ダルク・アーストロフ:後



(ああ)


目が覚めて、すぐに地獄にいると分かった。

真っ暗な世界。死だけがある世界。

人体実験なんかに加担してたんだ、当然だ。

いいや、それよりももっと。


(無二の友人を。

愛した人を、ばけものに変えたからか──)


それならば納得だ。

自分の罪の重さが、それでならわかる。そうして亡者が自らに襲いかからんとするの見えた。それらも、自分が死に関わった者たちなのだとわかりながら…




『散れ、亡者どもが』


黒しかなかった奈落に、蒼い焔が薙いだ。

全ての亡者を薙ぎ払い、なお燻る蒼。

目に焼き付いて消えない、幽界の炎。



『ここは、俺とあいつが共に居る奈落だ。

貴様らなぞに邪魔をされる筋合いはない』


狂った発言と狂愛に満ちた男の声。

それと共に第二波の蒼炎が目の前を満たし。

ボクはそこから遠く、遠く走って逃げた。

逃げる意味もなかったけれど、ただその男が怖くて。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




『……うん?』


そうして逃げ出したその先で。ボクはなにかにどん、とぶつかった。それ…いいや、『そいつ』はボクをそこでようやく補足して。そうしてから興味が無さそうに首を振るった。



『貴女、誰かはわからないけど…だめだよ。ここは、私と彼が二人きりでいる為の場所。だから、出てって?』


ここは地獄じゃないのか。

と、きょとんと聞けば、その巨大な存在は妖しく微笑んだ。表情の筋肉が無いというのに、顔を歪めて。

ここがどうあれ、私たちはここでいることができてるのだ。だから、ここはもう、二人きりでいるための場所。それに変わらない、と。彼とは誰だろうか。さっきの、亡者をも焼き尽くした鬼のような男のことだろうか?聞くことはなかったが、そうだろうとは思った。


出ていく。なるほど魅力的な提案だ。

だけれどボクはできない相談だと言った。

もう死んだのだから戻ることもできない。

彼をこの手でああしたのだから、ここにいるべきだ。

彼のいるところに、いる資格もないのだ。


…そう言った途端にそいつは急にこちらに興味と関心を示した。どちらかというとその、後半の文言について。


『ふうん。貴女は、その人を愛してたんだね』


そう、真正面から言われると照れ臭く。

でもただ縦に頷いた。


『その人に、貴女はきっと負い目を感じてるんだね。

だけれどその気持ちだけは捨てる気はない…』


『…分かるよ。

私も愛というものに苦しんで。だけどその愛こそ、私を作ってくれたから捨てられなかった』


左腕の存在しない、その強大な生物はほうと息をついてから、そうしてこちらを向いてじっと視線を向けてきた。

その生物が何かは、わからない。一度も見ることがなかった。見たこともない、美しく、恐ろしいものだった。


『ねえ、貴女。名前はなんていうの?』



フルネームを、名乗る。



『ふふ、いい名前。ねぇダルク。私、やっぱりここには彼と二人きりでいたいから貴女を追い出す事にするね。

そして、その代わりに…』


『……私の呪いを貴女にあげる。私が呪って、貴女を生きていた世界に送り返してあげよう。そうしたら貴女はもっと、別の未来を選べる?選ぶ、気力は残ってる?』



驚いた。

その、提案のあまりの都合の良さにも。この目の前の存在が、そんなこともできるほどの偉大な生き物であるということにも。



「…やる」


「やる、やる!やらせてくれ!

ボクは、ボクは!あいつが、ヴァンがこんなことにならないためならいくらだってなんだってしてやる!世界だろうとなんとかする!」



『いい、返事。なら私の呪いを貴女にあげる。

私がその愛し人のために呪ってあげる。…運命って言われるようなうねりがあって、それに従わないことで。ダルクはもっと苦しい思いをするだけかもしれない。それでも、いい?」



『…うん。なら、悔いの無いようにね』


『頑張ってほしいんだ。ダルク。私に…

…竜に呪われた、聖女さん』



ああ、なるほど。

通りで見たことのないはずだ。

この存在は昔昔にとっくに滅びたはずの竜だったのか。

そんな、呆然とした感情のまま、意識が消えて──





……





「ダルク、ダルク?」


「…はっ……

……ヴァン?…ヴァン!ヴァンっ!」


「うわ、ちょっ、な、なんだ!なんだよ!?

