第67話 BAD COMMUNICATION(1989)B'z

 平成2年5月 神宮球場


 たくさんの学生が六大学野球の最終戦、早稲田大学対慶應義塾大学の試合の観戦に集まっていた。優勝決勝戦だ。


 私(原智子)は早稲田側のスタンドの入場待機列にいた。隣には先日映画館でチケットをくれた島峰。緊張した様子だ。

 サークル単位で新入生たちがワイワイあつまっている中で、私と島峰はペアで来ていた。


 チラチラとこちらのペアを見る学生の目線を感じた。


 私はジーンズにTシャツ、そして上にはシャツを羽織っているが、隣のヤツときたらなんかピンクのシャツみたいな服の袖をお腹に巻いて縛って、まるで『ホットドックプレス(Hot-Dog PRESS)』の中からそのまま出てきたお上りさんか!と思う。


 私は田舎からこの春に出てきたばかりの田舎娘。彼は麻布高校に通っていたホンモノのシティ・ボーイのはず……(笑)

 きっとコイツはいままで彼女とまともなデートの経験がない。丸わかりだ。


 あの社会科学部1年の五十嵐いからし、そしてそのカノジョの真水しみずさんも観戦に来ていた。真水さんは頭に早稲田応援グッズで固め、紙でつくった臙脂えんじ色の学帽形の帽子と臙脂と黒のストライプの旗をもっていた。


