第54話 笑顔の行方(1990年)DREAMS COME TRUE
俺(橘恭平)は秋の秋分も近づく夕暮れの国道8号、海岸沿いを車を走らせていた。クーラーの効きの悪いポンコツの社用車。しかし秋も近づきエアコンもいらなくなっている。
ダッシュボードの隅々にはホコリが溜まっている。
助手席の一輝はカノジョが出来て、ニコニコした笑顔で、FMの音楽を聴いている。
「なんだ、オヤジ、いつもはバカ話ばっかりしているのに、今日は静かだな」
柏崎を過ぎてちょうど海岸沿いの道路、信越本線の横を走っていた。
日も沈みかけて、空をオレンジ色に染めている。
あの海、あの夏の日、そして昔の後悔の日々を思い出す。
妻の実家がある柿崎の街が近づいている。
ドリカムの「笑顔の行方」が流れて来た。ドリカムのこの曲をリクエストするのは通だと思った。
ちょうど俺が高校を卒業する時、織田裕二と中山美穂の主演のドラマの主題歌だった。
この曲を聴いて思い出すだけで涙が出てくる。
◇◇◇
平成2年2月
わたし(星夏美)は東京で住む下宿先を探しに上京していた。
山手線で上野からぐるっと外回り(時計回り)で渋谷の駅に着いた。
多摩市の聖蹟桜ヶ丘に住む叔母と渋谷の109の前で待ち合わせをし、不動産屋を回る予定にしていた。叔母は京王帝都電鉄で渋谷駅まで来る予定だ。
真冬の長岡から出てきた私は黒のダッフルコートを着ていた。
この前の推薦試験では、あまりにもイモ娘風情の格好だったので、せめて長岡駅間のイトーヨーカ堂で(笑)ちょっとは都会の女の子風の衣装を揃えていたのだ。
渋谷駅の山手線のホームの線路をのぞいて見ると、なにやら雪が積もっているようで白い。
まさか東京で雪が降るわけない、と思ってみると、タバコのフィルターが放り投げられて、それが雪の様に積もっていた。
あまりの渋谷駅の汚さに辟易した。
ここから東急東横線に乗り換えると、最初に通う日吉のキャンパスがある。
渋谷駅を降りて外に出ると、ここが渋谷のスクランブル交差点だ。
そういえば、フジテレビのドラマ、『世界で一番君が好き!』で三上博史と浅野温子がオープニングでキスをしている場面だ、とぼんやりと交差点を見てあるいていた。
◆◆◆
「おい、あの子をみろ」
「背が高くて、黒のダッフルコートか、なかなかオシャレだな。スタイルもいいし、髪も長くて……」
「ちょうどいい」
「お前もそう思ったか。今回の女子大生グラビアの目玉の子だな」
「お前、カノジョに声を掛けろ。行け!」
◆◆◆
「ちょっといいですか?」
「わたし(星夏美)のこと?」
「はい」
なんだ、このオッサン連中は
「〇〇新聞社の者ですが・・」
「新聞社?なにかのインタビュー?わたし、間に合ってます」
わたしは去ろうとした。都会で声かけてくるなんてロクなもんじゃない。
風俗嬢にでもされるぞ。
「ちょっと、ちょっと、少しだけ写真取らせて・・いや、インタビューさせてもらってもいいですか?」
カメラを構えている者やスタッフが数人いる。中には女性のスタッフもいる。
「写真を撮るんですか?」
「え、いや、写真は……ちょっとだけ。今時の大学生にインタビューをさせてもらえればと思っているんですが」
冬の新潟から出てきて、ダッフルコートを着て、東京は新潟の長岡にくらべたらもう春みたいに感じていた。
ニットは脱いでカバンに入れて。流行のパンツスタイルだった。
こんな格好で写真を撮られるのは嫌だ。メイクもちょっと手抜きだし。
「あの、メイクがちょっと……」
東京の乾燥した気候は、湿度の高い新潟から来た私の肌をボロボロにさせていた。
「あの、こちらのスタッフがメイクをしてくれますから」
インタビューにメイクのスタッフがいるのか?なにか怪しい……
「メイクの途中でインタビューしますから」
インタビューがメインのハズだろ?
