第62話 選別の召喚 地獄への門
廊下を素早く音を立てずに走っていくと、急にベルリオーネは立ち止まり、横の通路に身を隠した。ゆっくり影から覗きながら、一歩一歩慎重に歩を進める。
通路が開けた先にあったのは・・・・。
丁度何かの巨大な体育館かアリーナの2階席のような場所だった。
「ここはまだ一階のはず!?ビルの中にこんな巨大なアリーナがあるなんて・・・・!?」
四方に観客席が並び、それでいて中央には普通の体育館の2倍以上の広さのコートが広がっている。
それでいてバスケットゴールや、その他室内競技用の設備の類は全く見えない。
「この世界には本来ないはずとされている設備の数々・・・・。ここで何が?」
ベルリオーネが疑念を感じていたその直後、だだっ広い白い無機質な床のグラウンドに次々と巨大な魔法陣が出現した。
反射的にベルリオーネはしゃがんで席の後ろに隠れた。
席と席の間から遠距離の視認と音声傍受が可能な魔法を発動して息を殺す。
突如出現した魔法陣の数々。
色とりどり、術式も様々なそれらはしかし人や物を転移させる魔法のものであるとベルリオーネは瞬間的に分かった。
そしてベルリオーネが遠くから観察する中、それら魔法陣が光ると同時に大勢の人間が次々とこの広大なフロアに転移してきた。
「おー!ここマジでどこ?」
「えっ、私みんなとお茶してたとこなのに!?」
「ハーイ、鍋物一つね・・・、ってここどこ!?」
「はあ!?今からギルドの依頼こなさなきゃなんねえのにいきなりなんだよこれは!?」
その場に現れたのはこの世界の服装を着込んだ冒険者たちらしき若者たちだった。
そして、中央に即席で建てられたステージの上に光とともに数名の何かが現れた。
「あっ、あれは・・・シュヴァルツ!!!?」
黒一色の禍々しいくたびれた魔女の装束に身を包んだそれはベルリオーネが最も苦手とする先輩、シュヴァルツその人であった。
そばには部下と思しききわどい服装の少女と、ホストと見間違うかのような擦れたヤンキー風の背広姿の若い男がいる。
シュヴァルツはどこからかマイクを取り出した。
「皆様、本日までご苦労様でした」
「そして、今日であんたたちはお払い箱よ!!!!」
黒い女の声が甲高くホール全体に響き渡る。
意味不明な発言に一同が困惑の表情をする。
中にはそれを聞いてそれがどうしたのと言わんばかりにへらへら笑っている冒険者の服を着た若い男女もいた。
「何言ってんのあのオバハン、ばっかじゃないの?」
「お払い箱っておばさんが男にお払い箱にされたんじゃないの?」
教師の言うことを適当に聞き流すかのような光景にホスト風の男が怒鳴った。
「シュヴァルツ様のお話が聞けねえのか馬鹿!!サアお前ら!!選別のお時間だ!!」
黒魔女に代わって金髪を逆立てたチンピラ風の男が雄叫びのように怒鳴る。
「この半年で我々はお前らの実績を加味し、使える奴か否かの審査をした」
「それでだ。この場に召喚されたお前らは使いもんになんねークソオブクソだと判定された!」
「よって、お前らは至高なる我ら教主様の忠実な人形になる名誉を仰せつかったのだ!!ありがたく思えよ馬鹿ども!!!!」
全員がざわつく。
僧侶の服装をした少女が吐き捨てるように言う。
「何言ってのあの男・・・・」
「おい待ってくれよ、オレはVRMMOの世界へ転生してそこで無双する力を与えられてんだぜ?ここどこだよ!?ラグナロクシティへ帰せ!!」
打って変わって近代的なテイストの服装をした中学生くらいの男子は手にしたSFチックな銃器を目の前から自分たちを見下ろす男に向かって怒鳴り返した。
「どうせなんかのイベントでしょ?こういうシチュの試練クリアすればなんかアイテムもらえるやつじゃん」
「あの黒い魔女中ボスかな?くたびれた服着てていかにも悪者って感じじゃん」
「お前なんかに指図されるかよ!!」
「ちょっと、私は不慮の事故で死んで女神様に助けられて前世での不遇の代償ってことでこの世界でスローライフを楽しんでたとこなのよ!!あなた誰よ!」
赤茶色の洒落たローブに茶革のショートブーツと先端に三日月の飾りがついた魔女帽をかぶった魔法使いの少女が叫ぶ。
少女と言っても大人びた口調から中身は本当に少女かは分からない。
「何を言っているんだ、あのホスト?この世界でもスーツ着てる人いるんだ」
「何なのよその教主ってさー!」
様々な服装を着た若者たちがざわつき始めたのを見計らったかのように、黒魔女は得意げな表情を見せた。
「ざあ~んねん!」
「今日はお前たちが真人間に生まれ変わる記念日だ。特別に教えてやるよ」
そう言うと、黒魔女の体が黒い影に包まれた。
黒い霧のような影の中で、黒魔女の姿が変わっていく。
黒い霧が消えた後には黒魔女の姿はなかった。
そこにいたのは。
背広にタイトスカートの冷酷な瞳。
他人を見下し、美しい顔立ちからは想像すらできぬほどの邪悪な笑みが転生者や転移者へと向けられる。
開口一番。
「喜べノータリンども!!!!学校で問題起こしたり不登校になったり、その他偉大なる教主様の計画に不適合とされたお前らをこの世界に“転生“させてやったことをな!!」
無能なお前らへ我らが教主様は大慈悲を垂れて、この世界で教主様の理想世界の実現のために役立つ駒に生まれ変わらせてもらえるんだよ!!!!」
