第65話 ベルリオーネの逃走

頬を伝う一筋の汗が顎から地面に落ち、一滴の水滴が乾いた洞窟の地面に染みこんだ。


先ほどの男が放ったのは恐らく結界破りの魔法を応用したもの。


変身魔法などを解除する上級魔法だが、あの男はとてもそんな魔法が使えるレベルの人間ではないとベルリオーネは感じていた。


だが、男の放ったそれを受けて、ベルリオーネは白い魔女帽にローブといういつもの出で立ちに戻ってしまった。


いや、今はそんなことは彼女にとってどうでもよかった。


目の前にいる漆黒の意匠に身を包んだ魔女。


イヤらしいニヤニヤ顔は余裕と残虐さを兼ね備えた得体の知れなさで相手の精神を侵食してくる。


「きゃはははは♬こんなとこで何してんのさベルリオーネちゃん!」


「・・・・・セレーヌ・シュヴァルツ・・・。あなたこそどうしてここに!?」


「お~いおい、知らんぷりする演技してんのか知らないけど、あんたさっきサンクチュアリホールで皆さんの告別式の司会、私がしてた時覗いてたでしょ?」


「・・・・何のことかわかりませんが?」


「ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」


シュヴァルツはすかさずローブの中に右手を突っ込み、スキットルを取り出した。


キリキリという耳に響く金属音を鳴らしながら蓋を開け、グイッと一気飲みする。


漂う匂いからウイスキーのようだ。


「もう知ってんだろ、ワタシの真の名前、正体を?」


「知りません」


「あ~、あくまでしらばっくれっか?」


「じゃあ正式に自己紹介しちゃお~♬」


シュヴァルツはスキットルを懐にしまうと、人差し指を立てて右手を高く上に上げた。


「イデンティティート!」


彼女が唱えた瞬間、黒魔女の体が赤く輝きはじめた。


すさまじい光でベルリオーネは一瞬目がくらんだ。


光が収まった時、そこにいたのは黒魔女ではなかった。


黒いスーツにタイトスカート、高いヒールを履いた若い女性。


だが、邪悪な顔つきは一緒。


「はあーい♬改めましてベルリオーネちゃん!」


「私は警察庁特別公共治安局異能課所属、法眼夏美(ほうげんなつみ)。担当は魔術担当」


「ホントはとっくに私の事ご存じなんでしょ、マリー・ベルリオーネ!」

「本名・冥龍穂香(めいりゅうほのか)警部!」


「・・・・・・」


「全国一律身体測定の際、近年まれに見る魔術の才能値をたたき出し、特異能力試験でトップの成績を収めた功績が認められ、警察庁に極秘裏に特別選抜され、表面上の階級と所属は警視庁総務部文書課歴史資料室所属警部」


「・・・・・・・」


「その正体は警視庁異能対策課のエージェント。私たちと違って警察内では存在さえ認められていないけどね」


「本来第一級機密保持資格を10年以上保持し続けた者しか配属されないこの世界に特別に選抜され、専属魔導士として配属されたたぐいまれな魔術エリート」


「だが、その経歴には不明瞭な点が多い・・・・。異能対策課は私たちと違って表面上存在しないことになっているけど私たちと同様“始原の暁”の信者になることが所属する上での暗黙の掟のはずだが、どういうわけかお前は特別な才能と家系ゆえにそれを免除されたと記録されている」


「だが、誰が工作したのかは分からないが、お前の正体は分かっている!」


「冥龍穂香(めいりゅうほのか)。お前は“桔梗”の一味だな!」


「・・・・・・・・」


ベルリオーネの表情は変わらない。


「黙っていても無駄よ!」


「我ら光明教団・“始原の暁”に逆らう反“始原の暁”組織“桔梗”。既に壊滅させたかと思っていたけどさすがにしぶといわね」


「コソコソ隠れて暗躍していたつもりだろうけど無駄よ。お前も知っていよう。既に我らは日本社会のほぼすべてを掌握している。我々はお前が日本で選別されてきたときからあんたを泳がせておいたのさ。ネズミの巣穴を見つけるにはあえてそれを泳がせておくのが定番だからな!このビルに潜入してくるとはとうとう尻尾を見せたわね!」


