第27話 GET CRAZY!(1988年) プリンセス プリンセス

 昭和63年も暮れがせまり、冬が訪れようとしたころ


 わたし(星夏美)は、高校の先生から、4年制大学への進学を勧められていた。


 本当は短大を出て就職も考えていたところ、進路指導の時に担任から言われたのだ


◇◇


「星さん、塚山中学の先生から聞いたけど、キミは本当は長岡高校に行きたかったけど、推薦枠から外れてしまったって?」


「わたしは内申書の内実はわかりません」


「キミの成績から……うんと、4年制の国立大学を受ける気はないのかな。数学も良いし、共通一次、あそうだ、キミの時代から大学入試センター試験なるんだっけ。たぶん、キミが模試で書いた新潟大学人文学部なら合格点は取れそうだから、受けないか」


「4大ですか……うーん……まだ心は決まらないです。どちらかといえば短大の方が……」


◇◇

 

 秋の夜、虫の音を聞きながら、テレビをつけた。

 昭和天皇が吐血、というニュースが流れ、放送終了後には皇居にある宮内庁の映像が映されていた。


 ◇◇◇


 昭和64年の正月を迎えた。

 わたしたちは、長岡駅前にある長崎屋の最上階にあるボウリング場で、新年の初売りにあわせてボウリングをしていた。


 恭平、智子、そして「智子とヨリを戻した」罍秀樹もたい ひできの4人だ。


 わたしは、ビンのコカコーラを4本買って、ボウリングレーンに備え付けれた栓抜きで王冠を開けて、みんなにコーラ瓶を配った。


 智子や英樹、そしてわたしはボウリングは得意であるが、橘恭平はドヘタである。

 1ゲーム100点もいかない。どんくさい男め


 智子はボウルを投げようと、後ろに腕を振ったら、ボウルがすっぽ抜けて私のところに飛んできた。


「とーもーこー、わざとやったわねー」


「ちょっと手が滑っただけよ」

「滑るわけないでしょ!」


 わたしは、カラになったコーラのビンを握りしめた。


「おい、おまえらやめろ!智子も夏美も、どうしてそんなに血の気が多いんだよ!それに歌舞音曲かぶおんぎょくは控えるように……」


「歌舞音曲は控えても、ケンカを自粛しろとは言ってないわよ。ふふふ、殴りつけてやる…」


「怖すぎ…」恭平はつぶやいた。


「まあ、いいわ」


 わたしは、手に握りしめたコーラ瓶をボトルホルダーに入れた。


「ねえ、昭和天皇が亡くなったら皇太子※が天皇になるんでしょ」


 ※現在(令和6年)の上皇陛下である。


「そうだな」

「浩宮さま※が皇太子?」


 ※現在(令和6年)の天皇陛下である。


「そうだよ」

「陛下が亡くなったら学校が休みになるってさ」

「いつ休みになるかわからない休日ってのもなぁ」


「こればっかりは仕方ないだろ」


「なあ、2月頃にスキーに行かないか?この4人でさ」


「悠久山のスキー場も暖冬少雪でスキー授業はできないかもね。まったく雪がないし」


「どこに行く?神立高原かんだつこうげん?上越国際?」

「スキー場と駅が近い上越国際とかが、いいんじゃない?近くに民宿もあるし」


「泊まり?」

「そうだな……折角なら……」

「合宿なら、やってるしって……あ、夏美は高校が違うか」

「わたしも大丈夫よ」


「そんなんで、いいんかい!」


◇◇


 昭和64年1月7日 朝


 昭和の時代が終わった。

 事前に通告されていたとおり高校が休みになった。


 お店もみんなお休みだ。


 テレビでは昭和天皇の戦争責任やら、そんな話でかまびすしい。


 しかし、高校生だったわたしたちには、長い間続いた「自粛」という重々しい空気が晴れていくように思えた。


 またお笑いも、音楽番組ももとどおりになる。

 日産セフィーロで声を消された井上陽水のCMの声はもどるのだろうか


 自粛とは裏腹に、世の中は急激に円高が進み、東京の地価は高騰し、聖蹟桜ヶ丘に住んでいる叔母の家は1億円の値段がついたという。


 彼が通う高校は、第二次ベビーブームの影響で教室が足りず、プレハブを建てる計画となっている。


 ◇◇◇


 平成元年2月 長岡駅に4人でスキーを持って集合した。


 英樹は長岡市内に家があるが、わたしと恭平と智子は塚山駅から信越本線で長岡駅まで来て、いったん学割定期券で改札を出た。


 長岡駅から上越新幹線を使わないで、上越線を使って上越国際スキー場に向かう予定だった。


 鈍行(普通列車)1時間くらい、柏崎の鯨波駅、青海川駅の海岸に行くのと同じくらいである。普通運賃で千円もしない金額で済む。


「あれ、夏美、そのスキーウエア似合ってるじゃん」


「そう?ありがとうって、しかし、なんで恭平のウエアは……ゴアテックスのようだけど、かなり古いフェニックスのデザインよね・・」


「ごめん、新しくなくて」


「まあいいわよって、智子!あんた何、その胸を強調したようなウエア……胸がないクセに!あれ、詰め物している? 上げ底かい、ハッハッハ」


「失礼ね!あなたも無いくせに」


「おまえら、喧嘩はいい加減にしろ!」

「水上行きの電車が入線するから、ボックスシートを確保するぞ。切符の用意はいいか?」


「買ってるわよ」


 改札で切符に鋏を入れてもらい、階段を下りて上越線のホームに降りた。


 白地の青い線、そして赤い細い線の入った電車が、警笛を鳴らして、ホームに入ってきた。

 そういえば、わたしは上越線の電車に乗るのはこれが初めてだったかもしれない。

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