第6話 Wanted Dead or Alive(1987年)Bon Jovi

 その着信音は、高専の寮で工藤と俺(橘一輝たちばな かずき)が一緒に居るとき聞いた。


「おい、ホントにあの先生から、お誘いきたみたいだぞ」

「マジかよ。あのバンドの彼女の子より先に?でも世の中何が起こるかわからんな。ソレも教師だぞ、いいのか?新聞沙汰になるなよ」

 

「まあな、フラれるのを覚悟で、つかの間の幸せを味わうのもアリかもねー」

「そうか。オマエはどうせフラれるんだろうし」

 

 余計なお世話だ、工藤め。


「なぁ、やっぱり話がうま過ぎないか?」

 俺もそう思う。


「だってさ、いままでずっとモテなかったお前が・・」

 だから、余計なお世話だってば。


 たしかに、あの先生とラインを交換したわけだが……

「メッセージはなんて書いてある?」

「長岡市に行く用事があるから、ちょっとお話をしないか、だってよ」

「じゃ、返事に、あの先生にOKのメッセージを送ってみたら?」

「やってみるか」


 ポチポチっと。

 

「原先生、この前はありがとうございました。それでは一緒にお茶でもしませんか?(OKのスタンプ)」

 っと。


 ベシッツ! 工藤がスリッパで俺の頭を叩く。

 

 「お前は馬鹿か!橘!そりゃ女の子へのデートの誘いじゃねーか、何を考えてんだよ、アホ!」


 着信音


「いいわよ。(ハートのスタンプ付き) ともこ」

 

 はぁ?なんで、こんなメッセージにあの先生が乗ってくるんだよ……


 続けてメッセージが来る。

 

「あなたの高専の寮に迎えにいくわ。土曜日の昼頃でいいかな?貴方はその日に、あの星さんからバンドのライブを誘われているんでしょ?一緒に連れて行ってあげる。私はちょうど新潟市に帰るんだし」


 仕事早いな。この先生は、まったく、もう。


 ◇◇◇


 その彼女のライブの日の土曜日の午後、ド派手な赤い車が高専の寮の前に来た。

 エンジンをブオン、ブオンとふかしている。

 

 なんか。イカレた・・もとい、イカシたお姉さんが立っている。


 彼女の車の助手席に乗ってドライブに行く感じだ。まわりの生徒は俺の姿をチラチラと見て、コソコソ話をしている。外国からの留学生、東南アジアからのヒジャブをがぶった女の子も笑っている。俺はコソコソっとその先生の車に乗り込んだ。

 

 車は国道8号に出て、そしてで長岡市街地に入る前に新潟市に向かう国道17号バイパスに入った。


「先生。星さんの面倒を見ているみたいだけど、どういう関係なんですか?」

「橘くん、教師というのは守秘義務というのがあってね、あまり個人情報をベラベラ話さないの。だけどね、この話は誰にも言わない約束ね。星さんのお母さんと私は幼なじみで、中学校が一緒なのよ」

 

「そうなんですか」

「高校と大学は違うけどね。ずっと親友で、それまで一緒に遊んだりしたのよ」


「彼女の母親に、何かあったのですか?」

「今、長岡の病院に入院してるの。たまーに輝さんがお見舞いに行ってるの。だけど彼女は長岡市内にツテがないから、新潟市に住んでいる私が時々行ったり来たりで、彼女の様子を見ているの」


「橘君、もしかして……あなた、……でも、聞かないでおくわ」


 先生の運転する車は、日本海を北上する海岸沿い、日本海シーサイドラインに出た。青く午後の日で輝く日本海が見える。俺が千葉や神奈川の湘南とかで見た海より青い色が濃く、まさに群青色の日本海だ。

 

 天気が良くて今日は佐渡もよく見える。


 大河津分水を越えて海が見えるカフェに来て、そこで先生は車を止めた。

 海が見える展望台で恋人同士が一緒に写真を撮るようなスポットがある。

 おれたち、恋人同士みたいだ。


 先生は俺の手首をつかんで、岬の先に俺を連れていく。


「ここ、デートにはいい場所ですね」と俺は言った。

 そして先生は俺にこう言った。

 

「あなたに言いたいことがあるの。星さんのこと、どう思ってる?」

「とっても可愛くてイイ子だと思いますよ」

 

「彼女に気はあるの?」

「え、なんてことを(言うのか)……」

 

「ここで恋人同士のフリをしないとキツイから、私の手を握ってちょうだい」

 先生は俺の手をとって握って、恋人同士のフリをした。


「橘一輝クン、貴方を見ていると昔の男友達を思い出すわ。私が告白する前に撃沈。片思いだった。わたし、フラれちゃったんだ。貴方はその人にソックリなんだもん。もう少し手を握っていい?」


「はい?なんですと?」


 ◇◇◇


 ライブ会場に着いた。工藤は少し遅れてその会場に着いて、俺に言った。


「おい、『あの童貞ハンター』の先生に、おまえの貞操は奪われなかったのか?」

「俺の貞操は守られたぜ、ははは」

 

「お前がそんなものを守る必要はないだろ、さっさと卒業しろよ」

「おまえも童貞だろが。貴様に言われたくねーわ、でもな……」

「でもって、なんだよ」

「俺、あの先生が昔好きだった片思いの人に似てるってよ。手を握りしめられて」

「マジか!」


 それから、だれもお客のいない彼女のバンドのライブが始まろうとしていた。

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