第4話 S組②

「ん?三人でひょこひょこ覗いてんじゃないよ。入りたかったら、失礼しますって言って入れよ。ほら」

ほまれに見つかったので、私達は失礼しますと言って入ることにした。

優太ゆうた君って…今、呼べそう?」

ちゃんと言おうとしたのに日本語が少しおかしくなってしまった。けれど、誉は特に気にしなかったようだ。

「優太なら、今野菜畑にいるよ。おーい。優太!呼ばれてるよ。こっちに来れそうか?」

「うん。いいよ。ほまさんが言うんだったら!」

ゆっくり走っている車みたいに優太君がやって来た。きょろきょろしてる優太君に気づかれないように、さっと誉が私にささやいた。

「優太君のお姉さんと、望未のぞみと俺で…話をしようか」

「優太君。私と遊びに行かない?何の遊びをやりたいかな」

「サッカー!」

「いいよ」

かおりが上手く優太君を外に連れ出してくれた。

「ここに座って」

なぜか置いてあったおしゃれな西洋風の椅子に、誉は座って、と促した。

ここが学校じゃなきゃ、おしゃれなカフェにいるみたいだと思う。そう思えるぐらいきれいな椅子だった。

「優太君はADHDだよね?」

「うん」

えーでぃーえいちでぃー?どこかの組織に略?

「望未。ADHDっていうのは注意欠陥多動性障害のことだ」

誉…。初めからそう言ってよ。私そんなに分りませんから。

「そのADHDって何なの?」

茉奈まなが少し驚いたけど、本当に少しだった。

「そっか。望未ちゃんは聞くの初めてだもんね。私はもう何百回って聞いてきたけど」

「んじゃ説明するよ。ADHDこと注意欠陥多動性障害はとは、主に落ち着きの無さが特徴の障害のことだ。注意欠如とは…忘れっぽかったり、物をよく無くしたりするっていう症状がある。多動性や、衝動性っていうのは、じっとしていられなかったり、席に着いていられない、等の症状があるんだ。

家族や友達とのトラブルも多い」

なるほど。誉は色々なことを知ってるのか。すごいや。

「っていうことがネットで調べたら分かった」

「……」

この場に重い空気が流れたことは、言うまでもなかった。

「そうなんだね」

開いた口は重かったけど、どうにか開いた。誉はにこにこ顔だ。

つまり、気にしていないということ。

「大丈夫。もっと色々な人を頼っていいんだよ」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」

茉奈は嬉しそうだった。

今まで、弟に障害があると言ったら、いつも微妙な反応をされてきた、と茉奈のお母さんは私に言っていた。だけど、誉は違う。

これまで私達の周りにはいなかったタイプの人だ。

それから私達は、色々なことを話した。どの話も面白くて、楽しかったけれど、たぶん茉奈が聞いて一番嬉しかった誉の言葉はあれだ。

「一人で大きい荷物を抱えこむことは難しいかもしれない。でも、二人とか三人とかで分ければ、もっと運びやすくなるよ。苦しさとか悩みもそういうことだと思う」

「そろそろ昼休みが終わっちゃうや。またね」

「誉は部活に入ってるの?」

「ううん。入ってないよ。受け入れてもらえないし。君達こそ…部活入ってないの?」

「入ってないよ。私は外部でカヌーをやってるの」

香が言った。まあカヌーって…学校じゃできないよね。

「私はやりたい部活が無かったから、別に入ってないや」

これは事実だ。私は手芸が好きだけど、手芸部が無かったから学校の他の部活に入るのはやめにした。

「優太の面倒を家で見なくちゃいけないから、部活に入りたいって言ってる場合じゃなかったの」

茉奈の理由がこの三人の中で最も悲しい。あ…。また重い空気がこの場に流れた。誉はとりあえず笑顔になった。

「んじゃ優太君。教室の中に戻ろうか。三人とも部活は入ってないんだよね。だったら帰りは一緒に帰ろうよ」

誉は片手を振りながら、もう片方の手で優太君の手を取った。私達に背を向けると、そのまま教室の奥に入っていった。

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