ダルク・アーストロフ: 前



過去を語る、か。

いざするとなるとなんだかこう…やりづらいね。

むず痒いし、どこから話したらいいもんか。


そう、だなあ。

まず。ボクはこっちの世界での…

第二世界での聖女だったんだ。

半分はそう言っていい、筈だよ。うん。


え?ごめんごめん、わざとはぐらかしてるわけじゃないんだ。ただ少し曖昧というか、混じってるんだよ。何と、と言われると…ううんそこについても、おいおい分かるよ。だからもう少し話を聞いてくれよ。


ボク、ダルク・アーストロフは最初は女の子だった。そうだった。まあどちらが最初かなんてのは意味のない定義ではあるが…ああいや、こんなこと話してるとまた横道に逸れるな。ボクの数少ない悪い癖だ。ここからは出来るだけ短く行こうか。




……



発端の『ボク』は第二世界に産まれた。両親は早い内に亡くなってね。別に珍しいことでもなかった。瘴気汚染とそれによる魔物の被害はよくあることだったし、むしろそこで、子供だけでも守れた両親たちを運が良い、そして勇気のある人だと賞賛する声も多かった。


なんてことは無く、遅くまで帰ってくるなと言われただけだったんだけどね。くく。ルーンが見える、なんて嘯く餓鬼だ。父も母もよほどひどい腫れ物としか見てなかっただろう。



まあそんな経緯もあってか、ヒトなんて昔からあんまり好きじゃなかった。天涯孤独になったボクを受け入れてくれたおじさん、おばさんもとても善良な人ではあったけど好きかと言うと別で。ボクなんかを引き取らなければ良かったのにと、不合理を訝しむような…ああ、本当に失礼なことだけど。見下し、が大きかったと思う。


ボクはこの頃から頭でっかちだったからね。知識の量だけはある、クソガキだった。だから全てを見たように達観した気になって、この世界を分かったようなつもりで冷笑と共に全てが馬鹿だと思ってた。


ただそんな中で。

別にそんな嫌いではないって思える人間が、一人だけいた。



「だ、か、ら。この答えがこの解法を使ってこうなるんだから。こっちの数もこう出来るだろう?」


「……?なるほど、な!」


「はあ…

まったく分かってない時の『なるほど』だね」


「う、ごめん…」


馬鹿で、誤魔化しばかりして、かっこつけしいで。

素直で、馬鹿で、そんなボクの友だちだった。ボクを引き取ってくれたおじさんおばさんの、子ども。

学校に行くことも出来ず、ただ独学で教養を学んでいたボクに目を輝かせて、教えを乞うてきたのが初めての会話だったのは今でも、覚えている。今でも大切な思い出さ。


その男の子の名前は、ヴァン。

ヴァン・アークライト。ボクの唯一のともだち。

遊ぶ相手が彼しかいなかったからか。そこにいるのは彼だったからか。初めて会ったのが彼だったからなのか?少なくともボクは、彼と話している時だけはとても楽しかった。



「はぁ、ずりいなあ、ダルクは。

お前一人でなんでもできちゃうんだもんなあ」


「ズルなんてしてないだろう。キミがボクに勉強もちゃんばらも口のうまさも、背の高さも何もかもが構わないのはキミ自身の努力不足」


「おまえだって、そんな努力してないじゃないか!

なのにおまえばっかり凄くなってさー…」


「ふん。ボクは天才だもの。

キミや他の凡人とはモノが違うんだよ〜」


「けーっ、感じ悪っ!」


…ああ、まあ、言わんとしてることはわかるさ。

この時のボクはまあ天狗な事この上なかった。というのも、本当にボクは全ての飲み込みが早くってね。本を読めばその内容を全部ものに出来たし、運動も教えられれば基本その場で一発で出来た。

本当に、なんでも出来ると思っていた。

自分の望む事ならなんでも。


その全能感が裏付けられたのは、ボクらが8歳の時だった。いつも寝る前に読んでた本の中に、どうにも腑に落ちないというか、ここが違うんじゃないか?という疑問があって。それを書にしたためて、おじさんに頼まれたおつかいと共に街のポストに入れた事があった。


するといつかの夜に、急いだ様な伝書魔が家に辿り着いてきたのだ。初めてそんなものを見たおじさんもおばさんもヴァンも驚いてたっけね。ボク?驚いたよ。でも必死に平然としたふりをしてた。



