第53話 ガラスのジェネレーション(1980年)佐野元春
令和元年 秋
俺(橘恭平)は、長岡市内の病院の建設現場で働いていた。
親会社の下請けが取ってきた病院内のネットワークの工事の設計と現場監督である。
CTスキャン、MRIなどの医療機械と電子カルテ、医療従事者用の無線LANの設置に加えて、医療用PHSから新たなWi-Fiへのシステムに対応するルーターの設置などを設計し、計画通り、図面通り設置できるか、配管の確認を行っている。
コンクリートを打設、型枠に流し込む前に配管を行わなければならない。
まだ残暑の残る秋の日、暑さの中、巨大な病院建設と並行する骨の折れる作業だった。
作業着は会社のお古で、コンクリートの粉だらけである。
鉄筋工の職人の
高田(上越市)にある零細企業のウチはいろいろ手を広げて、この現場はこの春に工業高校の電気科を出たばかりの若手と一緒に作業を回していた。
ふと、3時の休憩に、お茶のペットボトルを貰いに飯場に行き、スマホを見ると、息子の一輝からラインが入っていた。
秋物の衣装を直江津の実家に取りに帰りたいから、長岡駅まで迎えに来てくれ、というメッセージが入っていた。ちょうど今日は金曜日だ。
俺が長岡の現場で働いているのを知っていたから、迎えに来いとか。
人使いの荒い息子だ。母親に似たんだか。
俺は17:30頃に終わるから、18:00頃に長岡駅の東口まで迎えに行くと返事をした。
飯場のロッカーには、本社からむかし支給された使い古した作業着が入っていた。裾や袖にコンクリートがついてだいぶ汚れているが、しかたない。
俺は、そのコンクリートまみれの作業着を着て、ウチの会社のポンコツのバンで向かった。後ろの荷物には通線ワイヤーとか、LANテスターとか雑多におかれていた。
長岡駅の東口に向かう道路。俺の高校時代とはうって変わって、あの田んぼだらけだった長岡大手高校のまわりにはショッピングセンターが出来ている。車道も広くなり、マンションも建っていた。
「処女わたらずの橋」と勝手に俺たちが呼んでいた
この道は、高校時代に夏美と一緒に歩いた通りだ。
もう遙か昔のこと
長岡駅東口の降車場はスペースがない。だから時間を合わせて迎えに行くしかない。
俺は一輝に出口についたらラインをしてくれ、と頼んでコンビニでコーラのペットボトルを買って待っていた。
ふとエロ本も気になったが、さすが息子の迎えの手前、そんなものは買わないほうがいい。
ラインの着信音があった。
どうやら、一輝が長岡駅東口に着いたようだ。
俺はコンビニから車を出して、迎えに行く。
ヨレヨレの作業着を着て。
遠目に一輝の姿が分かった。
そしてハザードランプを点灯させて、降車場に停めた。
「あ、オヤジ、ありがとう。ホントに仕事帰りなんだな」
「当たり前だろが。建設現場で働いてんだよ。俺も直江津に帰る途中だからしゃーないから来てやったんだ。感謝しろ」
「社用車だろ。もう少し綺麗に使ったら?」
「うっさいな、いろいろ荷物があるんだよ」
俺は助手席の窓を開けて、一輝とそんな会話をしていたところだった。
「一輝くーん」という女の子の声が聞こえた。
高専の同級生か?物質工学科の女子学生でも来たんじゃないか、と思った。
「あ、
「今日も病院に行ったのよ。位置情報アプリであなたが東口にいるとわかったから」
「あれ、一輝のお父さん?」
「よりによってオヤジが現場帰り時に……」
輝って、前に聞いた、一輝のカノジョ?
ということは、夏美の娘?
その女の子は助手席に近づいてきた。
「一輝君のお父さんですか?初めまして
その女の子は助手席の窓からのぞいて俺を見た
電撃が体を突き抜けるように、
一輝のカノジョを始めて見た驚きより、
高校時代の星夏美とソックリの女の子が目の前にいる……
夏美!?
いや、俺と同じ歳だから違う。
タイムスリップしたようだ。
俺は固まった。夏美そっくりのその姿形
違うのは高校の制服、新潟中央高校の制服だ。
マジか……こんな現場で汚れた格好で、一輝のカノジョに会うとは…
「なんだ、オヤジ……急に固まったりして。この人が輝さん。な、ホントにカノジョが出来たんだから。この前、言っただろ?」
「あ・う……&¥△×……」
「変なオヤジだな。何を言ってるのかわからん。まあいいか。後ろの席にカバンを積ませてもらうよ」
「お父さん、突然すみません」
「はえ、え、×&%*!、一輝をよろしく」
「何、緊張してんだよ。輝、ありがとうね。また今度ゆっくり、で、これから高速バスで新潟市に帰るの?」
「ええ、一輝に会えてよかったわ。お父さんにも」
心臓が止まるかと思った
よりによって、なんで息子は俺の元カノの娘と付き合っているんだよ!
ホントに夏美とソックリじゃないか!
エロ本を買ってなくて正解だ。助手席に置いていたらと思うとゾッとする。
ブレーキを踏む足も震えている
一輝は助手席のドアを開け、その娘、輝さんはバイバイと言って、東口の階段の方に去って行った。姿が見えなくなった。
過呼吸になりそうだ……
「オヤジ、顔色悪いな。俺のカノジョに会ったくらいで、変だなあ」
「いや、ホントになんでもない」
「可愛いだろ?」
「ああ、お前にはもったいないな。絶対に別れるな、あんな可愛い子とは、絶対に」
「なんだよ。別れるって失礼な!」
「だいたい、お前みたいなオタク野郎が……」
「わかった、わかった。早く帰ろう」
俺はふとルームミラーを見た。老けて、額の髪も薄くなっている
俺はため息をついた
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