第10話 La Isla Bonita(1987年)Madonna
笠島駅の線路はカーブになっている。
電車が高速通過するために、バンクが設けられている。そこに駅があるのだ。
斜めにとまった電車とホームの間に隙間があるので、彼はわたしの手をとってホームに導いた。
笠島駅は無人駅である。
料金箱に塚山駅からの電車賃を入れ、そして夏場だけしか賑あわない、小さなホームを出て、駅前の道路に通じる階段を降りた。
目の前は細い道路の漁師町の町並みだ。
すこし歩くと線路の下をくぐって通り抜けるトンネルがある。
電気もなく暗いそのトンネルを抜けると、目の前に砂浜と海が広がっていた。
これが江ノ島とか関東の観光地だったら大勢の人がいつもいるのだろうけれど、ここはそのような気配も何もない。
そしてまだ夏には遠い。
彼は砂浜を歩くとき、わたしの手をとってくれた。
前に漁船が陸に上あがっている笠島漁港がある。そちらに向かって歩いた。
学校に通う街中を歩くスニーカーが砂に沈んでいく。砂も靴に入る。
真っ青な空には白いカモメが空をくるくると回って、
ウミネコの鳴き声が響く。
打ち寄せる波の音と、潮の匂い。
誰もいない海岸。
漁港の端までくると、防波堤の向こうには初夏の真っ青な、群青色の海が目の前に広がっている。
沖には佐渡が島が青紫に浮かんでいる。
沖縄の海がエメラルド・グリーンというなら、
この柏崎の日本海の色はサファイア色した紺碧の海
まだ暑くはないのだが、わたしは制服のジャケットを脱いだ。
そして腕に掛けた。彼は薄水色のシャツを着てジーンズを履いている。
二人で防波堤をよじ登り、そして突堤の端にある灯台の方に向かってあるいた。ふたりは砂浜からずっと手を繋いで歩いていた。
防波堤に腰掛け、わたしはカバンからウォークマンを取り出し、イヤホンを差して、
片方は彼の耳に、もう片方はわたしの耳に入れた。
この前買ったマドンナのアルバムTrue Blueのカセットが入れたままになっている。
プレイボタンを押すと、ちょうど「La Isla Bonita」が流れ出した。
美しい島という曲のとおり、この海は美しい。誰もいない田舎の海岸だ。
ウミネコの鳴き声だけが響いていた。
「La Isla Bonitaか」と彼はつぶやく。
曲が終わると、彼はイヤホンを外し、防波堤の上に仰向けで寝転んだ。
頭の後ろに手を組む。試験勉強で本当は眠かったのだろう。
彼は目を閉じている。
あの綺麗な茶色の瞳が見たい。
わたしは、スッと彼の顔へと顔を寄せた。
肩まである髪が彼の顔に降りかかった。
髪が彼の頬に落ちて、彼はその感触に気がついて目をあけた。
彼の目の前にわたしの顔が迫っている。
じっとふたりで見つめ合った。
ミャー・ミャーというウミネコの鳴き声と、
ザザーッ、ザザーッと、防波堤を打ち付ける波の音しか聞こえない。
私は目を閉じた。
彼は「本気か?」と聞いた。
わたしは「本気よ」と答えた。
わたしは彼の唇に、わたしの唇を重ねた。
私から彼にキスをした。
彼は少し驚いた様子だったが、それからわたしは彼の顔を両手で撫でるように、
そして彼の額の髪をかき上げる。
わたしは手を彼の首の後ろに回し、彼の顔を強く引き寄せた。
初めてのキスは、彼の高校の学食のスパイシーなカレーライスの味だった。
仰向けに寝そべる彼の上に覆い被さるように、何度もわたしは彼にキスをした。
目を開けると、群青色の海が防波堤の向こうに広がる。
「俺、キミに下の名前を言ってなかったね。俺の名前は
「私は
「どうせ一回じゃ済まないんだろ」
呆れたような声で彼は囁いた。
わたしはまた彼にキスをした。
この防波堤のある漁港は、駅と線路の向こうにある漁師町からは見えない。
こちらにある漁港や小さな
この時間がずっと続けばいいと感じた。
彼は目をあける。
「おまえ、初めてなのに、やりすぎじゃね?」
「そう?でもいいじゃん」
「いいじゃんって、まあ……いっか。俺、最初にキミを見た時、可愛いい、と思ったし」
「ふーん。ありがとう」
「なんか、高飛車だな?結構身長あるよね」
「ええ、169センチ」
「お前、サバ読んでるだろ。あと3センチは余計あるよな」
「バレた?」
「バレるこってさ」
「まあ、いいわ。わたしの身長の秘密を知った以上、もう、あなたはわたしのモノよ」
「おいおい……」
いままでオクテだったわたしが、ホントにウソのようだ。
これが本能というのか。
わたしの口には、彼が昼に食べたカレーの味が残っていた。
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