苦しい、苦しいって!」


「あはは、ヴァンだ!あったかいよう!

あはは、ははっ、ぐすっ、あはははは…!」



……こうして、『二周目』が、始まった。

ボクが学園に出立する前の日。

彼のベッドの中でボクは彼に抱擁し涙を流していた。





……




さて、まずどうしたものか。

ボクがどうやら戻ってきたのは、学園に出立する前の晩。つまりはまだ力も地位もない時だが、代わりに時間の猶予はある。

学校に通うのは止められないから、寮に行くのは変わらない。ではそこからどうするべきか?


滅びた1周目。あの時とおおまかに起きることが変わらないのであればボクとこの世界の終わりにはざっと5年の猶予がある。


そして、まず変化したことが一つ。

ボクの体はとんでもなく強靭になっていた。元々弱くはなかったが、慣れないうちは鉄の匙を折り曲げ、踏み出した石床がかち割れる。自分に宿る魔力のモチーフにしていた蛇が、恐ろしく強大な存在になって、全てを呑み込む存在になっていた。…おっと、これじゃ変化内容が二つか。


なんにせよ、これはつまりあの竜の呪いということだろう。ただこの現世に戻るだけではなく。不死身の力とそのまじないはボクの聖女として持っていた力を乗っ取り、そういう膂力に変えてしまったのだ。それのせいか、まあとことんお腹が空くような体質になっていたのも物凄く困った。具体的に言うには、学園側が出していた費用すら足りずにバイトをしなければならないほどに…


と、まあそれはどうでもよく。

目的はまず、世界をああまで『詰ませ』ないことだ。そうすればヴァンがああなることもなく、そもそも死ぬことだってない。

その為にはどうすればいいか?



思い当たる節が、一つだけあった。


(ボクが二代目聖女にまつりあげられた時…いや、さらにもっと前から初代聖女がもういなかった。確か魔物に殺されたのだと…)


嘘だ。

あの時は、どうでもよかったからそんな事にも気付きはしなかったが、今回で情報を集めるにあたって、そんなことはあり得ないと知った。というより、さっき言ってた話。飲食店でバイトをしている時に、お忍びでこそこそと食べに来ている大食らいの初老の聖女さまにばったり出会ってしまったのさ。


ああ、ありゃ怪物だ。

ボクが自分を天才だと思い込んでいたことすら、恥ずかしくなるような傑物。ああまでゾッとしたのは、それこそ世界を滅ぼしたあの黒い影。『魔女』を、間近で見た時だった。

そんな存在が魔物程度に?死ぬわけがない。

そうなると答えは一つ。謀殺されたのだ。

何か子供でも人質に取られたろうか。

それとも縁の深い人物に殺されたか?


ふと、1周目で自分を追ってきたドクターが脳裏に浮かんだ。ハイレインだったか。噂によるとあいつも聖女さんの養子だったらしい。

まあこれについては、ただの予想を通り越した、意味のない妄想だ。


なににせよ。

やはり初代聖女・グラントーサ。

これがかなめだ。

謀殺された理由は、絶対的なまでの集権に邪魔だったから。逆に言うならば、彼女が生きていればこの世界がこうまで暴走をする事はないのではないか。

更にグラントーサのその力は魔女に匹敵する。万が一魔女が目覚めてもそれに対抗する手段となり得る。一石二鳥だ。


ならばその初代聖女を、活かせるように。

ボクはそれを徹底的にサポートしよう。


その為にボクがやる事は…




「きゃっ…ごめんなさいね。

少しぼーっとしてたわ…」


「…ってあら、あなた…⬛︎⬛︎学園の子?

