第58話 All that she wants(1992年)Ace of Base
「ところで先生、なんでそんなに私のこと……いや、母から何かを託されたような話をしていて。どういう関係ですか」
わたし(星輝)は母の主治医の
「お母さんの病状のことはどれだけ知っているの?」
「え?」
「本人があなたに言うはずないわよね」
「良くないんですか」
「そうね……」
「やはり、そうなんですか」
「お母さん、あなたに言いたいんだけど、いつも顔を合わすとケンカばかりで言えないってさ」
「椛澤先生と母はどんな関係なんですか」
「うーん、私がいなければ、あなたはこの世に生まれて来なかったかもね」
「なんて抽象的な話を……まるで先生が、運命の輪を握っているようなことを」
「いい例えね、それ。『運命の輪』って。あなたのお母さん、この街の出身なのはご存じよね」
「もう故郷の家はないと言っていたから……ここに来たのはちょっと前に初めて来たくらいだし」
「そうなの。そうよね。あなたのお母さんとわたしは、この街の長岡大手高校の出身でね」
「その話は少し聞いたことがあるんですが、お父さんが転勤族だったとかで、よく知らないんです」
「わたし、本当はあなたのお母さんの大学に行きたかったのよ。慶應義塾大学文学部。わたしの家は開業医でね。父から家を継げと言われて。わたしのお兄さん、今は東北大学医学部の准教授をしていて、もう家は継げないから、お前が継げと。最初は看護学校に行ったんだけど、私立の医大に入り直して医師になった。私は高校の時に推薦入試を希望したけど辞退。学校は推薦者がいるといって、辞退の穴を埋めるために、代わりにあなたのお母さんがわたしの第一志望の大学に行ったのよ」
しれっとスゴイこと言ってる……
「では、元カレというのは?」
「あなたのお母さんと、一輝くんのお父さんは高校時代に付き合っていた。わたしの高校の隣の長岡高校に通っていた。もう両校に響き渡るくらいのカップル。『バカップル』が相応しいかな、ははは」
「別れたんですか?」
「そうよ。当たり前じゃない。だからあなたが生まれんだって。長い間、遠距離恋愛してたみたいだけど……あ、わたし、もう病院に戻らないと。お代はわたしが払っておくから」
「なんか、聞かないでもいい話を聞いたような」
「そうかもね。でも運命ってスゴイね。元カレの息子、と元カノの娘が恋に落ちるって不思議な縁。運命というか、なんというか。じゃあね……またお見舞いに来てね」
まじかー!なんてことだー!
わたしのお母さんと一輝のお父さんが別れなければ、わたしは生まれてないし、
ふたりが結ばれていたら、わたしはこの世に生まれてこなかった。
なんてこったい
これは誰にも言わないでおこう
◇◇◇
俺(橘一輝)は、いつも放心状態でぼーっと寮に帰って来ているから、おなじ寮室の工藤はあきれ顔だ。
「お前はバンドの練習もいいけど、もうすぐ4年に進級するんだぞ。大学編入するにはある程度の成績をとってないと。お前、やばいよな、ズルズル成績が……」
「そうだよなぁ」
「そうだよな、じゃねえよ! この前のPythonのプログラムを見たら、お前には才能があるんだし。
「俺は、今のカノジョ、バンド仲間の彼女を手放したくないし」
「そうか。彼女は高校3年生だろ。もうすぐ卒業だ。進路は聞いてるのか?」
「いや、なんかはっきりとは聞いてないけど、バンドを続けたいってさ」
「東京から来てた子だろ。18歳にもなれば1人で東京に帰っていくさ。諦めろ。お前にはもったいない。いや絶対にフラれる保障する」
どきっ……
「うっせーわ。このオタクが!」
そうだよな。輝はどうするんだろ、進路のこと。
「あと、この前、一輝の親父さんのアカウントを教えてもらっただろ。メール送ったら返事があってさ」
「おまえら、オヤジと何をやってんだよ!!!!!!!」
「そしたら、親父さんとつながりがあるエンジニアとが、ゴロゴロ出てきて」
「はあ、あのウダツのあがらん、オヤジが、何を?なんかエロサイトの仲間じゃないのか?」
「まあ、そういうのも多少……いやたくさんあったが……まあいい。とにかく関係がスゴイ……表現のしようもないが」
「オヤジは『企業秘密だ』とかいって、俺に何も教えてくれないからな」
「お前もそろそろ真剣に考えろよ。彼女と進路との両立、うまくいかないぞ」
「工藤、お前と渡部は、技大(長岡技術科学大学)に進むのか」
「そうだけど」
「そうなんだ。じゃ、しばらく長岡に居るのか。みんな真面目に進路を考えてるんだな」
「おまえだけだよ、何も考えてないのは」
そうしていると、スマホにラインの着信音があった。
「おい、橘、どうせカノジョだろ……こんちくしょうめ」
「なんだろ……『古町美味しいハンバーガーショップを見つけたからこの週末に行こうね♡』だって」
「あの美人のカノジョ、コイツ、橘のどこが良くて気に入っているだか……」
◆◆◆
つぎの週末、彼女の紹介で新潟市役所近くのハンバーガーショップさんに行った。
すごい肉のボリュームだ。美味しそう……
「ねえ、一輝、わたし。高校を卒業したら保育士の専門学校に行って、資格をとりながらバンドを続けたいと思うんだけど」
「え、保育士の専門学校、て東京の?」
「いいえ、この近くよ」
「新潟に残るの?」
「そうよ」
「そう?なんでまた。お母さんが退院したら東京に戻るかと思って」
「母は、ずっとこちらにいたいみたいよ」
「だってテレビ局の人でしょ。報道関係でまたテレビに出て……え、もしかして俺マズいことを言った?……」
「……気にしてないわ。わたし東京の音大付属高校から来たけど、あの学校、肌に合わなかったし。わたし幼児に音楽を教える仕事がしたいの。だから保育士の資格を取る。そしてバンドもね、音楽は続けるつもり。幼稚園教諭の資格も取れるから立派な教育者よ。大学に行きたくなったら、ほらすぐそこ。新潟大学に教育学部あるでしょ」
なんて、真面目な女の子なんだ。
俺なんか、この子を見て、鼻の下を伸ばして……いや、なんでもない
「俺も……バンドを続けたいと……」
「うーん、少しはギターがマシになってきたみたいだけど……、これからも一緒にやる?」
「そう言ってくれると俺は、嬉しい」
◆◆◆
輝は俺にギターや音楽の才能がない、と見ていたことを、後で知った。
彼女俺には電気電子工学の才能があるのに、バンドという横道に逸れようとしているのか、この時、俺を軌道修正しようと思っていたらしい。
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