第4話 Born to Be My Baby(1988年)Bon Jovi

 平成32年春も過ぎ去ろうというころ


 俺(橘一輝たちばなかずき)と工藤は新潟古町にある、バスの中で出会った名も知らぬギターを持った女子高生の彼女からもらったチラシに書いてあったライブハウスを訪れた。


 店に着くと、その店は貸切りで開店は19:00と書いてある。チラシに書いてあるバンド名のライブであることは確かだ。

 

 土曜日、工業高等専門学校の課題を終えて、寮の昼飯の、名物の油そばを食ってから、工藤と一緒に高速バスでやってきた。

 工藤は「怖いもの見たさ」といっていたが、オバケ屋敷かよ。

 しかし、アイツは何やらおめかしをしている、ワロタ。

 ワロタ理由は、彼はAKB48が好きだという以上に、その着ている衣装がなぜか秋元康に寄せていることだ。いや、どちらかというとバッタもんの秋元康という感じか。


 お店はCLOSEと書いてあるけれど、中には人の気配がある。

 ドアを叩くと店員が出てきた。

 俺と工藤は来る時に「ボッタくりバー」「暴力バー」か、と冗談を言っていたけれど、その出てきた店員はイケメン、イケオジという感じのマスターで、ホントに正真正銘のライブハウスだった。


 このあたりでは有名らしいし、彼女がバンドをやっているというのは、ホントのようだ。


 チケットを見せると俺と工藤を店の中に通してくれた。

 ライブというか、練習というか、リハーサルというか、客はいない。ホントに客がいない。あとから同級生が来るという感じだろうか。


 ステージで2人でチューニングをやっている。女の子が2人いる。2ピースバンドなのか。

 俺が見た、チラシをくれた彼女はベースとボーカルのようだ。もう一人はキーボードの担当のよう……。

 キーボードではなく、アップライトピアノを使っている。エレキでなくアコースティック。

 そのピアノの女の子は外国人だった。


 リハが始まった。彼女がベースを弾き始める。

(あれ、この曲はよく聴いたことある)俺は思った。


 工藤は俺に聞いてきた。

 

「これ新しい曲?彼女たちオリジナル?」


「いや、プリンセス プリンセスというバンドの曲だ。古いからな。おまえは知らないかも……」

「こんな曲あったっけ?」

「そりゃ、お前はメジャーな曲しか知らないだろうけど、てか、ホントにおまえ、秋元康に似ているな、ははは」

「橘、しかし、なんで橘は昔の曲を知っているんだ?」

「親父がよく聴いてたからさ」


 19 GROWING UP


 店員さんと俺はじっと聴いている。工藤も「へえ、いい曲だな」と言っている。

 誰もいないライブハウスで、彼女は俺と工藤のことを、すぐに気がついていた。

 彼女は俺に眼を合わせる。

 アイドルライブのレスのように、さすがにお客のいないライブハウスだから、彼女を独り占めのような、贅沢な気分だ。

 工藤は、もう一人の外国人の女の子と目線があって、なんだかモジモジしていた。可笑しい。


 しばらくすると、別のお客さんが入ってきた。見た目30から40代くらいか。

 ちょっと年上の女性って感じの綺麗な人だった。


 最初に俺と工藤は立って、ソフトドリンク、コーラを片手に聞いていたが、その女性は椅子に腰かけた。そしてその女性は、俺たちにテーブルに座るように誘った。

 そして、その女性は、こちらに話かけてきた。

 

「あなた達、どうしてここに誘われたの?」

「あのベースの子が俺にチケットをくれたんで」

 

「彼女が?ふーん。珍しいわね。なにか君のことを気に入ったのかしら」

 

 工藤はその女性に聞く。

 

「あのバンドと知り合いですか」

「あの子たち、ウチの高校の生徒だけど」

 え、そんなのいいの?この人は先生?どんな高校なんだよ?


「あの外国人の子はナタリアっていうのロシア人の娘。ウチの学校の音楽科の生徒。もう一人の彼女、あの子も音楽科の生徒」

 

 へぇ・・そうなんだ。音楽科か。

 

「先生のお名前は」

「私は原智子はらともこ。彼女たちの学校の英語教師」


 ライトノベルにはまったく無さそうな、ザ・昭和という感じのごく普通の名前だ。

 

「あのバンドの彼女の名前は」

 

「そんなのアナタ、自分で聞きなさいよ」

 

 そう先生と行っている女性は答えた。


 二人はプリプリの曲を何回か演奏している。工藤は全然曲を知らないみたいだった。

 GET CRAZY!とかいい曲だと思う。


 3人しか客がいないライブハウス。

 あとはマスターだけ、演奏の合間に彼女たちは我々のテーブルに来た。

 

 彼女は自分から自己紹介をした。バスであった彼女の名前は、星輝ほしひかる。と言った。

 この子「ホシ・ヒカル」か。これこそまさにライトノベルにありがちな名前だ。というかなんでこんな名前を親が付けたんだろうと思う。


 ロシアの子の名前は長すぎてなんだかよくわからん。発音も難しいし、とりあえず名前の「ナタリア」と呼んで、といわれた。


 そして先生という女性は俺に名前を聞いてきた。

 「君、そのチェックのシャツをきたメガネの君、名前はなんていうの?」


 「オレですか? 橘一輝たちばな かずきといいます」と伝えた

 よく「橘」と「橋(はし)」と間違えられる。橋幸夫という歌手もいるが、説明するのはめんどくさい。

 だけど、俺が自己紹介で名前を言ったら、その女性はちょっと驚いた様子だ。


 「え、あなた、橘っていうの?」

 「ええ、そうですけど。なにか?」


 その女性は怪訝けげんな様子だ。

 暗いライブハウスで、オレの顔がよく見えないようだ。


 ガシッとその年上の女性はオレの顔を両手で掴んだ。

 大胆だなぁ、キスでもされるのかよ!


 そして顔を近づけてよく見た。


 近くでみると、シワ……失敬……30代でなくて、オレと親と同じくらいの年代かな。

 でも、年上の綺麗な女性ということには間違いない。


「君、橘クン、どちらのご出身?」

「東京ですけど……」

「お父さんは?」

 

「新潟の出身です」

「そう。……似ている……ううん、この明るい茶色の瞳・・・やっぱり、あの人に似ている……」

 とその先生はつぶやいた。



 俺とその女性と話をしていると……横からロシア語まじりの笑い声が聞こえてくる。


「おい!工藤!なんでさっき会ったばかりの、ロシア娘と談笑してるんだよ!」

「だってこの子、アニメが好きとかで……話が合うんで」


 ……こいつ、キモヲタのクセに生意気だ!それもいきなり外国人と仲良くなるとは!


 ナタリアの父はロシア領事館の関係とかで新潟に来ていて、彼女はアニオタらしい。日本でアイドルとかアニメにはまって、定住したいというようなことを言っていた。

 

 まあ、古町の奥にある、ロシア娘のキャバクラのお店で働くよりは、アニメスタジオの方が良さそうだとは思うけど。

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