それに…以前も会ったことがあったわね。

怪我はないかしら?お名前をお聞きしても?」


「…はい!聖学専攻を希望するダルクです!

将来は…ええ、恥ずかしいのですが。

聖女さまになれたら良いなと思っています!」


「あら、あら!ふふ、それは頼もしいわね」



……初代聖女さまとの、偶然を装ったコネクション作りだ。聖力は使えなくなってしまったが、その上で呪いの力は絶大だ。そうした上で彼女に気に入られれば、付き人になることも…!





……



…グラントーサと縁を作る。

それはとてもうまくいったことだったのだ。

で、あるのに。

だけれどボクの長期的な計画はうまくいかなかった。どうにも、うまく行ったことがまともにないんだほんと!


イスタルテ・グラントーサが毒を盛られたことは、一度や二度じゃあ済まなかった。ボクが秘密裏に葬った人質計画も尋常な数ではなかった。学園生活を不良生徒として暮らしながらそうするのはまたとっても大変で、げんなりとしてはいたものの、それはそれこそ魔力と引き換えに得た身体能力のおかげでクリアーできていた。


その変化は絶大だった。

初代聖女は、自らがその任を退くと言って、そうしてボクに後任を預けようと言っていて尚、しかしその発言力は絶大で。

むしろ、聖女としての任を降りたからこそ王権とはまた別の独立した教会勢力となることで一層、ストッパーとして機能をしていた。

1週目のボクがこの頃になる時には、もっと世界は荒廃していたというのに、今回は瘴気の量もなにもかも比べようがなくマシだった。



ダークナイトの作成。

その、『事後報告』が聞こえるまでは。


イスタルテ様はまあ烈火の如くブチ切れて。おいおいと泣きながらボクに愚痴を言い。そしてボクもまた、誰もいないところで不満を爆発させた。


「ダークナイトが、もう作られてるだぁ!?なぜ、ボクが協力せずともこうなる!いや、なるほどな。一周目本当にボクはただの傀儡だったんだな。ただのテイのいいスケープゴートだったわけだ!クソッ!」


「……いや、まだだ。絶望するのはまだ早い。だってヴァンは立候補してはいないはず…!」



していた。なっていた。

膝から、崩れ落ちるようだった。

そしてその前に全力で殴り抜いた。



「馬鹿!大馬鹿!なんで、どうしてそうなるっ!」



「一度帰ってきた時…お前、友達居なかったろ?それになんかすごく疲れてるみたいでさ。だから、その、なんていうか…お前が一人じゃないようにしてやりたかったんだ。だから、せめてずっと横にいれるように、って」


「バカ!バカ、超バカ!

ぜんっぜんかっこよくないよクソアホバカ!」


「マジ!?僕はそうしたらかっこいいと思ってダークナイトになったのに!」



そこまで聞いて泣き喚いて、絶望した。

一周目と、ほぼ同じことを言っている彼に。彼の言動は変わりはしない。まるでそうなることが定められているかのように。ボクのことなど意に介さない何かがあるように…


「……運命だとでも、言いたいのか。

彼が、こうなってしまうことが。彼がこうなることが。ボクが、彼を救えないことが。ボクのせいで彼が人でなくなることが」


「諦めるか。諦めるもんかよ!まだだ、彼はまだ、なんとかできる!まだ、ここからどうにか…する。世界を滅ぼすのだってさせやしない!」



前周ではただ王権に従うのみだった聖女勢力が、今や聖女協会とした力を持って、王都の方針に反対をしている。これは大きな変化だ。ドクターに関しては、前週の追われた記憶もあり正直苦手意識がある。だが戦力としては間違いない。これさえあれば、まだ。


…不幸とは、幾らでも重なるものだ。

それはヒビの入った器が割れたように、それまで留まってたものが溢れたからなのか、それとも不幸にかかずらっている時間が長く次の不幸が来るまでの時間を無駄にしてしまうからなのか。

