第55話 GLORIA(1988年)ZIGGY

 平成2年3月上旬


 高校の卒業式の日が来た


 俺(橘恭平)はスーツ姿で卒業生の席の中にいる

 日の丸君が代に抗議する教員はあいかわらず


 各クラスの代表が卒業証書を受け、各教室に戻り、俺は卒業証書を受け取ったら、みんなは「写ルンです」でお互いに写真を撮りあっている。


 この学び舎ともお別れだ

 

 廊下から雪どけまじかの、汚れた雪が少し残る中庭の校庭を見た

 大勢の生徒が見守る中で、夏美に告白した場所

 雪囲いをした庭木も雪はもう積もっていない


 廊下の山本五十六長官の肖像画も、河井継之助の絵もさようなら


 校舎から出て、皆で東郷平八郎元帥手植えの樫の木の前に集まり、

 レンガ造りの校門の前で、サークルのみんなと記念写真を撮ることになった


 ラグビー同志会のメンバーが集まり、記念撮影をしようとした時だ。

 下級生のマネージャー、山際京子がカメラを持って構えた


 俺が立ったすぐ横に、スッと原智子が来た。矢絣の袴姿で。


 俺と智子は、ふたりでカメラを向いまま、話した


「智子」

「えっ?何」

「キミはなんでいつも俺の横にいる」

「さあ、偶然かな?」

「卒業アルバムの写真を選んでいたら、キミはいつも俺の横にいた」

「気のせいよ」

「智子、大学受かったんだって?早稲田大学第一文学部に。おめでとう」

「ありがとう」

「キミともはなれることになるな」


「なんで恭平が私にそんなことを言うの。あなたにはカノジョがいるでしょ」


もたいは浪人だってな」

「そうみたいね」

「ごめんな、俺、お前の気持ちに気がつかなくて」


「何いってんのよ。あなたなんか関係ないわよ。鈍感なあなたなんか…」


 ふと俺は智子の顔を見た。

 智子の目に涙が浮かんでいた。

「なんで泣いている?」

「みんなと別れるのが寂しいだけよ」

「そうか。いつも賑やかなキミらしくないな。俺もキミと別れるのはさみしいな」


「そう。嬉しいわ。そのセリフ。恭平は新潟大学をやめて、長岡技術科学大学にしたんだって」

「ああ、実家に近いし寮の部屋もたくさんある。それにオヤジの知り合いの教授もいる」

「長岡に残るのね」

「キミを待ってるよ」

「何を言ってんのよ。それは夏美に言うセリフでしょ。カノジョ、慶應の文学部だって?わたし頭にきた!あとで殴って……」


 この俺たちの様子に山際京子もなにやら気がついた。


「おい、俺のカノジョを殴んなよ。でも殴りたい理由はそれだけじゃないだろ?」


「ねえ、恭平」

「なんだ」

「最後に手を握っていい?」

「ああ、いいよ」

「気がついているのね」

「やっと気がついたんだよ。今までごめんな」


 すっと智子は俺の手をとった。とても温かい手だ。

「これっきりだぞ」

「わかってるわよ」


 山際京子が

「ちょっと!橘先輩、原先輩、なんで手をつないでんのよ!離しなさいよ!」

「いいだろ、卒業式なんだから」


 京子が言った「橘先輩なんて、知らない!」


「京子ちゃん、俺はキミのことも忘れないよ。今までマネージャーありがとう!」


「ふーんだ!ちぇっ、撮るよー」


 あの「ねるとん紅鮭団」でカップル成立の五十嵐和彦は、本命の早稲田大学政治経済学部に落っこちてしまい、社会科学部に入ることになった。

 彼が告白してカノジョになった、おっぱいの大きな真水しみずさんと、ヤリまくって成績が落ちていったんだろう。


 俺も人のことは言えないけど


 優秀なのは諸橋だ。新潟大学医学部医学科に合格。

 そして長岡大手高校の椛澤遙も新潟大学医療短大部に入ることが決まった。

 あいつらは不思議な関係だ


 ふと校門から背の高い、夏美の姿が見えた。