「そんな我ら全能の教主様の目を欺いてこの世界にまで潜り込むとは。さすがは教祖様と同じ時代から息づく魔導士の家系の事だけはある」


「叙勲式の時に女王陛下から頂いた勲章はどうしたのさ?あーやっぱ見抜いて捨てたみたいね!やっぱ感がいいねえ、頭が真っ白になって素直になる呪詛(おまじない)をかけてあったのにさあ!」


「それにしてもハイン王国の内部でも極秘にしていたこのビルをかぎつけるとは・・・、あんた我ら“始原の光”の事業を暴こうって腹積もりなんでしょ!?」


法眼が言い放った直後。


ベルリオーネは脱兎のごとく駆けだした!


振り向き際にベルリオーネはフレイムボールを後ろに向け放った。


相手を確認する間などない。


そのまま走った。


後方の洞窟の壁に当たった!


熱気がこちらに伝わってくるが、シュヴァルツには当たっていない!


だがそのまま走る!


「どこへいくのかなあ~、ベルリオーネちゃん!」


グッ!!!!!!!!!!


「ガハッ!!!!!!!!!!!!!」


目にもとまらぬ速さでベルリオーネの横至近距離に迫ったシュヴァルツこと法眼夏美(ほうげんなつみ)は右フックをベルリオーネの腹にぶち込んだ!


腹部に走る激痛。


フックの衝撃でベルリオーネは地面に体を激しく叩きつけながら倒れた。


手にしていた金属製の杖が鈍い音を立てながら転がり止まった。


「さあ~て、ベルリオーネちゃん♬お楽しみはお城に戻ってからね~♬」


「ぐっ・・・・・・・ゾンネリヒト!!!」


シュヴァルツこと法眼夏美(ほうげんなつみ)の目の前でベルリオーネの体がすさまじい光を放つ。


薄暗い洞窟内で半ば夜目になっていた法眼夏美(ほうげんなつみ)は光を直視してしまった。


「くああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

「どちくしょうがああああああああ!!!!ガキめえええええええ!!!!!!!!!」


その隙にベルリオーネは全速力で俊足魔法を駆使して離脱した。


無論、愛用の金属魔法杖も回収して逃げる。


法眼夏美(ほうげんなつみ)の目が元に戻った時、ベルリオーネの姿はそこにはなかった。


「しまった!!逃したか!!!!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


はあっ、はあっ、はあっ!!!!


血を地面に流しながら走る白い魔導士。


“ようやくある程度の証拠がそろった!!一刻も早く帰還して報告しないと!!!!”


急いで白いビルから脱出する!


洞窟のフロアを抜け、白い無機質な研究所ふうの廊下に戻った。


蛍光灯の無機質な光がベルリオーネの目を射る。


ビルの中にけたたましい警報が鳴り、続々と武装したモンスターどもが湧き出してくる。


いずれもオークやオーガ、リザードマンにゴブリン、さらにはデーモン系といった人型に近いモンスターが大半。


いずれも手にしたAK系のアサルトライフルでこちらに7.62mm×39弾を放ってくる。


「弾速計算!鈍化!!」


ベルリオーネが叫ぶと、一斉射撃で放たれた7.62mm弾が人間の目視できるところまで一気に速度が低下した。


銃身内のライフリングで回転を与えられた銅のフルメタルジャケットが空中をスローモーション撮影をしたように人間でも楽々かわせる速度で飛ぶのが見える。


「深淵の祖よ!我が腕をして刃となせ!」


ベルリオーネはそれらをすべてかわすと、すれ違いざまに手刀でモンスターどもを次々と斬る!


AKの強靭な銃身や銃床、機関部が次々と切断され、ゴブリンやオーガらの腕や首が次々と飛んでいく。


彼女が通った後の白い廊下を、モンスターの赤や青の色とりどりの血があの具のように彩っていた。


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