わからないが、ともかく。



そうして考えてた時期のすぐに、『魔女』が完全顕現をした。それが起こったと知ったのは、それもまた事後報告。初代聖女がその身を投げうち、それを撃退した。だが消滅には至らず、残り滓が世界を通って行ったと…


……魔女。

過去の恐怖から作られた架空の存在。全ての要素がそれらの妄想に似通った存在が産まれたのは、やはりこの世界のルーンと瘴気による恐怖が具現化した歪みの集大成なのだろう。その恐怖こそが彼女の力となる。ならばこそこの世界でも、向こう側の世界でも『暴食の魔女』は異形と恐怖、怨嗟と崇拝を煮詰めた存在となるだろう。


(…グラントーサ…死んだのか。

ボクが間に合えばどうにかなったのか?

いや、きっとただ足手纏いだったろう…そうさ…)


利用の為とはいえコミュニケーションを重ねていた存在の死は、少しならずとも悲しいことだった。だがそんなものに心を割く時間すら今はない。こうして、ボクが聖女として手伝うこともなく、魔女の顕現とヴァンのダークナイト化が進んだのならば前周においてのタイムスケジュールはもう頼りにならないと思って良いだろう。

そして、何よりも。


「くそっ…行かなけりゃ、いかないか。

あっちの世界に…!」


あちらの世界にも、魔女の伝承があれば。その恐怖とルーンを依代に奴はあちらの世界で力を取り戻して改めて世界を壊してくるだろう。あちらを壊してから、こちらに戻ってきて。


例え運命が、あるとしても。

それでもただ滅びるだけだったこの世界がグラントーサの犠牲の末にまだ存続している変化がある。だからまだ、それらを変えられると信じる。そうしなければならない。



「……ヴァン。

ボクはキミと二人で遠くに出掛けるつもりだ」


「それ…出来るのか?特に僕なんて人目に触れちゃいけないし、ずっとここにいなきゃいけないって言われたぞ?」


「ああ、だからバレたら即処刑モノだね。怖気付いた?」


「まさか。付いてくよ」


「多分、おじさんやおばさんとも逢えない。

それでもいい?」


「はは、僕がこうなったのは…カッコつけたいからだ。

それが親恋しさ自分恋しさにお前と一緒にいるのをやめるなんて、ダサすぎるじゃあないか」


「…そうだよな。

ずっと、一緒にいてくれるんだよね、ヴァン」


「ああ。僕らはずっと一緒だ」



そうしてボクらは第一世界に。

飛んで、行った。

魔女の世界滅亡を止める為に。





……




第一世界。

ボクらが今そう呼んでいる所に、辿り着いた時。ボクらはまず死ぬほど驚いた。まあこうも、何もかもが違うものか。

技術体系は小説の中の中世のようだし、まあ空気はとってもとっても綺麗だし、何よりも生き物の数が多い!



潤沢。

そういう言葉が一番似合うような、そんな世界だった。

なるほどここを観測した王さまたちがこっちを乗っ取ろうとしたくなるわけだ。あっちの終わりすぎた世界からこっちを見たら、どうあってもそんな移住計画をしたくなるだろうよ。

だからこそ、その罪深さはよくわかった。

この溢れ出た瘴気が、第一世界すら蝕んで、普通の生き物すら魔物に変えていることは到底許されるべきではない。



「ほら、ヴァン立って!