 俺と智子はサッと手を離した。


「ちょっと!夏美!なんであなたが慶應なのよ!六大学野球でぶちのめしてやるからね!」 智子は笑って言った


「あら恭平さん。お久しぶり。智子さんと一緒かしら?」

「恭平さん?おい夏美、お久しぶりじゃねぇ!余所余所よそよそしい!」


「長岡技術科学大学合格おめでとう」

「夏美め。くそ。俺を置いて東京に行きやがって」

「すぐに戻ってくるわよ」


 智子が言う

「あなたは戻ってこなくていいわよー、ずっと東京にいれば?」

「うっさいわね。智子、ヤル気?」

「おまえら、ヤクザか!ほら、大手通おおてどおりのお好み焼き屋の『花月』に行くぞ!」



 卒業式後には、みんなで長岡駅近くのお好み焼き屋にあつまることになっていた。



「ねえ、夏美はどうして慶應なのよ」

「指定校推薦で……」

「くっそムカつく。あなた、私にずっと黙ってたのね。受験勉強で苦労したのに、だんだん腹が立ってきた!」


「原智子が立ったか」

「恭平はくだらねぇことを言ってんじゃねぇ!」


「で、智子は下宿先は決まったの」

「西武新宿線の下井草しもいぐさのアパート。(高田)馬場に行って一発で宿を決めた」

「私は京王線の仙川せんがわ。オートロックマンション」

「仙川か。いい場所ね。家賃が高そう……」

「知ってるの」

「桐朋音楽学校の近くでしょ?」

「ふーん、智子は詳しいのね」


 そこに五十嵐和彦が合流してきた


 智子が五十嵐に向かって

「あなたも早稲田だって?。社会科学部って、あの真水さんと、おっぱいのデカい女とやりまくってるから本命の政治経済学部を外すのよ。だいたい、おっきな胸を見て見て、すぐにボッキするあんたが悪い!あなたなんか、どうせ3分ももたないウルトラマンでしょ!」


 五十嵐は笑いながら「真水は東京の美容師の専門学校だってよ」

「はぁ~、もうふたりで同棲する気なんだ。早く別れそうだなぁ~。別れろ、別れろ。あの子はモテそうだし、東京ではナンパされそうだしねぇ」


 智子は言いたい放題だ。かなり荒れている……


「夏美、お父さんも東京へ転勤なんだって?」


「もうすぐね」

越路こしじ(三島郡越路町)の家は?」

「空き家かな?」


「俺も小国の官舎は引払う予定だ」

「いつまで小国にいるの?」と夏美は俺に聞いてきた。

「3月の最終週までかな。俺は大学寮に入る荷造りをしている最中だ」



 俺はぽつりと言った

「みんなと一緒に集まるのは、次はいつになるんだろ」


「なんか寂しくなるね。ほんとに高校って、あっという間だ」と夏美は答えた。

そして夏美は続けて、

「そう、この前、東京に行ったとき、渋谷に行ってきたのよ」


「渋谷のどこへ行ったの?」と智子が聞く


「スクランブル交差点」


「あ、109の前か」と智子が答えた。


 ここで浪人決定の罍が合流してきた。


「諸君!元気か?」

「罍、おまえは浪人だろが!なにが『諸君、元気か』だ。このドアホ!」と智子が言った。


 智子は続けて、

「罍、はやく受かれよ。私が東京で他の男をつくらないウチにね!」


「こんな山猿みたいな女を東京の男が口説くか、ばーか」


 医学部に受かった諸橋が沈黙を破って言った


「夏美さんは、すぐに東京の女になりそうだね…」

 静かな口調で言う。頭のいい男はひと味違う…


 五十嵐、罍も「うんうん」と頷いた。


 俺は思った。

 夏美はきっと東京ではモテるだろう、と。



 長岡の福島江ふくしまえのサクラが咲くのは4月上旬

 

 夏美はサクラが咲く前に長岡を旅立っていく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る