第56話 白いビル

ハイン王国東部地域辺境地域。


その最深部にあるブロッケン渓谷地域。


何かを詰め込んだ金属製の缶を大量に手際よく馬車に詰め込むごく普通の男女たち。

年齢はいずれも見る限りにおいて12歳から16歳くらいまでの若者ばかり。


“あの若い人達は・・・・?”。


最後の荷物を荷台に詰め込みが完了し、年端も行かない若者たちはそれぞれの馬車の荷台に分かれて乗車した。


乾燥した土地なのか、次々と走り出していく馬車の土煙が派手に舞い上がる。


馬車はいずれも大型の貨物運搬用と思われる荷車を引いており、その数はざっと数えても10台は超えていた。


荷台をおおうホロ布の屋根の横にはハイン王国国内治安騎士団の紋章。

駐屯地で見た臨時キャンプの天幕や旗と同じものだっだ。


“一体あれをもってどこへ?”


ベルリオーネは直感的に彼ら彼女らがこの世界の人間ではないと感じていた。


魔力の漏洩を気にしながら、極少量の魔力だけで俊足魔法を起動する。


馬車の一群は別の森の一本道へ吸い込まれるように低速で入っていく。


「あの道はたしか・・・」


ベルリオーネは密かに地図を取り出して確認すると、その道はブロッケン渓谷の最深部への街道であることが分かった。


「あっちはほとんど廃墟しかない地域のはず・・・」




森の木々の間を隠れながら走り、彼女は馬車の一群を追った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


!?


陰気な森の中を高速移動中、何かに気づいた彼女は一瞬で俊足魔法を解除し、高速で走ってきた慣性を生かしてそのまま木々を三角飛びの要領で飛び、葉っぱの多く生い茂る木の上に飛び乗った。


安定した木の上でしっかり踏みとどまったことを確信してから一気に魔力を解除する。


息を殺してすぐそばを通過する足音の方を注視すると・・・。


「ウッ、エッグ!」


たくましい筋骨隆々の黒い皮膚を持つ3メートルは超す大男。

“ブラックオーガだ!”


それにリザードマンの上級種もいる。

下品なげっぷを繰り返すブラックオーガの一匹にリザードマンが鼻をつまむ。

「くせえぞお前!ワイルドガーリックの食いすぎなんだよ!」


「わりいわりい~、あれのすりおろしをジンにまぶして一気すんのが最高だからさ~、エック!」


“モンスターの一団!?“


ザッ、ザッ!!


ドッ、ドッドッ!!


周囲をやたらキョロキョロしながら警戒する人型モンスター。


総数は5匹。


赤い体皮が特徴のフレイムリザードマン2匹と、筋骨隆々で鋭い牙を持つ獣人ブラックオーガ3匹。


前者は胴体の身を防護する軽装甲冑を身につけ、直刀の鋼の剣を鞘から抜いた抜き身の状態で持ち、もう片手には何かの紋章が刻印された盾を持っている。

足は素足だ。


後者は下半身を隠す布切れ以外はむき出しの鋼のような筋肉で覆われた肉体をさらけ出し、1匹は棘の付いた金属製の金棒、後の2匹は巨大な戦斧を担いでいる。

棘の付いた金棒持ちの奴はニンニク臭を漂わせている。


バレるとまずいから魔力を発動してのステイタス計測はせず、直感だけで奴らの実力を測ってみたが、奴らの体から出る生命エネルギーは隠れてパッシブ計測をしてみてもかなりの実力者だった。


魔導士は魔力が尽きたときや何らかの事情で魔力を発動してはならない状況下において相手の実力を大まかに探知する方法を取得している。


魔法を発動する際に開放する魔力回路を使うのだ。

魔力を発動しない状態で魔法回路を解放すると、当然魔法は発動しないが、外部ら伝わる気の流れを受けて図るというやり方だ。

魔導士が魔力を発動する際に使用する脳内の魔力回路は人間が進化の過程で退化させてきた自然を感じる感性を極限まで研ぎ澄ませることで完成する。

ゆえに、通常の人間ではまず気づくことさえできない外部のわずかな変化を探知するのに使える。

最も、通常は魔力回路を解放状態にするのは魔力を発動して魔法を使用するときだけだ。

鋭敏すぎる感覚を日常で解放状態にしていれば気が狂いかねないからだ。


防具はやや貧弱でも見た感じレアな武器を装備したオーガとリザードマンの一団は隊列を組んで周囲に警戒態勢をとっていた。


能天気な表情と脳筋のようなとぼけた態度。


しかし隊列を組んで周囲を警戒する態勢は戦闘慣れした者のそれであり、お互いの死角をカバーしあいながらどの方角から奇襲が来ても迎え撃てる戦闘態勢(バトルフォーメーション)に隙は無く、戦いの基本に熟知している感じだった。


“やはりいずれも第一級クラスの上級冒険者でないと到底太刀打ちできない凶暴な連中。交戦は避けるべきね”


