第61話 LADY NAVIGATION(1991年)B'z
新歓コンパが終わってから、わたし(星夏美)はまっすぐマンションに帰った。
二次会に行く学生たちもいたが、あの北島ってイケ好かないヤツが、わたしと鷲頭さんに「次行かない?」と声をかけてきた。
「結構です。私たち、もう帰ります。では、また明日」
誰がわたしのことを「イナカ者」とか「星一徹」とか言っていたヤツと二次会に行くもんですか、ばーか。
マンションに着いて、玄関の集合ポストを開けた。
手紙が来ていた。差出人は待望の橘恭平からの返信だ。
住所は、長岡技術科学大学の寮となっていた。
部屋に入って、冷蔵庫からペットボトルのお茶を出し、手紙の封を切った。
彼は小出の実家から通うことより、寮に入った方が安い。じっくり研究できるということが書いてある。
大学の周りには、田んぼや畑、そして近くに牛舎があって、散歩をしていて、牛さんの匂いがしたらしい(笑)ホントに田舎だな……調布市とは違う
寮には彼が大事にしているシャープX68000(ペケ・ロッパ)を持っていった。ルームメイトは新潟市内の工業高校を出た人だという。優秀だそうだ。
「しばらく連絡できなくて、ごめんね」と書いてあった。
相変わらず不器用な感じの、ヘタな字で、真面目な性格がにじみ出ていた。
寮の部屋に電話を曳くことが出来ないので、寮にある公衆電話から電話をかけるため、テレホンカードを買うそうだが、まだバイトで塾の先生を始めたばかりで、給料が出ていなくて、お金がないという。
「早くテレホンカードをたくさん買ってキミの声をゆっくりと聞きたい」と書いてあった。
私も、彼の声が聞きたかった。
私はベッドに寝転んだ。
このマンションは高台にあった。
カーテンを開けたままの窓からは、たくさんの家の灯りと、京王線の電車が通る様子が見えた。
大学生活は懲役4年か。
北越銀行などの地銀か、越路町役場に就職できるかなぁ、と考えた。
そうしているウチに、電話のベルが鳴った。
留守電に設定していたままだった。
電話の主が橘クンだったら、すぐに出ようかと思っていた。
ガチャ……「はい星です。ただいま留守にしています。ピーという発信音の後にメッセージを30秒以内で録音してください……ピー」
私の声のテープの音が流れた。
残念ながらその電話の主は、さっきのコンパで一次会でサヨナラした、あの北島の声だ。
「あのー北島だけど……、大学の近くの綱島のテニスコートに……明日、18時に来て……」ガチャッ……
録音が終わらないうちに切れた。
電話には出ずに、彼が留守番電話に録音するメッセージをベッドに寝転びながら聞いていた。
まぁ、1回くらいあのテニスサークルに顔を出してみるか……あのハイソなテニスサークルに。鷲頭さんも誘って。
◇◇
横浜市港北区・東急東横線沿線、綱島駅の近くのテニス練習場
北島は、私が履修している授業の教室の前で、私を待っていた。
「なんであなたが教室の前で待っているのよ、あなた理工学部でしょ?」
「え、キミがテニスコートの場所が分からないと思って案内しようかと……」
「そんなの自分で調べて行きます」
「まあ、そんなこと言わないでさ。俺が案内するから。ここから徒歩でいけるから」
なぜか、彼が練習場まで案内してくれた。
なんなんだ、この人は。
昨日の新歓コンパに参加した仲間たちは8割くらいが来ていた。
あのオーラが漂っていた反町さんもいる。皆さん「お高めの衣装」を用意していた。
わたしのテニスウエアは、高校時代に長岡駅東口のダイエーで買ったスポーツウエアだ(わはは)
鷲頭さんも遅れてやってきた。なんで北島はカノジョも案内しないのか。
それで、先輩達が素振りの練習を教えてくれると言った。
わたしが、ラケットを取り出して、素振りの練習とか始めようとしたとき、サークルの先輩が、
「ちょっと……キミ」と私に声をかけてきた。
