第28話 スイートピーの花
「へファイトス。ギリシャ神話に出て来る神様の名前よ。他のギリシャ神話の神様と比べると…あまり有名じゃない。…へファイトスは、足が不自由な神様…なのよ」
「え⁉︎そうだったの?」
「へファイトスってデタラメな名前じゃなかったのか!」
「初めて知ったよ。へファイトスはギリシャ神話の神様だって
「私…ギリシャ神話は
「
漢字を使う国って少ないんだから。ギリシャ語と日本語って似てるのかな?私はギリシャ語なんて一語も話せません。
中一の英語だけで精一杯です。
「俺は、生まれつき左右の足の長さが違うんだ。それで子供の頃はかかなりからかわれてた。『歩くの亀より遅い』とか『リレーに加わるのやめてくれないかな。君がいると勝てないから』とか…。体育の時とか集団行動の時とかすごく嫌だった」
いつもにこにこしている
「中学でも高校でも散々言われ続けた。今は…短い方の足の靴に、厚底のパットを入れてごまかしている。大学には行かなかったよ。また俺の不自由な足のこと言われるって思ったら嫌になった。
それで…高校卒業してすぐに今働いている農協の職に就いた」
クロタさんがどれだけ苦しい思いをしてきたのかは私に分からない。
でも、その分他の人より沢山努力してきたんだろうな。
「それで働き出して気がついた。俺が仕事で訪ねる施設や団体にいる障がい者はありのままで受け入れてもらっている。なのに俺は…ありのままで受け入れられていないって。これまでずっと周りに合わせようとしてきた俺の努力は何だったんだって分かんなくなった。
そうだったのか…。私は気がつけなかった。城田さん(クロタさん)は一人で苦しんでいたんだ…。
「その内に憎らしくなって、爆破させるとか書いた脅迫状を送ったり、ネットで差別発言をしたりし始めた。悪いことだと分かっていても。へファイトス…俺の差別発言に賛成した奴のSNSのアカウントも消したよ。ほとんど…コンピュータウイルスになってるよな」
「パソコンの使い方はどこで学んだんですか?」
香が不思議そうにしている。確か…香はローマ字がとにかく苦手で、自分の名前ぐらいしかローマ字で書けない。
「高校生の時、コンピューター部に入っていたから。そこで色々と学んで、ついでにパソコン教室にも行ってた」
それにしてはクロタさんの技術高いと思う。
「し…クロタさん。今までクロタさんのこと、何も分からずにいてごめんなさい。気持ちを分かってあげられなくて」
誉が悔しそうに悲しそうに謝った。クロタさんはほんの少し笑った。
「いいんだ、気にしないでくれ。俺も自分の過去をほとんど言わなかったんだ。知らなくて当然さ」
クロタさんはがっくりと床に座った。そしてぼんやりと窓の外を見る。
「今、ようやく俺の罪が分かった…気がする。早く警察に通報してくれよ。脅迫の罪で俺は捕まるから」
「クロタさん。警察に通報しようと俺は思ったけれど、朝スマホと板チョコを取り間違えて持って来たみたいで、俺の手元にあるのは板チョコだ。通報はできないよ」
手に持っているのは板チョコ。う〜ん。サイズや、厚さは似ていると思うけど…。板チョコとスマホは、取り間違える?ってかどうして板チョコとスマホを取り間違えて、ポケットから出すまで…気がつかないのかな。
やっぱり沈黙したクロタさんの足元に、星型のクッションが転がって来た。優太君がクロタさんに手を振っている。
「城田さんもキャッチクッションやろうよ。ふわってしてて楽しいよ。このコテージじゃなくてスイートピー②さ、すべり台もあるし、ブランコもあるよ。一緒に遊ぼう」
「…」
クロタさんは驚いていた。同情の言葉ではなく、誘いの言葉っていうのにさらに驚いたのかもしれない。
「いい…のか?」
「いいよ。城田さんも一緒の方が楽しい」
優太君はにこにこしている。香もにこにこしている。
…って香も
遊んでたんかーい!クロタさんの話聞いてたの?
星型のクッションを見つめるクロタさん。右手がピクッと動いた。
クロタさんはゆっくりと優太君の方を見た。
「俺…君達を傷つけたんだ。それでもいいのか?」
「いいよ。だってクロタさんも傷つけられてきたんでしょ?その傷を皆が分かれたんだから。僕、城田さんの足が不自由って初めて知った…し。今まで…よく頑張って来たじゃん。偉いよ」
優太君…。とっても優しい。
クロタさんは再び星型のクッションをじいっと見つめた。で、勢い良く右手でクッションの角を掴んだ。
「優太君!どうぞ」
「城田さん投げるの上手〜!」
にこにこしている優太君を見て、クロタさんが少しだけ笑った。
左の口の端がほんの少しだけ上がっている。
「ここじゃ狭いから外でやろうよ」
「分かった。早く行こう」
「私も私も」
優太君と香が真っ先に外に出て行った。そういえば…まだ
どうしたらいいんだろう。へファイトスのこと、話す?
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