第33話 Missing(1986)久保田利伸

 沙希のインスタの写真は、俺の高校時代の彼女の夏美だが、すこしやつれている。


 たしか、闘病で仕事を休み、病名は伏せているが、頭にニットキャップを被っている様子をみると、おそらくこれは抗がん剤の副作用だろう。


 彼女は「がん」だと思う。


 そして、息子の一輝の彼女、星輝ほしひかるは、高校生だが、本当に夏美の高校時代に似ている。


 沙希が見せたインスタを見て、俺は血の気が引くような感じがして、寒気を覚えた。


「いててて…足の小指が痛てぇ…俺はちょっと部屋で休んでいるから、入ってくるなよ」


「お父さん、どうせオンラインゲームでもするんでしょ、それとも……ふふふ」


「いいから! お前も模試が近いんだろ!」


◇◇◇


そういって俺は自分の書斎に入った。

自作パソコンに電源を入れた。


夏美の写真を見た動揺をまぎらすために、オンラインの航空機対戦ゲームを起動させた。


いつものように、メッサーシュミットMe262を使って飛ぶか。


しかし、またいつものヤツが現れた。


「Orange Blossom」というアカウント名だ。


 MiG15のイカれた強敵である。

 クラン(グループ)同士のチャットで「Ikare-ponch(イカれポンチ)」と呼んでいる。


奴がまた俺の背後について、機関砲を撃ってきた。


こいつにはいつも勝てない。どうも日本人らしい。


そして撃墜された俺の機をみて

「このハゲ、hahaha」と言って飛び去っていった。


なんで俺のハゲを知っている?



また夏美の写真を思い出した。

 

しかし、イカれ野郎に撃墜されて、ムカついて、夏美を見た動揺も、すこしは落ち着いていた。



◇◇◇


俺(橘一輝)は、高専で、工藤といっしょにロボティクス部に所属して、ロボットコンテストでの入賞を目指している。


工藤が青森から長岡に来た理由はそれ。親を説得できた理由はそれである。このまま国立大学理工学系に進学すると親の負担は軽いからだ。



そして、この部活には全国大会で何回か入賞し、全国的にも定評あるからであった。



そして他の仲の良い部員に「渡部明人わたべ・あきひと」というヤツがいた。

高専に入った年の1年の時に3人部屋だったのだが、学年が上がって2人部屋になり、彼は別の寮の部屋になっている。

でも夜遅くまで談話室にあつまり、あーだ、こーだと雑談をしている。


渡部は柏崎市内の中学校を卒業してきた。

柏崎からは通学圏内であるが、彼の実家は福島県の浜通りにあり、福島原発事故で新潟に避難してきていた。


両親は南相馬に帰還したが、彼だけ高専に入るといって、新潟に残った。


新潟に残ったわけの1つは中学時代の彼女が長岡市内の高校に通っていたからたった。


それだけ以上に、原発事故の時に、新潟県妙高市の航空測量のベンチャー企業が、無人機で原発事故現場を撮影した。


渡部はその時に無人機の制御に興味を持って、ベンチャーで働こうと考えてこの高専に入ったのだ。


渡部は、その理由を説明し、親からも「ぜひ頑張れ」と言われて、福島にもどらず、この学校に入る了承をもらった。


彼はドローンを使ったベンチャーを興したいと言っている。原発の廃炉作業のロボット製作も考えているらしい。


みんな夢がある。


俺は、なんとなくオヤジに勧められてこの学校に入った。


工藤はアイドルオタクだが、プログラミングの才能がある。

やっぱ、デブには秘められた才能があるんだろう(余計なお世話だろう)



「おーい、橘。今日は、宮内の青島(ラーメン店)に行くか?」


一緒に渡部も行くと言った。根掘り葉掘り、彼女のことを聞く気だろう。

結局おまえらは。



3人なのでテーブル席がある曲新町店に行くことにした。


店に到着すると、俺の親父の会社の営業車が止まっていた。


「あれ、オヤジ(橘恭平)が来ているのか」


10人もいない零細企業だから、営業車なんかわずか2台しかない。


案の定、中で親父が会社の同僚1人と店に来ていた。夕食を食べて上越の家に戻る予定だったようだ。注文の品物はまだ来ていない。


「親父、来てたのか」


「なんだ、おまえか。友達も一緒か?」


「はじめまして」工藤と渡部が俺のオヤジに挨拶をした。


「お前と違って。みんな礼儀正しいな」


「オヤジは今日は作業着で長岡で仕事だったのか」


「渡部ですよろしくお願いします。その作業着は○越化学のグループですよね。いいなぁ」


「オヤジは下請けの孫請けの、そのまた下請けみたいな、零細企業だよ」


「一輝、お前はいつも一言余計なんだよ」


工藤と渡部はオヤジから名刺をもらった。



名刺の裏に、SNSのアカウント名とか刷られている。

渡部と工藤は、そのアカウント名を見て、ハッと気が付いた。


ツイッターと、GitHubのアカウント名がアルファベットで書いてあった。


「おい、コレ見たことあるな」

 そのアカウント名を見て、2人はいぶかしそうな様子をしている。


先に親父と同僚のテーブルにラーメンが運ばれ、二人で会社で世間話なんかをして、それから、「じゃあな」と俺たち3人の学生グループより先に店を出て行った。


工藤は、なんか俺の親父の名刺を見ながら、ラーメンを食べている。


「おい、橘、親父のこと、なにか聞いていないか?たしかに小さな会社みたいだけ

……」


「なあに、零細企業だし。オヤジは企業秘密だらけで、何も話をしてくれないよ」


「このGitHubのアカウント名は、見覚えがあるんだよ」


「工藤、俺のオヤジのアカウントを知っているのか?」


「渡部も見覚えがあるだろ」


「ああ、俺もこのアカウントは見た記憶がある。でもすぐに思い出せないんだが……」


このふたりはオヤジのことを知っている?知らないのは俺だけ?


「寮に戻ってパソコンで、このアカウント名を見てみるか」


こいつら、俺の親父のこと探ってどうするんだ?

オヤジは俺の彼女の名前を聞いて動揺していたけど。


俺の親父は秘密だらけだ。

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