ダークナイトの戦い方っていうのはこうしなきゃ!」


「痛…くはないけど!なんでこんな戦い方しなきゃなんないんだ!」


「まったく…いいか、ヴァン。

戦いというのは結局のところ、リーチの勝負だ。剣より槍の方が強い。弓より大砲の方が強い。そして、もしあるとするならば、指先一つで遠くを爆発できる何かの方がよっぽど」


「まあ、そりゃそうだろうな」

 

「それでも、近付いて戦う意味があるならば、それは恐怖だ。スケアで与えるまやかしの死の恐怖でもない、銃の爆音で与える感覚的恐怖でもない。骨髄にまで染み渡る、真の恐怖。それを与える事こそが、剣を使い続ける君たちの強さだと言えるだろう」


「だから、こうしてお前にころがされるのも仕方ないって?…っと、うわ!」


「こっちの世界にも魔物はいるみたいだからね。ダークナイトとしての戦い方は、ちゃんと身につけないと!」



そんな中でボクらは、着の身着のままに歩き続ける。彼がもし一人になっても戦える様に、そんなことを教えながら。

『世界の淵』と言うだけあってとてつもない辺境に世界同士の穴はあってね、まともに人がいるところまで歩くことにまず苦労したものだよ。そして人に少しずつ合うことが出来ても魔女の足跡を辿るのはとても苦労したよ。



「うぐ、う、ああああ…」


「!またか、ヴァン!しっかりしろ!」


「……まずい、な、いよいよ…なんかおかしいよ、僕」



そしてまた、段々と理性がなくなりはじめるヴァン。彼は初めの頃こそ平然を保っていた。だがこちらの世界、瘴気を失って数ヶ月をしてきて。正気を失い人を襲い始めようとしていた。

瘴気を浴び続けた者は舌が、脳が黒くなり狂うことは承知の沙汰だが寧ろ瘴気の力そのものを身体にした彼らにはそれがないと生きていけないのだ。


(…やっぱり、キミは連れてくるべきではなかったのか…?)


がつり。


ボクは彼の意識を奪って、棺桶の中に入れて歩く旅をした。当て所もなく、棺桶を背に歩き続けた。お腹が空いて仕方がなかった。こちらの世界に来てから、おかしくなったのはボクもだった。

この呪いが、力があちらの世界の由来だったからか。それが無くなった第一世界での今、特定の存在にとてもとても、食指を惹かれた。


つまりは棺桶の中に入れている、自分の親友。それを、食べたくて仕方が無くなっていた自分に、怖気が走った。



それらを我慢して、歩いて。

壊れそうになりながら歩き続けて。


行き倒れた。


その、先で。ボクは罪に出会う。

この世界で、手を差し伸べてきた存在。



「…お。よお、目覚めたか?

いやよかったよかった。ここらで死なれたら目覚めが悪いからさ。それに、友達に助けるって言ったばかりだからまあカッコ悪いし…」


簡素な寝床の上でボクが目覚め、そうしてその人物を見た時にどれだけ驚いたことか。そうしてボクは初めて、この世界がどういうものなのかも知ったんだ。


「行き倒れなんて大変だったろう、ゆっくりしてくといいよ。父さんたちも別のとこ行って久しいし、場所は余ってんだ」


「ん?オレ?

オレはヴァン。ヴァン・アークライトってんだ」


ボクに手を差し伸べてくれたのは、ボクらの世界で笑いかけてくれたキミそのものだった。一人称も、口調も違う。

であるのに、ボクの五感全てが認識した。

キミが、キミであることを。





……




……そうだ。

第一世界、第二世界は別の存在。

そしてまた、それ以上にずっともっと近い存在なんだ。つまりは、片方の世界に存在している『A』は、もう片方の世界にも存在する。Aに似た…いいや、同一であり同一でない、A′が存在するのだということを。


そしてまた、同一の存在が出会った場合にどうなるのか。それも、分かることになった。もう一人の、『オレ』のヴァンの家で暫く滞在させてもらっていた中で、ボクはある人物に出会ったんだ。