一同にざわめきが走り、アリーナ中に不穏な空気が充満していく。
「何ですかそれ?って顔してんな?」
「あっ、そうそう自己紹介まだだっけ♬」
「私の名はセレーヌ・シュヴァルツ・・・・とはこの世界での話♬」
「は~いみなさん、初めまして!私の名は法眼夏美(ほうげんなつみ)」
「警察庁特別公共治安局異能課所属。担当は魔術担当で~す♬よろしくね~!」
満開の笑顔を集められた若者たちに向ける女の目はしかし、虫けらを見下すがごとき視線を一貫して変えない。
「素質がありそうなのは引き続き“設定”通りに冒険なりストーリーを楽しませておいて。この世界の開拓に役立つし、教主様の理想郷のために殉ずる者に進化できる可能性があるからね」
シュヴァルツ改め法眼と名乗ったスーツ姿の若い女は手下と思われる戦闘員風の男から何かの書類を渡された。
「ここにいるのは使いもにならないと判定されましたので、人形さんコースへ行くことになりました。皆さん、今日でめでたく自分の自我とお別れしましょうねー♬」
「ざげんなババア!!!!!」
「アラン君、どうする!?あの女なんかやる気満々だよ!」
「これをこうやったらあいつ即死するから問題ないし!!」
魔法使いの服装をした少女が何かの本のページをめくってある個所を大声で音読し始めた。
「うへ、ぼくちんのハーレムにもたまにはお姉さん入れてもいい味になるかな~」
そして。
ほぼ同時にその場にいる門たちが一斉に壇上の黒魔女たちに襲い掛かった。
ある者は剣を抜いて空中に飛び、魔女に斬りかか・・・れなかった。
「へっ!?なんで飛べないの!?僕レベル57まで上げてダッシュからの空中斬りマスターしたはずなのに!?」
「オレのウルトラターボサンクチュアリエグゼクティヴビームを喰らえええええええ!!!!!!!!」
近未来風の服装をした少年がこれまた近未来風の拳銃の引き金を絞った。
が、何も出ない。
「うそ!?出力は十分充電してきたはずなのに!!エネルギー切れ!?故障!?」
かわいらしい魔女の服を着た少女は雷系の攻撃魔法をホスト風の男へ向けて放つ!
「神明のかなたにいる大いなる力よ!我の呼びかけに応じて眼前の邪悪を滅さんことを!!」
「ブリッツフォイアー!!!!!!!」
彼女の両手から極太の光線のような電撃が放たれ、ホスト風の男を直撃し・・・・なかった!
彼女の両手からは何も発しない。
「どっ…どういうことよ!!!あんなに修行してブリッツフォイアー覚えたのに・・・?魔力もまだあるはずなのに・・・!?」
シュヴァルツ改め法眼と名乗ったスーツ姿の若い女はニヤニヤする。
「なにしてるのお嬢さん♬」
「魔法ってのはこうやるんだよ!!!!」
「ブリッツフォイアーアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
ズギュルルルルルルルルル!!!!!!!!!!!!!
「いやああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
魔女のスタイルをした少女はブリッツフォイアーを喰らってアリーナの端の壁まで吹き飛ばされた。
アリーナの端の壁にクレーターができるほど叩きつけられた少女は、電撃で黒焦げになりうつ伏せに倒れて動けなくなった。
「こっちも!!」
法眼は同じ魔法を斬りかかろうとした冒険者の少年の顔に至近距離から放った。
「はぐらべぶちゃっっっっっっっ!!!!!!!!」
顔が黒焦げになった少年は仰向けに倒れて動かない。
肉が焦げる臭いがして周囲の中には小便をもらす者、腰が抜けて動けなくなる者もいる。
「お前らが身につけている魔法とか特殊技能は所詮我ら教主様が特別に御下賜になった物」
「そしてそれはいつでも自在に教主様の元へとお前らのデータとともに返還される!」
「あ~頭悪すぎなお前らにわか~りや~すくかみくちゅくちゅして教えてあげると~、お前らの魔法とか超能力はぜ~んぶ教主様から与えられたに過ぎないの♬」
「転生の際に私とか他の担当者を通してね♬」
「よって、強制返還されるとお前らマジの無能力者直行ってわけ。残念だったわね~♬」
「お前らのこれまでの戦闘データ、経験値は教主様とそのほかの方々の力として有効活用される。馬鹿どもはこの世界の開拓と邪魔者の始末、そして教主様の戦闘力強化と3重に貢献しているのよ」
法眼が得意げにひとしきり話したあと、若いホスト風の男が怒鳴った。
「オイ、さっさとこの馬鹿どもを選別所へ送れ!!」
ホスト風の男が叫ぶと、周囲の入り口からゾロゾロと屈強なモンスターがなだれ込み、若い男女たちを羽交い絞めにして連行し始めた。
恐怖のあまり泣き叫ぶ少女。
必死で抵抗するも殴り飛ばされて気絶する少年。
料理人をしている青年が作った鍋料理がひっくり返って具が床にぶちまけられる。
それをオーガが無慈悲に踏みつけて少年少女たちを連行していく。
シュヴァルツ改め法眼たちは終始それをニヤつきながら眺めている。
遠くからそれを見ていたベルリオーネはすぐに魔力を一切遮断した。
シュヴァルツらに気づかれないようにするためだ。
「やっぱりあったんだ!ついにつかんだ人身売買の証拠を!」
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