ベルリオーネが木の上でモンスターが通り過ぎるのを待つことを決めたその時、鋭い痛みを感じた。

モンスターが隊列を組んで歩いていくところから目を離さず、ふと自分の手を見た。


左手の甲にできた一文字の切り傷から血が流れている。


他にも切り傷が複数右手等肌の露出箇所にできていた。


高速で森の中を走ってきたゆえに葉の縁(ふち)や枝で切ってしまったのだろう。


魔力回路を魔力を発動せずに解放すると、五感が異常に研ぎ澄まされ、何もしなくても周囲の気配や相手の力などが大まかに分かる。

これはベルリオーネがかつて習った原理であり、魔法を使わない武術家なども無意識のうちにこの魔力回路に当たる感覚を解放して相手の力を謀ったりしているのではないかとのことだ。


だが、五感が研ぎ澄まされるのを感じると怖いと思うこともある。


それ以上やると気が狂いそうになるというか・・・もしくは逆に他人の邪念を受けすぎてその醜さを見るあまり人として見なくてもいいという感覚が出てきてしまう気がするのだ。


銅でもいいことを考えているうちに国内治安騎士団の紋章の付いた謎の駐屯地から20キロほどさらに南へ行った森の中まで来た。


ブロッケン渓谷の深部に当たるこのあたりに至ると狭隘な渓谷と山々がさらに入り組み、とにかく体力の消耗が激しい。


おまけにモンスターを見かける確率も高くなり、それもかなり強力な連中ばかり。


それらに気づかれぬよう神経を使いながらこの森の中を高速移動するのはかなり難儀だ。


行商人の娘の姿のままこうも長時間居続けるのも意外と魔力を食うし・・・。


!?


深い森林の暗い感じに惑わされて馬車の一団を見失った!


“どこ!?”


ベルリオーネは焦った拍子で何も考えずに俊足魔法を全開にして走った。


すると突然、ベルリオーネの視界が開けた!


陰鬱な暗い森から突然開けた平原に出たのだ。


その瞬間。


!!?


「まずい!!!」


慌ててベルリオーネは近くの茂みに隠れた。


茂みの間から視線だけを動かして今視界に飛び込んできた光景が真実か確認する。


一切の気配を消し、数台の馬車が進んでいく進行方向をバッグから取り出した双眼鏡で見た。


彼女の目に映ったものは。


無機質な白い建物。


それもタダの建物ではない。



それは高さ30階建ては超えるであろう高層の建物だったのだ。


周囲の深い森林地帯と、険しく高い渓谷のはざまに突如として広がっていたこの平原地帯はベルリオーネの所持する地図には記載されていない地域だった。


ベルリオーネは慌てて鞄から何かを取り出す。


それはより大きな王立地理院発行の本格的な地図だった。


この世界では軍事機密であるこの地図は一部の許可を得た者しか入手できない精密な地図を周囲を傷買いながら茂みの中で広げて確認する。


「やはりない・・・。未記載地域か・・・。でもこのあたりは一応王国の測量班が測量済みのはずなのに・・・」



それに今一番気になるのはそれではない。


あの高層の建物。


明らかに“ビル”だ。


それも“近代都市”のだ。


なぜ“あれ”が“この世界“のこんな辺境地帯にある?


さらに双眼鏡を見ると、高層の建物のさらに奥にはさらに複数の白い無機質な工場のような建物が複数あるのが確認された。


さらにベルリオーネがビルを見て奇妙に感じたことがあった。


あの高層ビル、壁がすべて真っ白に塗られている上に窓がほとんどないのだ。


誰の目にも特殊な施設であることは明らかなそれは、それが立つ敷地の周囲を高い鉄柵で囲っており、しかも警備しているのは2足歩行型のモンスターと思われる者たちだった。


先ほど見たリザードマンやデーモン系の人間に近い外見の者たちが槍を持って入り口付近の詰所に複数いる。


しかも・・・・。


「あれはAK74!?」


旧ソビエトがアメリカ軍の投入した5.56mm×45小口径高速弾に対抗する形で開発した東側の小口径高速弾5.45mm×39弾を使用するAK74はAK47、AKMの後継小銃として旧ソ連を中心に使用され、21世紀に入ってもロシア軍などで改良されながら現役で使用されている。


建物といい、小銃といい明らかにこの世界のものではない。


「情報屋がガバメント持っている時から変だとは思っていたけど奴ら一定どこからあんなのを作り上げたの!?」


一体ここに何があるのか?


そうこうしているうちに先ほどの貨物馬車の一群が森の中から姿を現し、入り口で検問を受けた後、続々と周囲を高い鉄柵に覆われたビルの敷地内へ入っていく。


ビルのさらに奥を双眼鏡でもう一度確認する。


大勢の人間かモンスターらしき連中がいる。


どうやら何かの工場のようだ。


「入って確認するしかないか・・・」


ベルリオーネは慎重に気配を消しながら建物周辺の鉄柵をまわり、その中で木々が生い茂るところに鉄柵がかぶって目立ちにくい箇所が数か所あるのを確認した。


もう夕方なので警備兵の警戒心は高い。


「夜になるのをまとう」


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