 五十嵐が私に言った。

「あの島峰ってヤツ、完全に智子に惚れてるぞ」

 真水さんも同意して「完全にアレだわね、あなたにイカれてる」


「はは、彼は友達よ。この前一緒に映画を観ただけだし」


「十分じゃんか。ところで、智子、もたいから連絡あった?」

「彼とは別れたわ」

「えー、ホントに?」

「遠く離れて、俺は浪人で勉強を頑張らないと…遠距離恋愛出来ないってさ…なんてこと言ってたけどね、同じ長高で浪人になった女の子とデキたのよ」


「じゃ、智子はフリーか」


「そんなところねぇ。でも別れたからってスグに他の男に乗り換えるなんてしないから」

「何言ってんだよ。隣の男はなんなのさ……笑」

「だから友達だって。ほら島峰、焼きそばパン二つ買ってきて!」

「はい!」


「あの人可哀そうよ。それも『焼きそばパン』て、ヤンキーかよ……」

「ちゃんと千円札を渡したじゃん」


 星夏美は慶應側スタンドから入るはずだが、久しぶりに会う約束をしていた。

 まもなくここにやってくる。



 島峰が飲み物とパンを買って戻ってきた。

「注文するのもスゴい列でさ。焼きそばパンはなかったから、サンドイッチでいい?……時間かかってゴメンね」

「何?焼きそばパンが無いだと~それで帰ってたのか……許さん……」

 ポキポキと拳骨げんこつを鳴らす私…


「あ、智子~いたいた!」

「あ、夏美、ココ、ココ!」


「あれ、智子、お隣の男性は見かけない人ね?学校の子?」


 夏美は後ろに男を従えていた。

 オシャレで、これこそ都会の大学生って感じの男の子だ。


 夏美も綺麗になっている。

 化粧も…


 自分がみすぼらしく感じた。高校の時の私服通学と変わらないからだ。

 夏美はたった一月、二月で都会の女の子になったよう。

 やっぱ、早稲田はダメだわ……さすが慶應……


「この後ろの人?同じテニスサークルの人だけど」


「この綺麗な人……いや、お友達ですか?」と島峰が言った。


「この人、同じ長岡の田舎から出てきたのよ」

「ちょっと智子、田舎って何よ……」


「夏美、少しみない間に綺麗になったわね。男をはべらかして」


 夏美の後ろに居た男性が

「北島です。はじめまして。僕は慶應理工学部で同じ1年で」

 なんてスッキリサッパリの好青年だ


 私は夏美の横に近づき、耳元でささやいた

「ちょっと、あなた橘クンと遠距離でしょ?もう彼を振ったの?」

「違うわよ。彼はホントにサークルの子よ」

「どう見たって、バリバリの慶應ボーイじゃない。それも附属から上がってきたような」

「なんで分かるのよ。それに智子だってもう都会のカレシでも作ったのかしらぁ?」

「彼とは何にもないわよ」


 酔っ払っていて部屋に泊めたとか言えるわけない


「ふーん。どうかしらねぇ。智子、顔はヤバイからボディにしておく?」

夏美は拳を握りしめている


「三原順子か!夏美、ココでケンカはマズいでしょ……」


 北島君が私と夏美に言った

「あのー、お二人ともかなり親密な関係ですね……一緒に観戦しますか?」


「慶應のスタンドで早稲田を応援できるわけないでしょ。そろそろスタンドに入らないとサークルのグループが待っているから。じゃ、夏美、また今度ね。電話をするから」

「わかったわ。そのカレシと仲良くね~智子」


 夏美の服は、たしか長岡のダイエーで買ったものだ。

 でもそうとは思わせない都会の雰囲気が漂っている。化粧の良い匂いもした。

 橘クンはどうしているだろう。

 長岡技術科学大学の寮に入った、ということを親伝いで聞いていたが


 スタンドに入ると、学生で満員だ。幸運なことに外野スタンドの最下層の位置で、チアリーディング部のステージの目の前だった。


 ◇◇◇


 慶應側のスタンドは、オシャレな生徒で溢れていた。

 さらには幼稚舎の生徒の席も設けられていた。


 わたし(星夏美)と北島君、そして鷲頭わしづさんや、そしてあの謎多き女性の反町さん、ほかサークル仲間。


 サークル仲間から聞いた話だと、反町さんは神田神保町の老舗書店で出版社の社長のお嬢さんとのこと。

 江戸時代のご先祖様の代々慶應出身でさらには福澤先生から直々に学問習った長岡藩士だったらしい。筋金入りの慶應だそうだ。


 北島は、家が宝石輸入商社の社長の息子で羽振りがいいらしい。店舗の上の部屋をオフィスに貸して、不動産投資を行っていて、かなり儲かっているそうだ。


 サークルの新歓コンパにいて北島を叱っていた医学部の先輩は、父親も慶應医学部出身だそうで、小千谷総合病院に勤務していたことがあるそうだ。彼も小千谷市に住んでいたことがあると言っていた。

 その医学部の子は「雪が懐かしい」とか、小千谷の「わたや」の蕎麦が懐かしいと地元ネタで盛り上がった。

 意外と世間は狭いものだ


 ◆◆◆

 早稲田側スタンド


 石井連蔵監督率いる早稲田大学は、1982年秋以来、この春季リーグ戦で優勝がかかっていた。

 早稲田ではない他大学と思われる女子大生も混ざっている。コンバットマーチや紺碧の空などの応援歌を一緒に歌って盛り上がっている。お祭り騒ぎだ。


 私(原智子)のいる早稲田のスタンドは地方から出てきた私でも居心地が良い。あちら(慶應)のスタンドとは大きな違いだ。

 試合が終わったら銀座に飲みに行くという。

 私達の打ち上げは、サラリーマンの町新宿。歌舞伎町


「慶應をケム(煙)に撒く作戦いくぞー」


「なにそれ?」1年生はまったく分からない。


「みんな、たばこを用意しろー」


 近くの先輩が教えてくれた。

 スタンドのみんなで一斉にタバコの煙を空に向かって吹くそうだ。

 そのタバコの煙が「もわっ」とスタンドに雲が浮かぶようで迫力があるそうだ(笑)


 島峰が言う「えー、俺タバコなんか吸えないし……」

 私はカバンからジターヌを取り出した


「え!原さん、たばこを吸うんですか?」


 真水さんは、バージニア・スリムをカバンから取り出した。


「ええええええ、みんなタバコを吸うの!?」

 島峰はまたハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていた。


「あなたに無理にタバコを吸え、とは言わないわよ」

「僕も行きます!」

「おい、無理すんな……」五十嵐が言った。


 島峰は真水さんからバージニア・スリムをもらって火をつけた。


「準備はいいかー」

「おお!」

「慶應をケムに撒けー!」


 よせばいいのに……島峰は思いっきりタバコの煙を吸い込んだ。


「ゲホッツ、ゲホット……」むせて、目から涙を流して、スタンドの床に転がっている。

「おい、だから、無理すんなと言っただろう……」


「あそうだ、試合が終わったら、優勝が決まった祝で提灯行列を神宮から大学までやるってよ。そのあとにコマ劇場前に集合」


 提灯行列って、早稲田って意外とレトロだなと思った。


 ◇◇◇

 慶應側スタンド


 反町さんが、私(星夏美)の席に近くに来た。

 あいかわらず、オーラと圧がすごい。

 すごい美人だ。とても春に高校を卒業したとは思えない。大人の雰囲気


「北島君は貴女を相当、気に行ってるみたいよ。あなたの話ばかりしている」

「ええ!……あれだけ新歓コンパで、私のことを『星一徹』とかコケにしておいて」


「恥ずかしがりなのよ。最初に名前書いてもらったでしょ。あの後、戻ってきて、『いい子二人みつけた』と言ってうれしそうに私に言ってたもん。よく彼から貴女のところに電話かかってくるでしょ?」


「ええ、たしかによく電話かかってくるけど……でも私は新潟に彼氏がいるし」

「そうなの?」

「うん……」

「遠距離恋愛?」

「そう」

「あちゃ~彼はアナタに本気よ」

「やば……!?なんでこんな山猿みたいな田舎娘を……」


「はははは。どうしてでしょうね。試合の後に打上げを銀座でセットしているってさ。私から貴方に誘って欲しいって。自分から声をかけると断られそうだ、とかこんなこと貴女に言っちゃっていいのかしら……」


「ははは……はぁ」

 男の子に気に入られるのは悪い気がしないけど、橘クンどうしているかなぁ……

 背徳の飲み会か……



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