ズルい
期末試験が終わって夏休み目前となりました。試験期間中のピリピリした空気から一転、教室は笑顔であふれています。
それなのに、私は今、針の
左隣の席は文香さんになりました。いつものように、眠たそうに目をとろーんとさせながら席に座り、大きなあくびをしました。か、可愛いです……。ほんと文香さんって一足一挙動が可愛いんですよね。つい守ってあげたくなると言いますか、母性本能が刺激されると言いますか。
「ふあああ……。おはよ、久美。わあ、難しそうな本だね~」
わわわわ……! 文香さんがずいっと私に近づいて来ました! ち、近いです! ほっぺとほっぺがぶつかりそうな距離に文香さんがいます……!
そんな風にドキドキしていると、背中から突き刺さるような圧を感じました。ひぃい! こ、これはもしかしなくても――。
私はギギギギと首を180度捻って後ろを振り返ります。するとそこには頬をぷくーっと膨らませて不満そうな顔をしている美香さんが。
はい、そうなんです。なんと私の真後ろが美香さんの席なんですよねぇ……。はぁ、よりによってなんでこんな配置になったんでしょう……。
「むうううぅぅぅ! ズルい! 私も文香ちゃんに褒められたい! 私だって凄いんだから!」
わわわわ……めっちゃ不満そうにしてます! すっごく不貞腐れてます!
ふ、文香さん、何か言ってあげてください! 私が何を言っても逆効果にしかならないでしょうし、この空気を変えられるのは文香さんしかいないんです……!
そう心の中で叫んでいると、その願いが届いたのか文香さんは優しい声で言いました。
「うん、知ってるよ。美香はとっても可愛くてとっても優しくて……。私の大事な人だもん」
「文香ちゃぁぁぁん! 私も大好きだよぅ~!」
「ふぎゅう」
ナイスです! 完璧なフォローでしたね。
文香さんから「大事な人」と言われて感極まったのか、美香さんは飛びかかるように文香さんに抱きつきました。突然の事に一瞬びっくりした文香さんも、すぐに嬉しそうにします。
……はっ! ま、まさか――
まさか私って、ラブコメで言う所の「主人公達の結束をより強固にする為に用意された脇役」なんでしょうか?!
それってモブとしては最高のポジションじゃないですか。だって見てください! 今、私の目の前で女の子と女の子が抱き合っているんですよ! 百合を観察するには最高のロケーションじゃないですか。
はぁ、尊い。脇役最高!
◆
その日のお昼休み。教室の前の方で楽しそうに話しているグループがいました。その中には瀬奈さんと桃さんもいます。
「そういえばさ、昨日急にポテトチップスを食べたくなってさー」
「ああ~分かります。ポテトチップスって何故か急に食べたくなる時、ありますよね」
略さずにわざわざポテトチップスって言ってるのは、略称は商標登録されているからでしょうか。こういうケースでは、使っても別に問題ないとは思いますけどね。
「そうそう! それで買いに行ったんだけど、なんか変なアニメのキャラとコラボしてる奴しかなくてさ。まあ味は一緒だし、それ買ったんだけど……。なーんかちょっと嫌じゃない?」
「私、別にファンじゃないんですけど……って気持ちになりますよね」
「オタクじゃないんだけど、って思うよねー」
「コラボするのは別に構わへんけど、やりすぎたら他の人から嫌がられるって気づかへんのかなあ」
と言う感じで初めのうちは純粋にコラボ商品の是非について話していたのですが――
「ウチの姉ちゃんがオタクでさぁ、いっつも○○○○って作品を見てるんやけど、ウチ、あれすっごい嫌いなんよ。ホンマ辞めて欲しいわ」
「○○○○ですか。き、聞いたことないですね」
「あー、それネットニュースで見た事あるー。なんか過激なシーンが多くて規制が入りまくったとかなんとか」
「は、破廉恥なのは良くないですよね!」
――と話が徐々にズレていきました。
瀬奈さん、絶対その作品知ってたでしょ。その長い作品名は事前に知っていないと復唱出来ないはずです。
加えて「過激なシーンが多くて規制が入りまくった」という説明だけで「破廉恥な方の過激」だと分かったのは、作品内容を事前に知っていたからでしょう。
これはちょっと、不穏な流れですね……。どうなってしまう事やら――
「ホント辞めてもらいたいわー」
「あ、あはは……。そ、そうだよね~」
「み、見るならもっと健全な作品を見るべきだと思いますわ!」
――とうとう最後にはアニメ文化そのものを否定するような流れへと変わっていきました。これはちょっとエスカレートし過ぎです。
こうして
何と言いますか、見ていて痛々しいですね。
ガタッ――
ふと後ろから物音がしました。振り返ってみると、美香さんが机に突っ伏しています。美香さんはかなりのオタクですからね、ああいう話をされると嫌な気分になるはずです。
じっ……
今度は教室の前の方から視線を感じました。見てみると桃さんが助けてほしそうにこちらを見ているではありませんか。「ど、ど、ど、どうしよう、この空気……」と言った目で私の方を見ています。
うーん。
「あの。盛り上がっているところ、すみません。ただ、ちょっと、盛り上がりすぎではないでしょうか?」
「あーゴメン。ちょっとうるさくし過ぎたかな」
「お昼休みですし楽しくお話しするのは良いと思います。ですが、内容がエスカレートし過ぎです。作品に対して『自分は苦手だ』と意見を言うのは良いと思いますが、その作品のファンを馬鹿にするような発言をするのは、少し子供っぽいですよ」
私がそう言うと、皆さんは何も言い返さず、ただただ気まずそうにしていました。この隙に畳みかけますか。
「特に皆さんはクラスの中でも発言力が強い方々です。そんな皆さんが、何かを一方的に否定するのは卑怯な行為だと私は思いますよ。そう思いませんか?」
「あーいや。その……。ごめんなさい。確かにちょっと言い過ぎやったわ、反省する」
「す、すみません。私、そんなつもりではなかったんです……!(ど、どうしましょう。私、久美さんに嫌われてしまいましたわぁぁぁぁぁ)」
「ごめんなさい、気を付けます(助かったぁ……)」
反省している人もいれば、安堵している人もいますね。
なんにせよ、話が拗れなくてよかったです。
「分かって頂けて良かったです。そして私こそごめんなさい、ちょっとキツく言い過ぎたかもしれません」
そうなんですよ。発言力って意味では
「
ただ、どうしても分かっておいて欲しかったんです。今後皆さんが大人になると、社会的な立場が上がっていき、それに比例して発言力は強まっていきます。自分の一言で誰かを深く傷つけるかもしれません。
なのに、大人になると注意してくれる人が減っていくんです。自分で律しない限り、歯止めがかからなくなるんです。
どうかまだ『子供』の間に、自分を律するという事を覚えておいてください。そうしないと……いずれ孤独になりますから。
」
◆
席に戻り、午後の授業の準備をしていると、ちょんちょんと背中を突かれました。振り返ると美香さんが照れくさそうに顔を背けながら言いました。
「あ、あの。さっきの久美さん、かっこよかった。ありがと。それだけ」
そう言い終わった後の美香さんの顔は、燃えているのかと思う程に真っ赤になっていました。ちょ、ちょっとその発言と顔は可愛い過ぎますよ。ズルいですよ、美香さん!
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