第7話 Livin' on a Prayer(1986年)Bon Jovi

 彼女のライブのMCが始まろうとしていた。このライブハウスに彼女のバンドの演奏の時間に入ってくるお客は、いない。


 俺(橘一輝)と工藤はテーブルに腰掛けている。


「私たちのライブに来てくれてありがとう。嬉しいことに、今日のお客さんはチケットを買ってくれたそうですね。プレゼントをしたのに、本当にありがとう」


 そう言って彼女は頭を下げた。


「お客さんは2人だけだけど、みなさんの為に、心を込めて、絶対に手を抜かないからね!」


 彼女のギターが始まった。


 あれ、この前はガールズバンドのコピーと、それのオマージュの彼女のオリジナル曲が1曲だったが、今日はイントロの雰囲気が違う。


 1980年代のBON JOVIじゃないか!


「You Give Love a Bad Name」

 これは俺が高速バスの中で、

「俺が君に聞かせる曲だ!」と言って彼女に掛けた曲だ。


 男性ボーカルの曲だが、彼女は歌が上手い。


 なんか、俺のことを指をさしているぞ。

 まあお客が2人しかいないのだけれど。


 工藤が言った

「なあ、あのギターの子、オマエのことずっと指差しをしてないか?」

「2人しかいないからだろ」

「そうか?なんか変だよな」


 そして2曲目はRunawayだった。

 意味深な曲。Runawayは日本語のバージョンだ。

 BON JOVIの歌詞の意味とはまったく違う。


 ライブハウスの店員は、「いいね、あの子、上手いね」とつぶやいた。

「ねぇ、キミに気があるんじゃない」と店員は笑いながら俺に言った。


「いえ、滅相もない。そんなことないですよ」


 最後の3曲目

「Livin' on a Prayer」


 ああ、良い曲だ。俺がLAに住んでいたとき、親父が家でガンガンかけていた曲だ。


 楽しい時間はあっという間に過ぎた。


 次のグループにステージを明け渡す時間だ。

 次のバンドの客も店に入ってきた。

 本当にお客2人だけのライブだった。


 俺たちが席を離れようとしたら、あの子が俺に言った。

「ねえ、これ私の名刺カード。QRコードにラインの宛先が入っているから!」

 と名刺をもらった。


 ◇◇◇


 俺と工藤は、そのカードを持って学生寮に戻った。

 なんと、工藤はあのロシア人のナタリアからカードをもらっていた。

 ヤツは俺の妹を見てチョッカイを出そうとしていたから、あのロシア娘は俺の妹の防衛線になってくれるだろう。しめしめ


 帰りの電車の中で、俺と工藤は半信半疑でそのラインを登録した。彼女の顔写真入りのアバターが表示されている。工藤にもナタリアのアバターが表示された。



「なあ、やっぱり美人局つつもたせじゃないか?客が2人っておかしいだろ。きっと身ぐるみ剥ぎ取られて、尻の毛まで抜かれるぞ、ははは」



 そんな話をしていたら学生寮に着いて、着信音を聞いた。


「なに!マジか!」

「おい、ホントにあの子からお誘いきたぞ」

「世の中何が起こるかわからんなぁ……」

 

「今度会いませんか?新潟駅、忠犬タマ公の像の前で、だってよ」


 でも、俺、デートなんて初めてだし。何をしたら良いのかわからんのです。はい。

 

 ◇◇◇


 そのデートを週末に控えたある日、俺(橘一輝)の親父から、

「一緒に飯を食おう」というメールが入った。

 工藤も一緒にいいか、と聞いたら「かまわない」という。


 ◇


 長岡駅から少し離れた「安福亭あんぷくてい」という工藤が好きな背脂のラーメン店だ。

 親父から俺に声を掛けるなんて珍しい。


 信○化学工業の下請けの、下請けの、そのまた下請けのベンチャーで工場のネットワークの設計などをしている。

 親父の話だと、少しでも仕事をとらないとやっていけないから、最近は新築病院のネットワーク設計に携わっているという話だ。


 俺と工藤が先に店の前に着いて、すこししたら親父の会社の営業車のバンが来た。作業着は親会社から支給品でもらったものを長年使っているので、かなりヨレて年季が入っている。


 しばらく会ってなかったから、またひたいも薄くなっなぁ。

 励ます、というと「ハゲが増す」とネタにするほどハゲが増している。

 いかにも冴えない親父だ。


 工藤は、「カリフォルニア工科大学カルテックの(大学)院を出ているのに、しがないSEなのか」と言っているけど、俺もホントにそう思う。


 テーブルについて、食券を店員に渡し、セルフサービスの水を親父が持って来た。

 そして親父は開口一番

「一輝、おまえ、なにか良いことあったように見えるな」

「どうしてわかる?」

「顔に書いてあるさ、ニヤけてるし」

「実は、今週末、デートに誘われてさ」


「ふーん、お前が?よくこの男だらけの学校で女の子を見つけて、デートとはね」

「いや、新潟市の高校の女の子、女子高生」

「はあ?なんでまた。名前は教えてもらえるかなー?言えるかなー?」

「俺のことを信じてないんかい!いいよ『星』って名字の子だよ」


「星?」

 親父の顔色が変わった。なんか驚きと焦りのような顔をしている。


 ラーメンが来た。そして俺たちは背脂たっぷりのラーメンに箸をつける。


「なあ、親父、高校教師で『原智子』って人知ってる?その原さんの幼なじみの人の娘だってさ。星さんは。原さんは長岡の人だっていうし、歳も親父と同じくらいだし、知らない?」


 ブー、と親父はラーメンのスープ噴いた。


「おい、お前、いまその高校教師の名前、何て言った?」

「原智子」

「知らん、知らん……絶対に知らん!」


 親父の様子がおかしい。かなり挙動不審だ。


 ◇◇◇


 私(橘恭平たちばなきょうへい)は息子の一輝と一緒に食事をしたあと、会社のバンで上越市に車を走らせていた。


「まさか……夏美の娘?」

 そう思って、車を止めてスマホを取出し検索した。

「星夏美」と入力、検索のマークを押す。


 昨年頃、ニュース番組のキャスターを降版し、卒業すると言っていたはず。

 その後に、「がんで闘病中」という週刊誌記事がヒットした。

 それ以上は出てこない。


「星夏美」の娘が、この新潟にいるのか?

まさか本人も?

そしてその娘が俺の息子とデート?マジかよ。


 何じゃそりゃー!!!


 私は、車の中で大きく叫んだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る