第3話 Runaway(1984年)Bon Jovi

 俺(橘一輝たちばなかずき)は凍り付いた・・


 俺、もしかして彼女にとんでもないことを言ってしまった、まさか告白コクってしまったのか?


「さあ、この曲は何でしょうか……」と動揺しながら、

 次のプレイリストの選曲を。ピッ……「Runaway」


 まあ、彼女は、バンドをやっているので古くてもBon Joviくらいは、すぐわかるはずですよね、はい。


 もう30年くらい昔の曲だがら、今の娘はわからないかもしれない。 

 いや、頬を赤らめたわけだから、曲は知っていたはずだ。この曲の歌詞の内容をわかるはず。


 彼女はそのままバスのチェアに寄り掛かり、目をつむって曲を聴いていた。


 もうおしまいだ。


 こんなダサくて、あきらかにヤバいオタク男が、露骨に「お前にハートを撃ち抜かれたぜ」なんてことを言ったようなものだからな。


 だがしかし、彼女は目を開けて、首をこちらに向けて俺の顔をじっと見た。

 ああ彼女の髪のいい香りがする。


 ◆◆◆


 私は思った。なんでこの男の子。このような昔の曲を知っているのだろう?

 このウオークマンに入っている曲、みんな知っている。

 それも、私の母が好んで聞いていた曲だ。私もこれらの曲が好きだし。


 みんな、みんな、私の好きな曲が入っている。

 

 いままで、バンド活動をしていて、いろんな友達やバンド仲間がいたけど、

 ここまで好みの曲、プレイリストが一致した人はいない。

 

 このダサい男はいったいなんなんだろう? 運命の人

 白馬の騎士じゃなくて、バスに乗ってやってきた。


 そういえば、「バス男」という映画があったけど。(現在は「ナポレオン・ダイナマイト」に改題されている)その映画の主人公に似ても無くもないが……いや、よく見るとカッコイイのか?まさか。


 そんなことはないだろう。オタクだ。ヤバイだ。でも分からない。



 ◆◆◆


 高速バスは長岡インターチェンジを降りて、市内に入った。


 俺(橘一輝)の前の彼女は突然に、

「ねぇ、私、バンドやっているんだけど、今度、ライブを聴きに来ない?新潟古町のライブハウスなんだけどさ。お客さんが全然いないし……」


 なに?俺、彼女に誘われてる?誘われたのかぁ!


「え、俺でいいんですか?俺はいいですけど……」

「お客さんがいないのよ……はい。チケット2枚。この券を店員さんに見せるとライブハウスに入れてもらえるから、あげる。友達と一緒に来てよ。一人だと来にくいでしょ?」


 まあ、美人局つつもたせか、ぼったくりバーが、ソレ以上の「暴力バー」かもしれない、と思って(失礼なヤツだな)チケットをみると、俺も聞いたことがあるライブハウスだった。高専の軽音楽部のバンドの連中も行って演奏しているという話を聞いているから、その店の名前は知っていた。


「あ、ありがとうございます!」


 彼女とはそれから、ほとんど話もなく。俺は何を話したらいいのかすら、わからなかった。


 ただ、彼女は新潟発長岡行きの普通列車に乗りたかったけど、間に合わなくて、高速バスで長岡に来たと言っていた。


 でも、あの高校、新潟市内の高校の生徒が、なぜ長岡の町に行くのか、ということは詳しくは言わなかった。


「あ! このバス停で降りると、乗換えの時間がちょうどいいかも」

 と信濃川を渡る手前のバス停で席を立った。


 彼女は「バイバイ」と手を振って、バスから降りて去っていった。


 彼女が降りたあと、バスは長生橋ちょうせいばしを渡っていく。

 戦前に作られた鉄骨の橋だ。古めかしいがレトロな鉄橋で天井はスレスレに感じる。


 俺は終点の長岡駅でバスターミナルでバスを降りた。


 そして駅の反対の東口に回って高専行きのバス停に向かった。

 手には彼女からもらったチラシとチケット。

 うれしくてたまらない。なにか、まだ夢のようだった。


◇◇


 夜、俺が寮室で、プログラミングしている時に、工藤がアイドルライブから帰って来た。

 今日は、推しのメンバーからレスをもらえた!だの、目が合ったとか、相変わらずオタク全開である。それより早く風呂に入れ、と俺は言いたい。


 ヤツは自作のパソコンに電源を入れた。


 パソコンの中身が見える大きなガラス窓からは、アイドルのアクリルスタンドが光っている。

 LEDは推しのサイリウムの色に統一してキラキラと光る。

 いつものようにアイドルのライブ映像を見るつもりだろう。

 夜中にこのキラキラの「推しパソコン」はまぶしくて、俺の寝つきに悪い。


 LEDを引っこ抜いてやろうか、と何度も思っているくらいだ。

 それより工藤!お前はまだ課題のプログラム、全然書けてないだろが!


 俺はパソコンのキーを叩きながら、こう言った。

「おい、工藤。今日な、帰りのバスで女子高生が隣に座ってきたんさ。彼女からライブのチケットをもらった。その女子高生、スタバの前を歩いていた可愛い子……」


「はい?!何言ってんだ?お前、そんなのウソだろ!」工藤は叫んだ。

「ほれ、コレを見てみろ」


「新潟古町のライブハウスの名前が書いてある……ホントだ。これは彼女のバンド名か?」


「2枚あるけど、お前も行かないか?誰か連れて来てくれってさ」


「どうせ、またロクでもない淡い期待を抱いてないか?お前なんか無理無理。絶対に無理。ワンナイト・カーニバルだ。いや、後のフェスティバルか。怖いお兄さんが出てきて、財布を取られて身ぐるみをはがされて、簀巻すまきにされて、万代橋から信濃川に投げ捨てられる。美人局つつもたせには気をつけろよ、ぼったくりバーだな。ハハハハハ」


「まあそうかもね。でも彼女、すっごく可愛かったぞ」

「巨乳だったか?」

「いーや、そんなんじゃないな」

「無いのか」


 て、なんで胸の話をするんだ。スケベ野郎め。あいかわず工藤コイツの考えることは、エッチなことばかり。


「胸なんて飾りです。エロい人にはわからんのです!」


(相変わらずのガンダムネタですね)


「ふーん、そう来たか」


「で、お前はライブハウスへ行くのか?」


「まあ、お前が誘われたってことなら、怖い物見たさもあるから。いざとなったら、お前をおいて俺は急いでRunaway」


 こいつ、怖い物見たさとか、彼女を何だと思っているんだ!

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