第73話 地獄からの指令

「安里まさゆき、“異世界バルトワールド”へ転生完了。衛星からの精神操作により電車への飛び込み操作完了」


「よし、そのままでいい。迅速に3種パターンへ移行」


「彼の初期値はどういたしますか?」


「スローライフを志望する確率83%。よって“異世界”にて“精霊王“より植物なら何でも育てられる能力を”付与“するという設定はいかがでしょうか?」


「適当にやっとけ」


脂ぎった中年男はノーネクタイの背広姿でめんどくさそうにモニターの横にある本棚に目を向けた。


薄暗い室内に大量のモニターが並び、若い男女のオペレーターがどこかへ忙しく指令を送っている。


彼はこの部屋の部長のネームタグを胸につけ、ひと際豪華な椅子に腰かけて机に備え付けられたライトをつけた。


薄暗くモニターから漏れる青白い光がオペレーターたちの顔を照らすだけの不気味な部屋の中で彼の手元だけが明るく照らされた。


彼は近くの書棚から本を数冊取り出して机の上に無造作に投げ置いた。


“異世界へ転生した俺はモンスターたちとともに理想の村をつくります”


“VRMMOの世界へ転生した僕は・・・・”


“最強の力を手にした俺は異世界で・・・・”


書籍の題名を一瞥した男は懐からタバコを取り出してジッポーを擦った。


「あ~、こんなネタで俺らは給料をもらってるとは小説より奇な世だな」


「他の奴は?」


「石松孝美。年齢15歳。いじめにより引きこもり歴3年。趣味はインターネットサーフィンのみ。ネットでの検索履歴から異世界転移物に興味関心ありの確率96%。」


「やれやれ、こうも落ちこぼれが多いとはどうなってんだ最近はよ」


近くのモニターにはRPG風の服装をした若い男女がはしゃぐ様子と、それらのステータスを指すデータがデートレードのPC画面のように複数のモニターに表示されていた。


「現在、社会で求められる要求水準と規格に合わない子供たちが増えております。そんな行き場を失った規格外の子たちに新たなる人生を付与し、働いてもらうという崇高な使命のために我々は居るのです。むしろ彼ら彼女らには感謝されてしかるべきことです」


「フンッ、まあそうだな。この20年くらいで教祖様が子供たちに求める要求水準はべらぼうに上がっている。それに適合する者が出てきている一方、適合不可なガキどもが大量に出てきている。こうもひきこもりや規格外れの変なのが増えると困る」


「最初は民間の矯正施設と精神論を叩き込むことで大抵のガキどもは意のままに躾けることができた」


「だが、インターネットやらSNSの発達でいらんことを知る馬鹿どもが増えすぎた。加えて最近は教祖様の教えを信奉する企業をブラック企業などと称して敬遠する生意気な大学生が増えるわ、若い奴から中年まで悪知恵を身につけて我々の言うことを聞かない輩が増えてきて困るわ」


紙たばこをふかして不機嫌な表情を浮かべる中年の元へ背広を着た若い女職員が近づく。


首から掛けた名札からこの職場の職員であるとすぐわかるその女性は能面のような無表情で手にした書類を男に渡す。


「検査官、これを」


「なんだ?」


背広を着た陰険そうな表情の中年男がめんどくさそうな表情を浮かべながら女職員が渡した書類を見た。


紙たばこをふかす中年男は脂ぎった額を片手で掻きながらそれをめくる。


すると男の表情が変わった。


「識別番号324123・“生前氏名”須藤兵衛。●●月●●日、“転生先”ハイン王国領内地点23ポイントにて休暇中に消息を絶っただと!?監視役の法眼は何をやっている!?」


「法眼監査官は現在、ブロッケン研究所にて学生たちの“卒業式”と“選別式”に出席しているところです。そこでも問題が」


「何だ?」


「“異世界ルミナバール”での名称・第一級魔導士マリー・ベルリオーネこと冥龍穂香(めいりゅうほのか)警部がブロッケン研究所に出現。研究所内に潜入して何らかの行動をしていたとのことです」


「何だと!?あの女にはブロッケン研究所のことは知らせていないはず!なぜそんなところに冥龍がいる!?」


「北部地方攻略のために2週間ほどの休暇を取っていたようで、その際に須藤も冥龍も消息がつかめない状態になっていたようです」


「須藤か・・・。このガキは妙に世の中のことを詮索しすぎるきらいのあるガキだったな。まだ危険性は低いと思っていたが行方をくらますとはやはりやらかしたか!」


「ハイン王国の“スキュラ“に連絡しろ、両名を直ちに捕えろとな!」


「それが冥龍は今、法眼と交戦中であるとのことです」


「交戦!?・・・・冥龍め、やはり“桔梗”の一味だったか!?とうとう尻尾を見せおったな!」


「法眼監査官に伝えろ!冥龍を生け捕りにしろとな!“高度な尋問”にかける必要がある!そう伝えろ!」


「かしこまりました」


脂ぎった頭の男は紙たばこを手元にあった異世界転生系の小説の表紙で笑いながら歩いている主人公の顔に押し付けた。


主人公の顔は瞬く間に焼け、焦げた臭いが部屋に漂って数名のオペレーターがむせた。

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