第66話 Eyes to me/彼は友達(1991年)DREAMS COME TRUE
平成2年4月末 高田馬場
私(原智子)は先日ボトルを入れたバーに来た。
一人でカウンターに座り、自分のボトルでバーボンのロックを注文した。
タバコはこの前にバイト先で覚えた。
編集作業で遅くまで仕事をしていたとき、バイトの女性の文学部の先輩が「一本どう?」と勧めてきたのだ。
先輩のタバコはバージニアスリムのメンソール。
初めて吸ったときは
しかし私は今はメンソールでないタバコを選んでいる。
大隈講堂から早大通りを通って、神楽坂駅方面に向かう途中で、住所は山吹町あたりだろうか、そこのタバコ屋で外国たばこの自販機を見つけ、売っていた「ジターヌ・カポラル」を買ってみた。
これを選んだのは、深い青色に舞う女性の姿のデザインが良く見えたからだ。
だから、鞄にはいつもジターヌ・カポラルが入っている。
私はジーンズにTシャツというとてもラフな格好でこのバーに訪れていたが、この
バーテンが「ジタン※ですか。渋いですね」と言って、智子のタバコに火をつけてくれた。
※フランス語では女性形のジターヌの発音が正しいが、日本では一般に男性形のジタンという言い方が浸透している。
タバコの、良い香りがした。
私の目からは涙が零れ落ちた。
先日、長岡にいる
私が東京に来て1月も経たなかった。
大声で泣くのは性にあわない。
しかし悲しみが止まらなかった。
彼は予備校に入ったとき高校の時の同級生だった女の子と付き合い始めたのだ。
バーテンはもちろんこの智子が涙を流している様子を察知した。
タバコを1本吸い終わると同時くらいに、バーテンはバーボンのロックを差し出した。
私は強がって泣いてないそぶりを見せようとしているが、涙で赤くなった目は嘘をつかない。
バーテンは聞いた。
「
唐突な質問だ。
「とってもいい街ですね。本屋さんがたくさんあるし」
「馬場を気に入っていただいて、なによりです……」
「ほかに何かおすすめのお酒はありますか?」
「テネシーはいかがですか?ジャック・ダニエルとか」
「それにします。ソーダ割りでしょうか?」
「それなら、コーラで割りましょうか」
「それでお願いします」
ジャック・ダニエルのコーラ割がとても美味しく感じられた。
いつの間にか、あの失恋の涙はどこかに行ってしまった。
バーテンのおじさんも笑顔になっていた。
「そうだ、バーテンさん、カクテルもあるでしょ」
「もちろんですよ」
「このメニューには書いてないけど、有名なカクテルありますよね。トム・クルーズの映画に出てきた有名なカクテル」
「よくご存じですね」
「できますか?」
「もちろんです」
「では『セックス・オン・ザ・ビーチ』を一つ」
「わかりました」
「馬場ってホントにいい街ですね」
「ありがとうございます」
あの地下鉄工事の鉄板も、質屋のポルノ噴水もある、いかがわしさ、猥雑でありながら、たくさんの書店がある
学校の周辺にある印刷所の印刷機の音とか、校舎の北側にいまだに残る路面電車とか、神田川とか昔ながらの東京が感じられる町だから。
◇◇◇
後日、大学の授業の後に、教室の前で、この前に「お持ち帰りした男」いや、酔っ払って帰られなくなってアパートに泊めた島峰が私(原智子)を待っているように立っていた。
「どうしたの?」
「いや、泊めてもらったお礼に映画でも……」
「あれー?、それってデートのお誘いですか?」
「いや、ホントにお礼です」
「ホントに女の子を口説くのがヘタね。どんな映画なの?」
「ベルトラン・ブリエの『美しすぎて(Trop Belle pour toi!)』」
「あ、ジェラール・ドパルデューの映画か」
「知っててよかった」
私が男性と映画を見るのは、長岡の時以来だった。
彼といろいろ話をしたが、村上春樹の「ノルウェイの森」を読んで、この大学を受験したらしい。親から「なんで東大を受けないんだ?」とか言われたらしい。
「ノルウェイの森」で早稲田を選ぶとか、怪しさが漂うヤツだな(笑)
しかし、そのくらいで、私を簡単に落とせるとは思うなよ。
映画の上映が終わって、彼がこちらを向いた。
私はその時に彼の耳元でささやいた。
「あなた、わたしのこと考えて、ボッキしたでしょ?」
彼(島峰)は、また鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして目を丸くしていた。
「え、まあ、少し……」
「はぁ?アナタ面白いね、ハハハ」
「まあ良く変だと言われるけど……そうそう、六大学野球の早慶戦のチケットあるけど、一緒にどう?」
「ふーん、少しは口説き方がマシになったわね」
(※第42回カンヌ国際映画祭で『ニュー・シネマ・パラダイス』とこの映画が審査員グランプリを受賞している)
※未成年の飲酒、喫煙は法律で禁止されています。
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