第30話 Live to tell (1986年) Madonna

 もたいが俺(たちばな 恭平きょうへい)に聞く。

 

「橘、お前、成績いいんだろ。おまえは好きな大学行けよ。だってさ、夏美とずっと続くと思っているのか?」

 

「じゃ、成績良くて、東大行ったとして、その先に可愛い女の子が待っているのか。夏美みたいに、あんな可愛い子が東京で見つかるのかっつーの?今が一番幸せだよ。俺」

 


 夏美と出会ったとき、彼女は、俺の名前も知らない、素性もしらないで、それで笠島かさしま漁港の防波堤でキスをした。その時に初めて俺の下の名前を言ったんだ。


 だから、彼女は東大卒とか、肩書とか、金が好きだって訳じゃないことくらいはわかっている。


「ほう、どうなんだろね。そうだ、俺はそろそろ智子のトコに行ってくるわ」


「はい?おまえってヤツは……このスケベ野郎め」


 ◇◇◇


 罍くんがわたし(星夏美)たちの部屋に来た。智子と話をしたいようだねぇ。

 

 私はどうしようか?邪魔かな?退散しようか。橘クンのところに……なに考えてんだろ、わたしは。


 罍が言った。

「ねぇ星さん、橘の野郎、君に惚れているみたいだよ。さんざんノロケ話をしやがって。橘の所に行って来たら・・・や、行ったら?」

 

「行ったら……」って、帰ってくるな、ってか? ホントにこのふたりは……

 

「ねえ、星さんが県内の大学に進学するなら、自分も星さんと同じ大学にするってよ」

 

「それ、本気で彼が言ったの?……恥ずかしい……」


「ほら、行ってきなさいよ。待っているわよ、カレシ」智子が言う。

 

「そう言って……智子は罍クンと二人きりになるつもりでしょ!」


「つべこべ言ってないで、早く、行きなさい!」

 

 もう、智子ったら。早く罍クンと………


 ◇◇◇

 

 わたし(星夏美)は、橘くんがひとりでいる部屋の扉をノックした。


 「どうぞ」と声がした。

 ドアを開けて入ったら、寝転んで何やら文庫本を読んでいるようだった。


 「どうした、夏美?」と彼が振り返って言う。

 

 私はもう目に涙が一杯だった。そして思いっきり橘クンに抱き着いて押し倒した。


 「え?」と彼が答えると、すぐにキスをして抱きしめた。


 私は彼が来ているボタン付きのパジャマつかんで、思いっきり開いた。

 ボタンがはじけ飛ぶ。


 「わ!」彼が驚く。「なにすんの!」


 私は、もうほとんど襲いかかるような感じで……彼の口にキスをして……


◇◇◇


 朝、俺(橘恭平)は目覚めた。

 


 民宿の窓ガラスは、結露で水滴が一杯だ。

 

 外はもう朝。白く明るい。


 また、夏美とやってしまった……ほんとにもう……

 

 夏美はもう起きて、横で寝ていた俺の頬を「ツンツン」とつついて、俺は目覚めたのだ。


「お前の髪はいつもいい香りがするなぁ」


 裸のまま布団にくるまって、

 「そう?そうかしら。・・外は寒そうね」


 「罍の野郎め、結局戻って来なかったな」

 

 「同じことしてたんじゃないの?私、鍵をかけておいたし。部屋に入られないわよ」

 「そうか」彼はそう答えて笑った。


 「ねぇ、もう1回しよ? セックス」と言って私は彼にキスをした。

 

 ◇◇◇


 わたし(星夏美)はいつからこんな女の子になったのだ?

 朝するセックスは最高って……


  昨晩、扉にちゃんと「Don't disturb」(邪魔しないでね)

  の看板を掛けておいた。

  罍クンならその意味がわかるでしょう。


 手と手、腕と腕、脚と脚をからませて、彼の胸の温もりを肌で感じた。

 彼は温かくてとても幸せだ。


 

 冬の、雪の日の日差しが部屋に入り、明るくなってきた。

 その光が、彼の瞳を照らす。

 透き通って、茶色く美しい、とても綺麗な目をしている。

 見つめあうと吸い込まれそうだ。


 わたしが、彼の子供を産むことになったら、自分の子も、あんな綺麗な瞳になるのかな。 そうなって欲しい…


 ◇◇◇


 わたし(星夏美)たちは朝食が終わるギリギリの時間に食堂に行った。

 

 民宿のおばちゃんが作ってくれた美味しい朝ごはんは、ちょっと冷めちゃった。

 山菜も塩加減が良くてとても美味しい。

 お味噌汁も、なにもかもが、美味しい。

 

 おばちゃんは私たちを見て笑っている。

 若いっていいね。私もそんな頃があったのよ、ってそんな目で見つめていた。



 スキー場のリフトはどこも長蛇の列。

 

 ペアリフトに二人で登っていく時、肩寄せあい、お互いが吐く息も白い

 

 下を見ると、仲良く滑走するカップルとか、

 みんながみんな楽しそうに滑っている。

 

 上級者コースに行けばリフトは空いているみたいだけど、私たちはそこまで真剣に滑るってわけでもないし、みんなでワイワイ楽しくすべるのが目的だった


 昼近くになると、空も晴れて、山の上から見る真っ白な魚沼丘陵の山々が美しい。

 

 あそこに聳え立つ山は八海山だろうか。魚沼三山というのだろうか?


 ゲレンデの一番下に見える赤い屋根の大きなホテル

 下に広がる雪で真っ白い雪の積もった田んぼと、点在する家、高速道路


 そして晴れた青い空

 

 ゲレンデのコースの中、杉の落葉を滑って踏んで、林の中のコースを通り、二人同士がペアでゆっくりと滑り降りていく。

 冷たい風がとても心地よかった。


 ◇◇◇


 夕方、宿屋のおじさんから、塩沢駅まで送ってもらい、長岡行き普通列車に乗った。

 

 私(星夏美)は、彼(橘恭平)の手を握り、そして発車とともに彼の肩に寄り掛かって終点の長岡駅までの1時間ちょっとの間、寝てしまった

 

 彼の肩はあたたかく、男性化粧水のいい香りがした


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