「……あ……」


「キミ…いや、お前は…お前……!」



性別までちがった。

だが、すぐにわかった。

そいつは、『ボク』だった。

ダルクそのものの、同一存在と出会った。

なるほど、道理だ。

こちらの世界でもボクとヴァンはずっと一緒だったのだ。だからこっちの世界のヴァンと共にいれば、こっちと出会うことになるだろうとも。


それなのに、すぐに。

おぞましい欲求が自らの脳を噛み砕いた。


殺せ。

もう一つの自分を殺せ。

そうしてはならないと考えた思考と合理性を、衝動が担保した。どっちの世界のボクも、Aの方もA′の方も同じことを考えてたと思う。

そうだ。同一の存在を見てしまった時のその感覚。それは自らのアイデンティティを脅かされるというような恐怖。自己批判を極限まで煮詰めたかのような邪悪なまでの苛立ち。怒りと恐れの全てが、言った。



『目の前の自分を殺せ』と。



…どっちが勝ったか?なんて質問は意味がない。

ボクはその時からボクであって、ボクそのものでなくなった。そのものでありながら、ボクでなくなったんだ。

どちらが、どっちを殺したのかはその実わからない。

なぜなら、『どちらの記憶』もボクの中にある。

殺して、顔面をぐちゃぐちゃにしているボクの記憶。

殺され、足の下に敷かれたボクの記憶。その二つともの記憶が、全く同じ時系列で自分の脳の中に入力されているのだから。


そうだ。その時からボクは、ダルクは。

どっちでも、なくなった。

元は、女だった。

男である、ダルクが混じった。

いや男である方に、女が混じったのか?

それすらもわからない。どっちが元だったかどうかなんて、考えるだけ意味のないことだ。どっちでもあってどっちでもない。


二つの世界のルールは、誰が定めたんだろうね?

何にせよ、残酷だよ。

この二つの世界のAとA′の関係はつまり。『殺すと、一つになる』。一つとなり、完璧に近しくなる。ということだ。



「!よおダルク、来てたんだな!

…うお、お前血塗れだぞ!?どうしたんだ!?」


「…あは、ははは。ダルク、か。

ボクはダルクか?ダルクのままでいいのかい?」


「お、おお?どうしたんだよ。

…オレは、お前に何が合ってもお前だと思うぜ」



……ボクが、ヴァンに抱いていた感情はなんだっただろう。第二世界のボクは、彼に恋慕を抱いていた。第一世界の男のボクは、彼を心の底から親友だと思っていた。ではその二つが混じった今はなんだ?

わからない。

わからない。

わかることは二度とない。

二つが混じり合って、どちらがどちらでもあって、どちらもがどっちでもない。クリームとステーキが混じり合ったような、どちらも好きなのにどちらも混ざったもの。甘ったるくて、しょっぱくて、ぐちゃぐちゃで吐瀉物のような味がするもの。


あの世界でボクに手を差し伸べ続けたもの。この世界で初めて笑いかけたもの。それはその二つから一つになって、二つとも弾けて消えた。


愛したもの、恋したもの。

どっちにどっちを抱いていただろう。

どっちのボクがどっちを想っていただろう。

それも全てわからないままに

ボクはそれでも彼を愛する。

ボク自身の存在はなんだったか。どっちでもいい。どっちものボクは、どっちものヴァンをずっとずっと、想っていたのだから。


そして、だからこそ。

こっちの世界のヴァンを騙してでも。ボクはもう一つの世界の彼にも戻ってきて欲しかった。



「…………ねえ、ヴァン。

ちょっと、こっちに来てくれないか。ねえ……」



…ボクは、棺桶の中で横たわるダークナイトのヴァンの前に、こちらの世界のヴァンを連れてきた。

そして、そして…ボクは、彼の頭を……


………ヴァンを、一つにした。

この手で、彼を殺して。



「あは、あはははは!