私は立ったまま少し背の低い女性からメイクをしてもらいながら、インタビューを受ける。
「大学生ですか?どちらの大学?」
「まだ高校生です。高校3年生。でももうすぐ卒業で」
「高校生!?」
スタッフが小声で話している「おい、高校生でこんなスタイルがいいのか?」
「進学は決まっているのですか?」
「はい」
「差し支えなければ教えてくれませんか……」
「なんで、大学名まで?……うーん、いいですよ、慶應義塾大学。この春からです。文学部です」
スタッフが小声で話す「おい慶應だってよ、これはグラビアのトップだ」
「いい子を見つけたな」
「あなたたち、いったいなんのインタビューですか?」
「いや、最近の流行について……」
「私、疎いんです」
「でもなかなかファッションセンスがいいですね」
「そうですか?私はそうは思いませんが」
「メイクが出来ました!」
「写真撮らせてもらっていいですか」
「大きく載るのは困ります」
「大丈夫です。一応白黒ですし」
「まあ、それなら……」
カメラマンは何枚も撮っている。横向いてとか、正面から、とかる。モデルかよ
なにやら怪しい……ホントに怪しい……
「あなたたちホントに新聞社ですか?」
「嘘じゃないですよ。つづきの質問ですが、慶應の文学部に入って将来は何を目指しているんですか?」
「ジャーナリストです。さきほど新聞社とおっしゃいましたよね。参考までに名刺をいただけますか?」
「ええ、お渡しします」
確かに私が良く知る大手全国紙の新聞社の名前が書いてある。でも、こんなの作り物かもしれない。
カメラマンが言った
「オッケーです。よく撮れました!」
「あなたたち、インタビューより写真が目当てでしょ?」
「いや……そんな。あとで誌面を送りますから。住所を教え……」
「結構です!写真は勝手に使ってください!」
「はあ……」
私は去って行った。東京は恐ろしい。わたしのような右も左も分からない田舎者には
◆◆◆
「おい、今回の『女子大生グラビア』のトップだ。新入生。慶應文学部だってよ」
「だな。俺もそう思う」
「連絡先が聞けなかったのは残念だが……」
「勝手に使ってください、という録音は入ってます。問題ないでしょう」
◇◇◇
叔母と109の前で落ち合った。私が5分くらい遅刻だった。
「よかった、夏美さん。迷ったかと思ってたわよ」
「なんか怪しげなインタビューを受けたのよ」
「そう、気をつけてね。事前に資料をもらってきたけど」
私と叔母はマクドナルドに入り、アイスコーヒーを飲みながら物件のコピーを見た
「夏美さん、『自由が丘』とかどう考えても無理よ。ほら」
「15万円!こんなに出せるわけない!」
「そう思ってね。これ、私の住んでいる京王線で『仙川』にいい物件が」
「『仙川』ってどこ?」
「調布市、といっても世田谷区の成城の近くだから環境はとてもいいわよ」
「成城なら聞いたことある」
「そこで11万円」
「予算10万円以内だけど、1万円オーバーかぁ」
「マンションだし。女性でも大丈夫。わたし『手付け』を払ってきたけど。これからどんどん学生が上京して来るから、早く決めないと、他に……」
「わかったわ。叔母さん。その物件を見に行きましょ」
「つつじヶ丘と中間だから、渋谷から20分以内。気に入ると思うわよ」
「それなら良さそうね……まあ、叔母さんが薦めるなら……」
◇◇◇
俺(橘恭平)は、卒業アルバムに載せる写真選びをしていた。
主に高校3年の時の写真を選んでいた。
俺は理系クラスで、男子ばかりでつまらない。
女子も写っている写真を選んでいる時に、ハタと気がついた。
夏美は高校が違うから、俺と一緒にいないのは当然だが、
俺の写真の横には、いつも原智子がいた。
あの写真も、この写真も……
智子のカレシは罍秀樹でなかったのか?
なんで智子が? あの写真も、この写真も、ずっと横にいる。
ああ、俺は智子の気持ちに気がつかなかった
しまった。夏美に気が行って、智子に気がついていなかった
俺は県内の大学を受ける。
しかし、智子はわざわざ俺に東京の早稲田大学を受けると伝えていた。
カノジョは、合格するかわからないのに
ゴメン、智子、ずっとキミのこと、気がつかなかった、ホントにゴメン
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