今もどこかで彼は。
願油脂
第1話
これは僕が小学生だった時の話です。
当時小学二年生だった僕には親友が居て
名前は確か ゆうや くんだったと思います。
いつも僕はゆうくんと呼んでいて、登下校や休み時間など常に一緒に過ごしてました。
そんな仲の良かった親友の本名が曖昧なのには二つ理由があります。
ずっとあだ名で呼んでいたので
「ゆうや」だったか「ゆうた」だったか記憶がおぼろげな点がまず一つ。
もう一つは彼が行方不明になり、20年以上
音信不通だからです。
あれは確か二月か三月だったと思います。
三学期ももうすぐ終わって春には三年生だねとゆうくんと話していました。
ゆうくんは保育園からずっと仲良しな親友でこれから中学も高校もずっと一緒に居るんだと思っていました。
その日も二人で通学路の長い農道を歩きながら、宿題の文句だったり好きな仮面ライダーの話など他愛ない会話をしていた時でした。
ざりっ
ざりっ
と足を少し引きずるような音と共に後ろから男性の声で
「としゆき!」
と声が聞こえました。
振り返ると五十代くらいの中年の男性がこちらを真っ直ぐ見ながら歩いてきたんです。
当時はあまり気付きませんでしたが、
服装こそ整っているものの、シャツもズボンも妙に汚れており、春前とはいえ、まだ寒い季節にしてはコートなど上着も着ていない男性に少し違和感を感じました。
その男性は
「としゆき早く、早く帰らなきゃ」
と、ゆうくんの腕を引っ張り半ば無理矢理
連れて行ったんです。
咄嗟の事に僕もゆうくんも動けず、
「あ…」とやっと声が口から漏れた時には
ゆうくんは近くに停めてあった車に乗せられた所でした。
我に返り泣きじゃくるゆうくんを乗せた
黒っぽい車はそのまま発進し、あっという間に僕の前から姿を消しました。
誘拐でした。
自分自身とゆうくんの置かれた状況を理解
するには小学二年生とはいえ充分過ぎます。
本来なら急いで交番、もしくは親に伝えて
警察を呼ぶのが正解でしょう。
でも僕にはそれが出来ませんでした。
怖かったんです。
誘拐を目の当たりにしたのもそうですが、
何よりゆうくんを助けられなかった自分への罪悪感が勝ちました。
もしも警察だけでなく、僕や彼の家族に
「何をしていたんだ」と怒られるかもしれないと思うと帰宅してからも両親に対し、口が思うように動きませんでした。
翌日。
結局昨日のゆうくんの件については親に伝えることが出来ませんでした。
学校に着いたら先生達が大騒ぎしているかもしれない。
万が一、自分に何か怒りの矛先が向いたら
どうしようと教室に入るまで気が気じゃありませんでした。
でもおかしいんです。
当時ゆうくんと僕は同じクラスで、
彼は丁度廊下側の一番後ろ。角の席でした。
ただ僕が教室に入った時には
その席が丸ごと無くなっていたんです。
奇妙に思った僕は前の席に座っていた友人の
みゆちゃんに彼の席について尋ねました。
すると彼女は不思議がった様子で
「ゆうくんって、だぁれ?」
え と言葉に詰まり、
ドクンと心臓が大きく跳ね上がりました。
その後先生の出欠確認やクラス名簿、教室の後ろに貼ってある習字を見渡しても、どこにもゆうくんの名前はありませんでした。
その日…いや、
もしかしたら昨日のあの時間からかも。
ゆうくんの存在そのものがこの世界から消えていたんです。
混乱しながら帰宅した僕は両親にもゆうくんの事を尋ねました。すると返事は案の定、
「知らない子ね、新しいお友達?」と
あっけらかんとした様子でした。
たまらず僕は固定電話の受話器を掴むと
ゆうくんの家に電話をかけました。
遊ぶ約束をする時のために互いに番号は交換しており、電話をするといつも優しい声色のおばちゃんが出てくれていました。
しかし電話は一向に繋がりません。
留守番電話にもならず、永遠にコール音が鳴るだけでした。
僕は口から心臓が出そうになるのを必死に抑え、自転車にまたがると大急ぎでゆうくんの家に向かいました。
存在が消えている。
誰もゆうくんの事を覚えていない。
小学生でも分かる明らかにおかしい出来事。
ゆうくんの両親なら息子の事を何か覚えているかもしれないと藁にもすがる思いでした。
しかし息を切らしながら着いたその家は。
いや。
そこに家なんてありませんでした。
手入れのされていない、雑草が好き放題伸びた寂れた空き地がそこにはありました。
たまらず
「ゆうくん」
と息を切らしながら大声で叫びました。
しかし冬の乾いた風にかき消され、
無駄に広い空き地に僕の泣きそうな声が響くだけで一言も返事は帰ってきませんでした。
僕も今では社会人になり、忙しいながら日々を奔放に過ごしています。
職場にも恵まれ、婚約者だって居ます。
でもただ一つ、ゆうくんの存在だけがすっぽりと抜け落ちてしまったんです。
中学校はもちろん、小学校の卒業アルバムにすら彼の名前や痕跡はありませんでした。
彼は僕の妄想だったんでしょうか。
いや。
あのかつて楽しかった思い出を。
あの時の恐怖と不安の感情を無かったものには到底出来ません。
いつか何処かでバッタリと出会えないかと
想うばかりですが二十年以上経った今、正直それが本人だとしてもゆうくんだと気付く自信はありません。
僕の中からも彼は消えつつあるんです。
声も顔も喋り方も何もかも。
記憶の輪郭がボロボロと崩れていくんです。
彼は今も何処かで
としゆき
として生かされているんでしょうか。
完
今もどこかで彼は。 願油脂 @gannyushi
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