あああああ、ああ!ははははは…ッ!」



一体化した二人のヴァンを前に。

罪の意識を忘れるようにボクは笑い続けた。






……






……第二世界で、少数のドクターどもが進めてた計画だったのだから、第一世界で進められないわけがない。それも、潰しておく。聖女のクローン体を手に入れた顕現こそが、一周目の終わりだったのだから。


第二世界から来て生き延びてたドクターも殺して。クローン体を潰した。と言っても、ローラウドがすでに大暴れしたあとだからボクがやれることはさして残ってはいなかったけどね。

だからこそ、ボクが初めてイスティに出会った時はびっくりしたんだ。クローンは壊したはず。であるのに、何故?と。答えはシンプル。ドクターが別拠点で、まだしこしこと作っていた。それだけだ。クソめ。


王都で、コネクションを作っていた。

それも後ろ暗いような、所。

盗賊ギルドでのやりとりはいつか役に立つだろう。だから足を洗うのに失敗して死にかけてたジャックとかいうゴロツキを助けて、そこ経由でそれを手に入れる。結局これもローラウドに利用されただけだったな…まったくもって、失敗続きだよ、ボクの全ては。



さあ、彼が起きるまで、準備を。


…あの後、起きたヴァンにボクは殺されてかまわなかった。それくらいのことはしたし、そうしてくれるなら、もういいと思っていた。だけど、棺桶の中から立ち上がった彼は、こっちを見て予想外のことを言ったのだ。


「……不思議だよな。

今、『オレ』は『僕』と話してきたんだ。片方が人間じゃないからか、どっちの意識も、混じらず、保ったままで…」



片方が生き物の出来損ないだったからか。

そしてまた、ダークナイトの足りない部分に人としてのパーツが足りて。一つ分では足りなかったものが二つとなり、より完璧に近しくなったおかげで。ヴァンは、ダークナイトとして特別な存在となった。…そう、彼の特別性は彼の才能やらそういうのではない。二つの彼が、どちらも混じった先だからさ。


「オレにも僕にも、お前を恨む気持ちは無い。

……だが、これはだめだ」


「…え」


「オレたちは、この記憶を知っていてはいけない。

これがあればきっとオレは、ヴァンはおそろしい存在になってしまう。それこそ、運命に操られるような…」


「……だから、僕は、オレたちは一度眠るよ。

この記憶を、薄れさせてただのヴァンに戻るべく」



「…そんな。ボクをまた一人にするのか?」


「大丈夫。すぐ戻ってくるよ。

その時は、ただまっさらな、お前の友だちで」


「名前も…そうだな、ヴァニタスなんかで名乗り直してさ。

ただまっさらにお前の横に居させてくれよ」



キミを死地に追いやったボクに愛す資格はない。

キミを殺したボクには愛する資格は無い。

likeなのかloveなのかももう分からない。

だけどせめて。


キミの横には、いさせて欲しいんだ。

キミのゆいいつの、ともだちと、して。

だからせめて、この世界は救う。


罪を精算するために。

そうしなければ、いきていけないから。






……




「……ようやっと、目覚めたかい?

ヴァン。ボクのことを覚えてるかな?」


「よかった。忘れてはないか。

ボクは今、そうだな。探索者として日銭を稼いでいてさぁ…ちょうどよかった、一人じゃ生計が成り立たなかったとこだ!」




……



「…キミの戦いは、皆に嫌われるね。

ダークナイト、か。あっちの世界の侵略はちょっとずつ進んで…こちらでも嫌われものらしい。かなしいね」


「そうだな…1番の激戦区に行きゃこうはならないかも」




……



「……ここがラウヘルか。寂れたとこだけど、いいとこだよね。…ん?なに?結局ここでも自分を恐れて誰も寄り付かない?

カッコつけたくてダークナイトなんぞになったのに、って?」


「……はっは!いいんだよキミはそれで。

…ボクにとっては最高にかっこいい騎士なんだから」




……



イスティとの出逢い。

ラウヘルの壊滅。

辺境の村での戦い。

王都での立ち回り。

ボクらの、旅。




……





─ぷはっ。

長い、長い口付けを終えた。

酸欠には、なることはなかった。




「───ダルク。」


「やっと思い出したかい?このねぼすけさん」




褐色肌が、くすりと屈託なく笑った。

そうして少年に一度、頬ずりを、して。


そのまま、串刺しのまま、動かなくなった。

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