「何ですか?」
「そのラケット、何?ちょっと見せて」
「これ、父から送ってもらったものですけど」
「ちょっと俺に貸してもらえる?」
わたしはラケットをその先輩に渡した。
「おい、新入生の北島、お前がこの子を連れて来たのか?」
「はい」
「この子、どんな素性の子だ?」
「田舎の出身だと言っていましたが」
長岡という地名くらい覚えておけよ
「これ見て見ろ。マルチナ・ナブラチロワの試合用の仕様だ。非売品。それも全仏とかウインブルドンとか、そういう大会に使用するものだぞ……いったいコレ、いくらするんだ?こんなラケット持ってきた女子、今までみたことない……」
「どれどれ、あ、スゲェ……プロ用だ」
「あの、すみません……あなたはどちらでこのラケットを手に入れたんですか……」
「これ、父の会社の製品です。選手が試合用に使うもので、何本も作るんです。それがたくさん余っているからって、何本か分けてくれたんだけど」
「え、星さんのお父さんって?」
「ヨネックスの技術者ですけど……」
「ほんとか!おい、北島、昨日、彼女に『イナカ者』とか言ってなかったか、このバカタレが。これは大きなスポンサーだ……まじかよ……」
「マジですか……」北島が青ざめている
そして、もう一人別の先輩が話をしてきた。
「おれさ、昨日の飲み会の後で、この子をどこかで見たような気がすると思っていたんだけど、もしかして、ほらこの雑誌に……」
その先輩は、ある新聞社が出している写真雑誌を取り出した。
そしてグラビアのページを開いて見せた。
「間違いない!この子だ!」
「あ、ホントだ!ウッソ-、マジかよ!」
「何ですか?」
「え、キミ知らないの?ほら、コレ、この写真、キミでしょ?」
あー、このグラビア写真は、私が渋谷を歩いていた時に、怪しい男らに撮影されたヤツじゃんかーーー!こんなところに載っていたのか!
「この春に慶応義塾大学文学部に入学する星夏美さん」というキャプション付き
……渋谷で見かけたオシャレな大学生。有名ブランドのシックなニットで……
おいおい、このニットは長岡駅前、長崎屋で「見附市のニット製品直販会」で買ったヤツじゃんか、なにがシックな高級ブランドだ……
渋谷の街で見かけた女子大生という内容で、何人か女子大生の写真が載っているが、私の写真がひときわ大きく載っている。
あの、写真を撮ってた新聞社のやつらめ、この記事だったのかぁ!
鷲頭さんもそれの雑誌を見て、「これ、あなたじゃん」と言って大爆笑だ。
「やっぱキミなの?」その先輩は言った。
「ええ、これ、私みたいですねぇ……」
「おい、この子を探せって。ウチのゼミで話題になってたんだよ。いろんなサークルがこの子を捜しているんだぞ」
「この子が、ウチのサークルに入ってくれたのかよ……ラッキーだな」
上級生達がざわついている。
ひときわ大先輩と見られる人が私に話しかけてきた、
「あの……星さんと言いましたね、ぜひ、ウチのサークルに……このまま来てくださいませんか、お願いします!」
田舎者扱いから、この掌返しはヒドイ……
はぁ……
インタビューを受けたとき「写真を自由に使っていい」とか言ってしまったからなぁ。 抗議の電話をあの新聞社にするわけにもいかないし……なんだか……
「おい北島!昨晩の無礼をカノジョに謝れ!」
「はい!星さん、『一徹』とか言ってゴメンナサイ!昨晩の無礼の数々許してください!」
「別に……イナカ者は事実ですからねぇ……どうでもいいけどさぁ」
ふと。周りの新入生の女子達の視線を感じた。
慶應女子高出身のあのオーラ漂う反町さんが、こっちを見てニコニコした笑顔で見ていた。
カノジョはミステリアスだ。
私に話しかけたいような、雰囲気であった。
北島は、先輩達へ平身低頭……先輩達に怒られていた。
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