第11話 国内治安騎士局

ハイン王国城下町東端。


ここはきらびやかな城内や、中央から南端にかけてのにぎやかな目抜き通りとは一変してその雰囲気はすごぶる暗い。


「突然なんですか!?きょく、いや、モールスさん!!」


「この世界での初仕事はいかがかね、ベルリオーネくん」


やせ形の修道士の姿をした中年の男が、机に座りながらワイングラスを一回り小さくしたようなデザインのグラスに入ったコニャックをあおり、足を組んで目の前に置かれているかなり身分の高い人間が使うであろう黒檀製の机に右ひじと右手に持ったグラスを置きながら、目の前の魔導士の少女へと余裕を持った表情で尋ねた。


“ハイン王国国内治安騎士局”と鉄板のプレートが掲げられたレンガ造りの威圧感のある5階建ての建物。


城下町自体、周囲を外敵から守るために堅固な城壁が四方を覆ってはいるが、この建物はさらにそれにもまして威圧感のある高い石の塀で周囲を囲んでいる。


国の治安組織の施設が密集しているこの地区の評判は悪く、地元住民もこの地区だけは恐れて近づこうとしないという。


南側は監獄と直結しており、そこからは時折悲鳴のような声が聞こえるとされている。


その建物の5階、局長室に白い魔女帽をかぶった少女が一人。


清楚な白い魔導士の姿に身を包むベルリオーネが仁王立ちに近い立ち方で、その威厳と傲慢が入り混じった中年男と黒檀の高級机を挟んで対峙していた。


彼女の表情には不安と怒りが入り混じったような複雑な色が浮かんでいる。


部屋にはもう一人、先ほど街中で彼女を呼び止めてここにつれてきた若い2,30代の男が入り口付近の壁にもたれかかっていた。


若い男は不機嫌な表情をしながら、懐から紙たばこと同じくらい細長い葉巻を取り出し、ポケットにしまっていたジッポーを親指で開けた。


特有の金属音とともに開けられたジッポーから火打石を擦る音とともに火がついた。


男は目をつむりながら葉巻に火をつけ、口いっぱいに煙を溜めると勢いよく吐き出した。


一種独特の鼻を衝く刺激臭がする紫色の煙が部屋に充満していく。


彼が葉巻をふかすたびにベルリオーネが嫌悪感を隠さない表情を向けるが、男は横柄な表情を変えない。


「かぶ、いや、ここではイーストマンだったな、喫煙を嫌う人間だって最近は多いんだ、少しは遠慮しな」


モールスと呼ばれた男がめんどくさそうに言うと、イーストマンと呼ばれた男はふてぶてしい表情で眉間にシワを寄せながら吐き捨てるように言った。


「そりゃあっちでの話でしょう、モールスさん。あなたこそこの世界での設定は修道士でしょうが?だというのに真っ昼間から酒を優雅にあおっちゃまずいでしょ?それに今は勤・・・」


「フン、俺だってこんな文明の程度が低いところにわざわざ来て我慢してんだ。仕事中だろうとここはあっちとは常識が違う。ヤクじゃあるまいし酒くらいキメていいだろうが」


「いいでしょうか」


いつになく鋭い目つきと化したベルリオーネがモールスと呼ばれている男に問いかけた。


「なぜ、彼と一緒にいるときに私にここに来るように言ってきたのですか?危うく彼に感づかれるところでしたよ!」


「まあまあそう怒るな。君は今回がこの世界での初任務だ。我々ベテランが常に監視して補佐するのは当然のことと思うが違うかね?」


「私が実力不足とでも言いたいのですか!!」


ベルリオーネの反発にモールスはめんどくさそうな表情で机の上のコニャックを再び口に含んだ。


強烈なアルコール臭が若い男の葉巻の臭いとブレンドされる。


「おいおい、そんなことは言っていない。君は適性調査の結果、100万人に1人の魔力適合者として特別選抜された存在だ。君みたいな未成年でもこのプロジェクトの監視役に選出された時点で君は立派なエリート候補だよ」


