第9話 イベント会社社長(31歳・男性)
綿墨って、キーボード打つのめちゃ早いのな。
俺の喋ること、端から端まで全部打ち込んでってんじゃん。まぁジャーナリストとしてはこの状況、ちょっとワクワクするんだろうな。まさかこの俺が生霊とばしてお前とやりとりしてるなんて、想像すらしなかったわ。
俺さ、とりあえず何でもしてみる派ではあるけど、生霊やってみて分かったことは、これ結構大変だってことだな。本体ずっと寝てるとはいえ、確実に弱っていってるのがわかるもん。なんだろな、精神力というか生命力というか、とにかく色々削られてる感じがする。
じゃあとばして来んなって話なんだろうけど、こっちにも事情があんだわ。
なぁ綿墨。
俺の一生のお願い、聞いてくれよ。
え、一生のお願いは前に聞いたって?
じゃあ、オフィスに隠してる俺のイチオシ大吟醸呑んでいいから、一升のお願い、聞いてくれよ。
あいつのこと、頼まれてやってくんないか?
そ。お前もよく知ってる、俺たちの後輩くんのことだよ。
俺のことで責任めちゃくちゃ感じて昔みたいになるんじゃないかって、俺もうそれが気掛かりで。
お前、部室で初めてあいつを見た時のこと、覚えてる?
もうさ、とんでもなくひどい顔してたんだよ。
そりゃパッと見た感じはニコニコしてたよ?
でも、俺は一発で見抜いたね。
「こいつ、俺と一緒だな」て。
何がって、他人の悪感情にやたら敏感なとこだよ。
危険回避のためのセンサーが付いてると思ってくれ。
例えば、普段やたら話しかけてくる癖に、本音じゃ俺のことが大嫌いで、何か良からぬことを考えているヤツがいたとするだろ。
そういうのわかんだよ。ほぼ100%当たる。
そういうヤツに対しては先制攻撃かました上に圧かけて退けるのが俺のやり方なんだけど、あいつは真逆なんだ。
自分を好意的に見ていない相手には、愛想笑いで距離を取って何も言わずに下手に付くんだよ。自分への敵意を最小限にするために。
犬が服従の印に腹見せんのと似たようなもんだ。
そうやって今までやり過ごしてたんだろうな。愛想笑いが張り付いて、ひっでぇ顔してたよ。
でも、綿墨ならわかるだろ。
そんなことを続けてたら、自分のことを嫌いな人間はいつまで経っても減らないどころか増える一方だし、都合良く扱われるだけだ。
大学に入ったばっかりの頃って一番ワクワクしてるハズなのに、顔もメンタルも死に掛けてるなんてさ。
ここはひとつ、部長の俺がなんとかしてやらにゃ……て思っちゃったんだよなぁ。
最初のうちはバリバリに警戒されてると思ってたけど、毎日喋って敵意も悪意もないって手の内見せまくってたら、段々慣れてきたんだろうな。ちょっとずつ愛想笑いがとれてきてさ。
素で笑えるようになるにつれて、卑屈さみたいなものも薄くなって。
俺たちが部を引退する時には、他の部員ともそれなりに話せるようになってたから、もう大丈夫かと思ってたんだけどな。
忘れもしねぇよ、去年の春だ。
俺、車に轢かれそうになってた人を助けたんだよ。赤信号なのに自分から踏み出そうとしてたから、慌てて腕引っ張ってさ。
大丈夫ですか……て声掛けて顔見たらビビったよ。あいつだったんだ。
今改めてあの時のことを思い出してるんだが、大学で初めて見た時より数万倍ひどい顔してたな。
愛想笑いすら出来ないぐらい表情が無で、ゾッとしたわ。
俺だと気付いても、口が上手く開かないのか声も小さくて。
落ち着かせてからゆっくり話聞いたらさ。
大学出て就職した先にいたやつが、あいつにとって相性最悪だったんだ。
人前でねちねちなじる。
引き継ぎにわざと穴作って、ミスを誘発させる。
そのミスをカバーしたように見せて自分の手柄にする。
常に大声を出して威圧的な態度を取る。
そいつの間違いを良かれと思ってフォローしたのを上の人間が褒めたことが癪に障ったらしい。なまじ能力があるのが災いしたというか、面倒臭いのに絡まれたもんだ。
周りの人間は巻き込まれたくない一心で見て見ぬふりしたり、加担する人間もいれば、裏でこそこそ噂話したりでさ。
嫌な会社だろ。
倒産しろ。
て、今の俺が言ったら呪いみたいなの発動したりして。ははは。
本当、マジで潰れろよ。
そんなこんなで気が付いたら言ってたわ。
「お前、うちの会社来いよ」て。
立ち上げたばっかりでちゃんと給料も払えるかわからんのに、俺は何を言ってるんだって頭では分かってたんだけどさ。
口が勝手に動いてたんだよな。
うちは小さい会社だからそれぞれの仕事量も多いし、週末はイベントの立ち合いもあって、学生の頃みたいにたくさん時間を使って向き合ってやるのは正直難しい。
けど、これから先のことを考えたらあいつも悪意のいなし方のようなものを身に着けた方がいいし、それが出来るようになるまではガス抜きというか、向けられてきた悪感情を定期的に抜いてやる必要がある。
だから、提案したんだ。
どれだけ忙しくても、出来るだけ顔を合わせて一緒に飯を食おう。
曜日は週末の仕事の気合い入れも込めて、金曜日。
毎週は難しいかもしれないから、隔週で。
時間は夜の7時から。
お互い思っていることを言い合う時間を作っていこう、てさ。
それが上手く機能したのか、今やあいつも相手が俺だと遠慮の欠片もなくズバズバ物を言うようになった訳だが。
あーあ。
ゆっくりじっくり、時間掛けてあいつのこと育ててきたのにな。
俺の補助じゃなくて、一人でイチから任せようと思ってた時にアレだもんな。
まぁでも、死にかけたあいつを2回も助けられて良かったわ。
あいつ、結構クライアントから評判いいんだよ。関わった案件は最後まで投げ出さないで向き合うし、ミスっても正直に謝ってきっちりリカバリーしてくるって。
全ては俺の指導の賜物と言ってくれ。
なんてな。
全部、元々あいつが持ってた能力だよ。
俺と似てるんだから、俺に出来ることはあいつにも出来る。
俺の自慢の後輩だよ。
なんて言いつつも、俺、まだ企画書作らせたことないんだよなぁ。
独り立ちさせるなら、これはマストで出来るようにしないと。
あいつのペースに合わせてやろうとのんびり構えてたのが仇になったな。
よし、ちょっと気力蓄えたらオフィスに行ってくる。あいつ、どんな顔するかな。いつもみたいに軽口叩いてくれたらいいんだけど。
そんな訳で、綿墨。
改めてお願いするわ。
あいつが独り立ち出来るように、手を貸してやってよ。
態度に裏も表もないお前なら、任せられるからさ。
頼む。
はは、過保護か。確かにな。
なんだかんだ言って、あいつがずっと笑って、楽しく仕事して、「生きてて良かった」て思ってくれるならそれでもう十分だし、俺も安心して死ねるってもんだ。
あー、何か言いたいこと言ったらスッキリしたし、そろそろ帰るわ。
次いつ会えるかわからんけど、お前は元気でな。
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