第31話 The Power of Love (1985年) Huey Lewis & The News
令和元年 夏
「おい、
「そういえば、中学の時にちょっとかじってて。親父のところにあったのを持ってきたんだ」
「なんだ?あの子がバンドやっているのに触発されたんか?」
「まぁね……今は動画サイトでギターの引き方やってるだろ。コードも簡単に手に入るし」
そういうと、俺はBOØWYのマリオネットのイントロから弾き・・
「もてあましてる、Flust・・」
ベシッツ!!!!
工藤が思いっきりスリッパで俺の頭を叩きやがった。
「サイレントでやれよ、ヘッドホンつけろ。ここは寮だぞ! そうだ、ナタリアからラインが来たんだ。どっかへ連れて行ってくれってさ。彼女はモスクワ育ちであまり海を見たことないから、海が見たいってよ」
「へぇ、おまえみたいなオタク野郎でも誘われるんだな」
そうすると俺のケータイにもラインが入った。
「あれ?、
ラインのメッセージにはこう書いてあった。
「ナタリアが工藤君を誘ったみたいだから、君も一緒にどこか……海でも行かない?」
おっ、俺にも誘いが来た!
工藤が言った。
「じゃ、俺が車を出すから、4人でどっか行こうぜ」
工藤は、免許を持ってる。ポンコツだけど車を持っている。軽自動車だ。
「ちゃんと車にファブリーズしとけよ。汗が染みついたシートだろ。女の子を乗せるのに、酸っぱいような匂いがするとマズいだろうが!」
◇◇◇
週末、彼女らを越後線の白山駅前で拾った。天気のいい初夏の日だ。
工藤は、本当に、相当、消臭剤を吹き付けてたみたいだな。なんかシートが濡れているような?
彼が運転して、助手席にはナタリアが座る。
そして後部には俺と星さんが隣同士で座った。
背の高い彼女には窮屈みたいな感じだが。狭い後部座席で距離が近い。
音楽はみんなが持ち寄った曲を掛けている。
7号バイパスで北上するのはつまらないから、新潟東港から国道113号をずーとずーっと海沿いの道を北上することにした。
途中、村上市神林の
「この近くから遊覧船が出てるから乗ってみようぜ」
彼はそのプランを考えていたみたいだ。
遊覧船は桑川漁港を出発する。
彼の計画の意味がわかった。コイツなかなか、気が回るヤツだ。
走る遊覧船の周りにたくさんのカモメがやってきた。かっぱエビせんをエサ替わりに投げるとカモメがキャッチしてくる。
「Я Чайка」(私はカモメ)テレシコワ宇宙飛行士の有名な言葉だ。
チェーホフの有名な戯曲でもある。
その時、星さんが海を見つめて「あっ」と言った。
日本海では沿岸でも、沖にイルカ泳ぎ、時々がジャンプする姿を見る。
この村上市の近海でもイルカの群れを見ることができる。
「わたし、水族館じゃないところでイルカを見たのは初めてだわ」星さんが言う。
「あれ、野生のイルカだよね。カマイルカかな」工藤が答えた。
「すごいね」ナタリアが言う。
「ロシア語でなんていうの?」俺はナタリアに聞いた。
「дельфин(ディーフィン)。日本でホンモノの野生のイルカを見るとはね」
「あっ、またジャンプしてる」
「遊覧船と一緒に泳いでるみたいね」
群青色の日本海。空は晴れていて、粟島もはっきり見えた。
昔ながらの昭和の香りただよう解説のテープが流れる遊覧船の中で、ずっと東京暮らしの星さんとモスクワ出身のナタリアは満足していた。
「カモメさん、ちょっと目が怖いよね」
「でもおなかはモフモフしてて、触ると気持ちよさそうよね」
その日のドライブは楽しく終わり、そのまま彼女らを越後線白山駅のあたりに下ろして俺たちは帰路についた。
◇◇◇
俺(橘一輝)と工藤は寮に戻った。
工藤は、俺の妹となぜかLINEの交換をしている。
数学を教えて欲しいとやらで、解析や代数幾何など高専の少し進んだ数学を教えていたのだ。
ときどき、連絡を取っていたようだが、なにせ俺の妹はキツイ性格だ。
でもアイツが娘と連絡を取り合うのは気が食わない。
これでナタリアと関係が良くなってくれれば、御の字だぜ。いひひひひ
俺の妹の名前は
ん、そういえば俺は妹に、輝と付き合い始めたことを言ってなかったけ?
俺はベッドで寝転んで、スマホで音楽を聴いていた時だった。
「あ、沙希ちゃん」
工藤が沙希と電話をしているのか?
「お前の兄貴、彼女が出来たんだぜ、ハハハ。今日、笹川流れまでドライブに行ってきたしー」
俺は思わず起き上がった。
「おい、工藤!なんでベラベラしゃべてんだよ!」
「きゃー、うっそー、兄貴に代わってよ!」電話の向こうから妹の声が聞こえた。
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