「ただ、このプロジェクトは大変貴重なデータを得られる上に厄介者を体よく始末、いや、真人間に矯正できるという最高の計画だ」


「それだけじゃない。この世界で巨大な利益を我々が独占できる可能性すらある」


「よって、われらが全能の教主様はこの計画を現実で起きている問題を一挙に解決するチャンスとして多大な期待をかけておられる」


「いつものことながら我々はその監視業務を請け負うという光栄を賜っているのだよ。故に失敗は許されん!」


「就中、あのスドウとかいうガキは我らが教主様の計画にとって最も邪魔なタイプのガキだ。故に今回のプログラムで今のうちに矯正するか、それができなければ・・・、ということで処分することが決まっておる」


「昔からあの手の問題児はたまに出てくるから困る。妙に勘が鋭すぎるタイプだからな。最近はめっきり少なくなって向こうの世界の教育が成功していると安心していたら教育調査で危険度Sのが久々に出てきやがった。矯正に成功したら色々使える存在になるとはいえ、面倒なこった・・・・・」


「そしてベルリオーネ、お前はまだ我々の側から見て信用できる存在ではない」


「でっ、でも・・・・。私は一応同じ職場のどうりょ・・・」


ダンッッッッッッッ!!!!!


モールスは勢いよく左手で黒檀製の机を強く叩いた。


「同じ職場!?確かにそうだ!」


「だが、我らの仕える存在は愚民どもではない!!!!」


「覚えておけ!!!!我らは貴様とは確か職場を同じくする同僚ではなるが、仕えている対象は愚民どもではなく教主様だ!!!!」


「ベルリオーネ!われわれは同じ仲間にして仲間にあらず!!!!」


「我々は家族、我々は兄弟姉妹。だが、お前は今だ愚民どもに奉仕する俗の規範に忠誠を誓い、まだ教主様の洗礼を受けようとしない。なぜだ?」


「お前は俺たちが形式上属する俗の組織の後輩ではある」


モールスに次いで、きつい匂いの紫色の煙をくゆらせるイーストマンと呼ばれた若い男がモールスに次いで金切り声を上げた。


「が、しかし、我々が真にお仕えする御方が率いる家族の一員ではない」


「祝福を受けていない者を真の家族の一員とは認めん!!!!」


すさまじい剣幕の2名に圧倒されるベルリオーネ。


「そ、それは分かっております・・・」


「聞こう、お前は我らの主(あるじ)に仕える気はあるのか?」


「もっ、もちろんです・・・」


ベルリオーネはとっさに帽子を取り、跪いて首を垂れる。


モールスは試すような目つきでベルリオーネを見下す。


「ではあのスドウというガキをどうするべきかは分かっておろうな?」


モールスはここで一息入れ、机の上の銀製の入れ物からハバナ葉を取り出した。


専用のはさみで端を切り、イーストマンを横に来させてジッポーで火をつけさせた。


先ほどの葉巻とはまた別の強烈な臭いが部屋中に充満していく。


「まあいい、我らが教主様は寛大なお方だ。まだガキのお前にいきなり結論を出せとは言わん」


「それに何より我らの家族になる者はそれ相応の実績を残す必要がある。今回のスドウというガキを矯正するか、または始末するかはお前にとってまさにうってつけの試験というわけだ」


ベルリオーネはただ下を向いて跪くのみだった。


「分かったら下がっていい。ガキの元へ戻れ」


「我らは現在のところは監視だけだ。だがな、他のグループの中には積極的にスドウというガキを消そうとする者たちもいるぞ。早くガキのところへ帰ってやった方がいいんじゃないか?」


モールスの言葉にベルリオーネは素早く反応した。


「それって、まさか!!!」


「セレーヌの班は好色なのは知ってるだろ。だが、弱い奴はすぐ殺す。まあ、気に入られても自分好みに調教して人形にするのが彼女の趣味だからどのみち碌なことにならんがな。せいぜいあのボウズの御守を当面がんばれよ。最も、もう殺されてるかもな♬」


「なぜ、それを早く言ってくれなかったんですか!!!!!!」


ダッ!!


バダンッ!!!!!!


ベルリオーネは金属の杖を持って慌てて部屋を飛び出していった。


ドア側の若い男は彼女を素早くかわして部屋から出ていくのを引き留めなかった。


イーストマンはニタリと粘着性のいやらしい笑みを浮かべた。


「クヒヒ。さあて、今回はなんか面白そうな気がするわい♬」


薄暗い部屋の明かりに照らされたイーストマンの影は異形の輪郭を形作っていた。

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