第13話 信じられない人がいる

「え?相沢あいざわ君。どういうこと?」

掃除が始まる前。興津おきつ先生はへファイトスじゃないのかって賢悟けんご君は言った。

「そもままの意味だよ。障がい者に対して、恨みとか無さそうだし。興津先生は怪しくないね」

「ちょっとそれどういう意味」かおりが口を平行にしている。賢悟君はびくっとした。

「そんな片っ端から大人を疑ってたら一ヶ月経っちゃうよ。それに…興津先生を信じてなかったの?」

すごく香が怖い。後ろにカラスの群れが見えてきそう。

「ち…違うんだ。俺、小さい頃に色々あって…大人を信じられなくなったんだ…。今は、少しずつ大人を信じられるようになったけど、まだ完全に信じられはしない」

賢悟君の目は暗かった。どうしようもない悲しさや苦しさも感じられた。

「そういうことなの。じゃ、いいよ。勝手に怒ってごめんね」

「え?新山にいやまさん…。許してくれるの?」

「私だって全ての大人を信じられる訳じゃないし」

香は賢悟君の手を勝手に掴んで握手をすると、その手をぶんぶん上下に激しく振った。波打つように。

普段からオールを振り回している(カヌーでやってそう)香の腕は、賢悟君のひょろひょろとした腕よりも遥かに強そう。

ってか賢悟君はびっくりしながら手を振られている。

「案外あの二人気が合うんだね」

茉奈まながぼそっと二人に聞こえないように言った。私はうなずく。

「二人ともスポーツガンガン派だし、似てるんじゃないのかな」

「そうだね」

「って言ってる場合じゃなくて、掃除もう始まってるよ」

教室掃除じゃない二人はパッと解散した。早かった。


放課後のスイートピー。誉のお母さんは困っていた。

へファイトスによって、SNS上で差別発言が広がっているらしい。

「どうしてこんなことを…」

「お母さん。三好みよしさんは…それについて何か言ってた?」

え?私達四人(賢悟君も加わった)は首を傾げた。誉がつぶやく。

「ここはあまり有名じゃねえし、お客さんも福祉関係者とか家族に障がい者がいる人とかばっかだ。そういう人達が差別発言をするとは考えにくい。でも…」

「三好さんなら、そういうことを考えてもおかしくないって思ったの?そういう人かな」

「分からない。どっちにしろ、賢悟みたいに俺も周りの…身近な人が怪しいかもって思い込んだだけだ」

そういう誉の目に光は無かった。

誉は基本自分の過去を話さない。私が誉について知っていることは…。

一、私の家の近所。

二、車椅子ユーザーである。

三、毎日学校まで車で送ってもらっている。

四、…無い。以上。

誉はきっと身近な大人から、心無い言葉を言われて傷ついたことがあるのかもしれない。私が知らないだけで。

「三好さんは、へファイトスのこと何も知らなかったわよ。私が言ったら『何それ?奈女田なめたさんVtuber推し始めたの?って言ってたから。嘘では無さそうでしょ」

「はい。そうですね」

何を言っていたのかサッパリ分からないよ。三好さん。

「彼は一ヶ月前にここに引っ越して来て、スイートピーでバイトを始めたの。家賃を払えそうにないからって、今は我が家に泊めてあげてる。だから、この辺のことはほとんど知らないと思う」

「確かに。そういえばこの前、スーパーで卵買ってきてって母さんが頼んだら、この辺にスーパーありましたっけ?って言いながら、スマホで検索してた!」

うん。この辺のスーパーが分からない人がこの辺の福祉施設のことなんて分かる訳ないか。三好さんはへファイトスじゃない。

「どうする?調べようにも調べるものが無いよ」

「香ちゃん…。まあそうなんだけどさ」

…。ああ。このままじゃ十分ぐらいシーンってなっちゃう。

ええっと…。どうにかしないと。どうにかって?うーん。

ちょうどその時、私の目にある物が入った。カウンターから風によって落ちたへファイトスからの手紙。そうか!

「へファイトスから脅迫を受けた福祉施設を調査しようよ。実際に行ってみたら、一つぐらい手掛かりを見つけられるかもしれない!」

「そうか。その手があったか。ナイス、望未のぞみ

「いい考えかもしれない。さっそくち調査開始!」

新山にいやまさん。決断が早すぎない?」

賢悟君は戸惑っている。いつも香は早すぎるからね。

「香。十四〜十五個の施設が脅迫状をもらってんだよ。一つの建物につき5分かかったとして、十五回やったらどうなるんだ?」

「えっと…。七十五分かかる」

「それに移動時間を加えたら?増えるか?減るか?」

「時間がもっとかかっちゃう。一時間以上ぐらい」

「だから、調査の前に二チームに分かれるとか、考えようぜ。でなきゃ途方も無く時間がかかる」

「はい…」

誉に抑え方は上手。私も見習っておこうっと。

「今日は調査無しで、分担と場所確認しようよ。閉店時間近いし」

「茉奈が分担決めてくれる?とりあえず二つのチームに分けたいかな。それぞれの施設の位置は私が調べるよ」

私はバッグからタブレットを取り出して、地図のアプリを開いた。

賢悟君も私の隣の席でスマホを取り出した。

「俺も調べる。二人でやる方が早いでしょ」

「そうだね」

誉はというと…掃除機を持って来て香に渡した。そして床を指さす。

その後掃除機を指さしてどこかに行ってしまった。

「香。どういうことか分かった?」

「うん。誉君のお母さんが出掛けちゃったみたいだから、代わりに冷蔵庫の中身を確認しに行ったよ」

?理由が理由になっていない。どういうこと?

茉奈がズレた椅子やテーブルを元の位置に戻している。茉奈が最後に残ったテーブルの位置を直していた時。

「え⁉︎どうなってるの?」



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