第28話 Boys Don't Cry(1988)Moulin Rouge

 平成元年2月 午前9時頃


 長岡発水上行き普通列車は、ゆっくりと長岡駅を発車した。

 罍秀樹もたいひでき原智子はらともこのカップルと、橘恭平たちばなきょうへい、そして、わたし(星夏美)。


 私は「高校のスキー合宿」と母親に言ったのだが、母はなんの反対もなく「あ、そう」とだけ言われた。ボックスシートに4人掛けの席に座っているわたしたち。


 網棚にはスキーの荷物。そして窓側に立てかけたスキー板。

 古めかしい国鉄時代の電車。まだJNRのエンブレムは剥がしきれていない。


 窓は乗客の息と外の冷気で曇り、恭平は時々手で窓ガラスを拭いている。


 暖冬で雪の少ない長岡駅発車して、すぐに南長岡貨物駅の中を通過していく。

 国鉄のマークの入った黄緑色のコンテナがたくさん積まれた構内を、電車は加速していく。


 木造の小さな宮内駅を過ぎ、越後滝谷駅付近になるとだんだん雪が増えてくる。

 妙見堰みょうけんぜきで信濃川の大河が見えてきた。もう魚沼だ。


 小千谷駅を越えたころにはすっかりと雪国になっていた。


「折角、上越国際スキー場に行くんなら、グリーンプラザに泊まってみたいものだわ」

「そんな金はどこにある?」

「そうよね」

「今日の民宿は、小さいけど、地元の料理やお米が美味しいって、先輩から代々引き継いでいるんだし、まあいいんじゃないかい」


 智子が言う

「ふーん、壁の板の厚さはどうなのよ。夏美は声が大きそうだし」


 恭平が慌てて

「はは?そんなん大丈夫だろ、って、おまえは何を考えてんだよ!」

「ちょっと智子!私が声が大きいって?そんなこと、どうしてわかんのよ。適当なこと言って!」


 罍がいう

「ちょっとおまえら静かにしろ!ほら、ポテトチップでも食え!」


 あいかわらず、智子とは一触即発だ

 智子は罍のことを見るけど、たまにチラと恭平の目を見る。

 まだ未練あるのか?


 紙パックのオレンジジュースを飲みながら、私はチラと恭平を見る

 恭平と目が合う。恭平は慌てて目をそらす


 電車のモーター音が鳴り響いている。

 そしていつの間にか、発車した長岡では曇り空だったのが、外は雪がちらついていた。

 牡丹雪ぼたゆきというスノーフレーク


 到着する頃には、まわりが完全に雪景色になっていた。


 上越国際スキー場の大沢ゲレンデ近くの大沢駅に到着し、雪の降りしきる中、駅近くの民宿に着いて荷物を置いて、スキー場に向かった。


 土曜日の昼前、

 東京では週休二日の企業も増え、スキーに訪れる人も増えている。

 リフト前にはたくさんの乗車待ちの人の波がある。


「おい、早く、上の上級コースに行こうぜ」


「そうだよな、ホテル前のゲレンデとか、人が多すぎ。智子は上級スキーコースは大丈夫か?」

「わたしは大丈夫だけど、夏美は?」


「え、わたし?中学の時にバイエルンのガルミッシュ=パルテンキルヒェンで……」

「アナタに聞くんじゃなかったわ。クソムカつく」

「悪かったわね!」



「おまえら、少しは仲良くしろ!雪山でキャットファイトなんかするなよ!」

「わかってるわよ!」


 クワッドリフトは4人で乗り、上の方に行くとペアリフトでそれぞれのカレシ、カノジョと一緒に乗った。


 幸い、雪も晴れてきた。


 魚沼平野も雲の切れ間から見えた。


 上越国際スキー場は、大変大きなスキー場である。

 ヨーロッパアルプスのスキー場は規模はもっと大きいが、そんなに劣っているとは思わない。

 そういえば、ツェルマットで一緒に滑ったあの商社の子は東京で元気でやっているだろうか。


 かなり上まで来た。


「ねえ、記念写真を撮ろうよ」

 恭平が「写ルンです」を取り出した。

「記念写真といっても……それぞれのペアで撮るんでしょ?私も持って来てるわよ」智子がいう。


「あなた、どうせ、わたしたちをピンボケで撮るつもりでしょ!」

「ホントにおまえら、口を開けばケンカをしているな。じゃ、そこのカップルに撮ってもらおうぜ。すみませーん!」と恭平は近くにいた男女に声を掛けた。


 写真撮影をした後に、それぞれペアで滑り出す。

 私と恭平はそれなりにスキーは出来るのだが、問題は罍秀樹だ。

 超絶、ヘタクソ。


 智子はイライラしながら、転んだ彼を見て「先に行くよ!」とイラついていた。


 リフトで昇る時、ストックは恭平が握ってくれ、セーフティーバーを下ろして、優しくエスコートしてくれた。


 わたしは恭平に肩を寄せた。

「さむい」と私は、わざとらしく言いながら、 グローブの上から手を握った。


 智子と罍のカップルはいくつか後ろのリフトに乗っている。後ろのリフトは知らないカップルだ。


 搬器リフトはカタン、カタカタ……と音を立てて支柱の上を通過していった。


 さっきまでの雪で、綿帽子を被った杉の木の林や広葉樹の林が広がっている。

 なんて綺麗な景色なのだろう


「ねえ、恭平、キスしてくれる?」

「何を突然に、周りに人が・・・」

「ここは見えないわよ」

「しょうがねーな、夏美は……」


 毛糸の帽子からはみ出した私の前髪をよけて、彼はわたしの唇にキスをしてくれた。

 外の空気はマイナス何度なのだろうか。


 それを払うくらいに、彼の唇はとても温かかった


 カタン・カタカタ・・・と次の支柱を通過して搬器が揺れると、

 思わず唇が離れた。

 

 わたしは、恭平がこの前の模擬試験で、なぜ私と同じ志望大学を書いたか聞きたかったが、今まで聞きそびれていた。


 彼に聞こうとして、ふと後ろを見たその時、2つくらい後ろのリフトに智子が乗っている。そしてこちらを見ている。恐ろしい眼力だ。


 やばい、キスしているところを、智子に見られたぜ……


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