第5話 フリーター(20歳・男性) 

 俺のこと知りたいって言ってるおにいさんって、アンタ?

 よくその恰好で入れたね。このクラブ、ドレスコード緩すぎじゃん。


 俺なんて他のヤツらに比べたら全然普通なんだけどなー。あっちに立ってる連中の方がヤバいって聞くけど。ふーん、俺がいいんだ。


 ほんじゃお近づきの印に乾杯しようぜ。おにいさん、全然呑んでないっしょ。俺と同じやつ呑もうよ。これ美味しいよ。

 えー、いらない? 

 一緒に呑もうよー。同じ酒呑んで俺らともっと絆深めちゃおうよ。ここだけの話、俺、おにいさんみたいなカワイイ系もイケる口だから。


 なんつって、冗談冗談。

 おにいさん、さっきからめっちゃビクついてっから、ちょっといじっただけだよ。

 マジにとっちゃってウケるわ。

 ごめんごめん。

 はじめに言っとくけど、俺、説明下手だかんね。


 そだな……まずさ、うちの親、仕事の都合でいろんなとこに行かされてたの。そのうちのひとつがB町ってとこで、そこさ、町とか言いながらすんげぇ田舎でさ。コンビニもねぇし、金使って遊ぶとことかゼロ。だからさ、年イチでやってる祭がめちゃくちゃ楽しみだったんだよね。

 屋台で焼きそば食ったりしてさ。スーパーボールすくいとか俺、プロ級よ?

 履歴書の特技のとこに書けるレベルだから。なんなら今度勝負しようぜ。


 で、その祭さ、1週間ぐらいやんだよ。結構長いっしょ? 

 つっても、1番盛り上がんのは最後の日な。


 その日、『   様』の引継ぎ式があんだよ。

 え。

 だから『   様』だよ、『   様』。


 あー、なんで聞き取れねぇかな。

 字で書けって言われても、書いちゃダメってじじばば共にめっちゃ言われてたから、書いたことねぇし。何で書いたらダメなのかって? 

 知らねぇよ。それがフツーだったから考えたこともなかったわ。

 な、お前書ける? 無理だよなぁ。

 俺、何回もおんなじこと喋んの苦手だからさ、おにいさん、これ録ってんだったら、後で聞き返してよ。つーことで、話進めんね。


 で、引継ぎ式のことな。


 『   様』って、そこじゃ神様みたいな感じなんだけど、毎年持ち回りで世話する子どもをひとり決めんだよ。

 つっても、やしろの掃除とか食いモン供えるとかじゃねぇよ? 

 そんなクソ面倒臭いこと、子どもが1年も続けられっかよ。俺だったら絶対やんねぇ。


 何するかってぇと、ただくっつけとくだけ。

 で、たまに喋りかけたりすんの。


 よく知んねぇけど、神様だってぼっちが嫌なんじゃね?

 子どもが世話する理由は……なんだっけな、神様に近いから仲良く出来るとかなんとか言ってたような。


 でさでさ、俺もその引継ぎ式やったんだよ。選ばれた時はなんか特別な感じがしてめちゃくちゃ嬉しかったなー。

 式も超簡単でさ。広場のど真ん中にやぐら組んでさ、そこに俺と『   様』くっつけた子どもが背中合わせに立って、引き継ぐ側がこう言うの。


「『   様』おこしんさい」


 そんで終わり。

 な? アホでも出来るっしょ。

 でもさー、なんとなくわかんだよ。

 あ、今俺の隣にいるわ、て。


 なんつったらいいのかな、空気がちょっと重くて甘ったるいんだよ。

 うーん、何の匂いに近いかな……あ、アレだ。ばあちゃんちで食った、腐る手前の桃みたいな匂いだ! 

 そうだそうだ、「果物は腐る寸前が旨い」つって、仏壇に置いてたヤツを食わせてもらったんだわ。あれ旨かったな。また食いたいな。


 神様が俺にくっつくとか超おもしれぇと思ってさ、張り切って喋りまくったよね。

 味噌汁の具が何かとか、セミ何匹捕まえたとか、国語の用意忘れたとか。

 そういうの続けてたら、俺わかっちゃったの。『   様』が喜ぶネタが何か。


 ココだけの話な。


 悪いこと言うと、すっげぇ楽しそうにすんの。


 例えばさ、誰それが溝に落ちてすんげぇケガしたとか言ったら、笑ってるみてぇに空気が震えんだよ。これ、前にやってたヤツは知ってんのかなと思って聞いたら全然気付いてなくてさ。俺、大発見っしょ。


 何コレ、オモシロ!と思って、悪いことばっか言ってやったわ。

 近所の鶏が野良犬に噛み殺されたとか、どこそこのじいちゃんが首吊ったとか。

 つってもさ、そんな都合よくぽんぽん起きねぇじゃん。だからそん時は俺が悪いことしてネタ提供してやった訳。後ろからクラスのヤツ蹴ったらめっちゃ泣いたとか。


 俺が悪いことやったり言ったりして、『   様』が空気震わせて、お互い楽しくてWIN-WIN。

 そんな風にいい感じでやってたら、また祭の時期になって。

 あー、もう『   様』とはお別れかー、もっと楽しいことしたかったなーて思った時にさ、いいこと思い付いたの。


 引継ぎしなきゃいいじゃん、て。


 だってそうだろ、面白みも何もないとこで俺しか持ってねぇおもちゃを何で渡さなきゃなんねぇの?

 そう思ったら後は楽なもんだよね。引継ぎ相手と遊んでるフリしてちょっと押したら簡単に崖から落ちたわ。

 『   様』もめちゃくちゃ震えて喜んでたし、俺、マジで天才。

 相手がいないんじゃ引き継げないってことで、その年の引継ぎ式はナシ!

 なんならその次の年も似た感じで相手潰したし。

 ほんで、俺が引き継いで3年目だったかな。また親の仕事で違うとこ行くことになって、それからはB町には全然行ってねぇ。


 だから今も一緒にいんよ?

 ほら、ここにいるじゃん。


 もうくっつけて10年? 15年?

 周りのヤツらには視えてないっぽいけど、俺にとっちゃ隣にいるのがフツーだし、もはやツレだわ。なぁ。

 あ! コイツの名前言いにくいんなら『オツレ様』ってどう?

 オツレ様いらっしゃいました~的な。いいじゃん、そうしときなよ。


 ていうかさ、俺のことって誰から聞いた?

 あぁ、ホールのアイツか。あの野郎、俺が来たら超ビビんだよ。

 すぐ目そらしてキョドりやがるし、いつだったかな、俺のこと見て吐きやがったんだぜ。マジで失礼過ぎんだろ。

 何が視えたんか知んねぇけど、きっちり仕事しろよな。

 ホント、いっぺんやっとかなきゃダメだわ。

 

 なぁ、『   様』。

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