美は先ほどの攻撃を食らいながらも自らの脳内にステータスを表示し、冥龍のそれを計測した。
魔法力:1260/25000
“いっ、いくらすごい魔法を放てるったってベルちゃんもほとんど余裕ないじゃん!これなら・・・・”
法眼夏美はしかし、背筋を正し、いつも以上に余裕を持った涼しい表情になった。
「素直に“桔梗”のことについてお話してくれればいいんだよベル・・・、いや穂香ちゃん?」
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな、法眼!!」
「お~こわ!前までは私に従う一方だったのにいつの間にかそんなきつい口調もできるようになったんだ♬」
「いや、以前からずっとそうだったか」
法眼のニヤニヤ顔が一変した。
「もういい加減吐けよ冥龍!お前がオホロシュタットなんぞまでコソコソ行ってゴブ公の情報屋ごときから色んな事嗅ぎまわってんのチェック済みだからよ!」
そう言った直後、法眼は右手を“空間”の中に突っ込んだ。
空間そのものをマブクロとして使う上級魔導士が使う手法。
“空間“の中から右手を引き抜くと、法眼はそのまま何かの物体を冥龍側へ放り投げた。
ガジャッ!と重い重量感のある金属の音が通用門と白いビル・研究棟をつなぐコンクリート製の道路に落ち、滑るように冥龍穂香の足元に当たって止まった。
「これはっ!?」
それは消音機(サプレッサー)付コルトM1911A1。
身に覚えがある拳銃。
「身に覚えあんだろ?オホロシュタットの情報屋シュヴィムの愛銃よ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨日。
オホロシュタット某所。
「ぶばあああっ!!!」
きわどい服装に身を包んだ少女・が近くの防火水槽からゴブリンの後頭部を鷲掴みにして引き上げた。
ゴブリンの両手両足には手錠がはめられている。
少女の脇にいるスーツ姿の若い男がゴブリンの顎をしたからつかんで思いっきり締め上げる。
「教えろ情報屋ゴブ公!」
口から水を吐き出し、苦悶の表情を浮かべる情報屋のゴブリン・シュヴィム。
その姿を横でニヤニヤ顔で見下ろす黒い魔女がいた。
「教えてくれたら無事解放してあげるし、あんたが裏でやってる隠匿物資がらみの事とかも黙っていてあげるから。素直に吐きなさいな♬」
「へっ、ハイン王国第一級魔導士シュヴァルツさんといえども言えねえなあ・・・・」
「こちとら200年間顧客の情報をもらしたことねエんでな!」
「おい!」
シュヴァルツはきわどいレオタードの少女に命じると少女は無表情でシュヴィムに電撃を浴びせる。
「うぐぐぐうううううううぐぐううぐうううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
3時間以上の“尋問”を行ってもシュヴィムは口を割らなかった。
「こんだけやっても吐かないなんてさすがは一流の情報屋ね。でも今日はもう時間がないの」
「あたしゃこう見えても強情な奴は嫌いなんでね。問答無用にチェックさせていただきますか♬」
シュヴァルツはシュヴィムの頭をつかみその目に何かの魔法をかけた!
「いい!!!!!うぎゃあああああああああああ!!!!!!!」
ゴッ!!
ゴブリンはそのまま倒れ、動かなくなった。
「ちっ手こずらせやがって、ま、おかげでお前の網膜に刻まれたものをこれで見せてもらうよ♬」
「シュヴァルツ様、よろしかったのですか?このシュヴィムは裏社会でも名の通った情報屋。オホロシュタットの支配商人が文句を言ってくるのでは?」
「大丈夫大丈夫♬目に映った映像記憶を引き出すこの魔法、きつめにやると相手死ぬからあんまりやりたくないけど仕方ないし♬あと、オホロの商人主にはクスリの分配金をつかませるから大丈夫大丈夫♬」
レオタードの少女の質問にシュヴァルツは余裕めいたことを言う。
「けっ、スクランブル処理をしていやがる、だが無駄だよ」
シュヴァルツが展開した魔法陣。
そこには見慣れた少女が映し出されていた。
そしてその発言がシュヴァルツの脳内だけで再生された。
「この商人の娘・・・、ベルリオーネ!?」
「ヒュー♬私の予感はあたったな~」
ドガアッ!!!!
壁をぶち破った黒魔女は口笛を吹くとどこからともなく飛んできた箒に跨った。
「面白くなってきたよ行くよ!」
「ハイ、ミスシュヴァルツ」
「了解、マスター」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「最初からあんたの心は変だった。わたしら“始原の暁”はみんなの心を一つにするのが目的」
「“平和”のためなんだよ穂香ちゃん!」
「なぜ拒む?」
「なぜ“心”を差し出さない?」
「不自然な“自我”なんぞ持っているから人は苦しまなければならない」
「不完全な“意志”なんざ持つから人は争う」
「私らはそれを“調和”するという教祖様の意志に身をゆだねているだけ」
「だが、お前は違う!」
「我々がどんなアプローチをかけてもそれを拒む!」
「いい加減にしてください!」
「!?なにをいって?」
「いつもいつも隙あらば私の心に入り込もうとするの・・・、止めてください!」
「何を言っている穂香?甘ったれんじゃないよ!あんたの心をいじくり回す権利を得ているのよ、私はなあ!」
「あなたたちはおかしい!人の心はそれぞれのもの。それをごく一部の者の意のままに使用などと!富だけでなく人の魂まで!」
「何を言っている?そんなの当たり前だろ!!!!」
「さっきから話を聞いてやってりゃきれいごとばかり言いやがって!卓越した才能の持ち主とはいえそんなんでよく異能対策課の特務課程に選ばれたもんだな!」
「私たちは先祖代々日本に土着した魔女の家系。その呪われた才能は西洋において忌むべきものとして歴史の闇の中でもぐらのように生きざるを得なかった」
「しかし時代は変わった!19世紀、我らの才能を正当に評価するあのお方が現れてくれたおかげで私たちは表の世界へと、光に照らされる世界へ出れた!そして現在、選ばれし者が世界を統治する世になった。すなわち私たちが世を支配する側になったのよ!」
「なぜそれを拒む!くだらない倫理なんぞにこだわって下民のしもべなどという建前論にうつつを抜かして恥ずかしくないのか!!ええ!?マリー・ベルリオーネこと冥龍穂香!!」
「私は公平な世でただ普通に過ごしたい!それの何が悪い!」
冥龍穂香の心からの叫び。
それを聞いた法眼夏美の表情にどす黒い笑みが浮かんた。
「魔女の家系に生まれた時点で、それも卓越した才能を持った時点でそれは届かぬ望みよ穂香!」
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