『デ、伝令、伝令、ナリ!』


けたたましい魔力の塊が言うには、件の手紙を書いた者は何者なのか、と。是非とも都に来ないか、王都の学校に編入しないか、というまあ恐ろしげなほどの栄転の伝達。費用もこちらが持つなんて言われて、ボクらは喜んで頷いた。


この誘いに乗れば、ボクはヴァンたちと一緒にいる時間も相当に少なくなるだろうとは分かっていた。だけどそう思っても喜んで頷いたのはつまり、そうして都心に近づかねばならないほど、辺境の瘴気の汚染はどうしようもなくなっていて、ボクらもどうしたものかと思っていた所だったからだ。



「なあ、ダルク」


「なんだよ、ヴァン」


「……おまえ、寂しくないのか?

寮に行って、僕たちと暮らす時間も少なくなる」


「ぜーんぜん。だって丸ごとキミら近くに来るんだし、会おうと思えばいくらでも逢えるじゃない。

……おや、おやおや。ヴァン。まさかキミは寂しいの?ははっ、だっさ!」


「う、うるさいな。僕は、お前が心配で…!

………いや、うん。やっぱり僕、寂しい。

ダルクとずっと一緒に、居れると思ってた」


「え、あ、ああ…そう?そうかい、ふーん…」



……友情、として抱いていた好感が甘酸っぱい何かに変わっていったのは、たぶんこの頃からだったかな。ボクがその学校に通う前の最後の晩、いつものようにベッドの中で二人手を繋いで、そんなトークをしていた時のこと。弱々しくて泣き虫な彼が、でもかっこつけしいだった彼が、しゅんと、本音を言ったそういう瞬間が、変化のさきがけだったんだと思う。



「…泣かないでよ。ボクだって出来る限り逢いに行くよ」


「…泣かせてよ。お前が次帰ってくる頃には、僕ももう二度と泣かない、強い男になっておくからさ」


「本当?約束だよ?」


「ああ、約束だ」


ぎゅっと、毛布の中で指切りをした。

あの時の体温を、未だに忘れることは出来ない。ボクはこの体温をただ過ちで二度と無く、したのだから。






……




そこから、時は5年くらい飛ぶ。チャンスがあれば顔を見せるなんて言っておいて、ボクが学校に行ってからの日々はまあ忙しくて、とてもそうして顔を見せに戻る機会なんてなくて。


なにくそ、とボクがムキになってそういった期待についつい応えるものだから大人たちもまあ喜んで、更なる負荷量の学務を渡してきた。そんな対応をしてたら、まともに帰れる時間も取れなかった。


成績?ああ、そりゃあダントツトップだったさ。まともに学校に行くようになって改めて実感したのは、ルーンを地力で見る事が出来て、学ばずに練ることができる人物というのが本っ当に貴重だったってこと。だから魔術聖術はぶっちぎり。体術系も、ヴァンとさーんざんチャンバラしてたから他のもやしっこなんかには負けない。


……正直、気分は良かったよ。

時代の寵児だの神の教え子だの、どこに行ってもちやほやされるんだもの。調子に乗らない人が居たら教えて欲しいもんだ。ふん。


ただまあそんな高嶺の花だったからか、友だちなんてまあいなくてねえ。あの時はさほどなかったはずの寂しさが、数年経ってから急激に増幅してきたもんだ。



(ヴァン。きみに逢いたい)


おじさんとおばさんたちの料理を食べながら、彼とバカみたいな話をしたいな。気付けば、ボクに媚びへつらわず、機嫌を伺わず話してくれた人って、あの人たちだけじゃないか。なんて思った。

元々、こっちに来てから色々な事に辟易していて。明らかに荒んでいく都心の様子に、ホームシックになってはいた。


……そんな、近日の事。魔物襲来の予報ニュースがラジオから流れてきた。なんだいつものことだと聞き流していたボクは、その場所を聞いて飛び跳ねる。


聞き覚えのある場所。

ヴァンたちが移住してきた近く。

いや、その場所そのものだった。

本来その学園から許可無しに出る事は許されなかったし、許可無くそうした場合は学園からの退去だってあり得ることだった。


ああ、はは。だけどその時はまあそれでいいやって思ってねえ。気付いたら走って跳ねて、車で向かって魔法で飛んで。

そうして彼らのいる場所に駆け付けた。最悪の事態を想定しながら、ほんの少しでも間に合えば、なんて。


情報で流れてきた予測の魔物より、ずっと大きい。だけど、死者は誰一人出ていなかった。それを翻弄して、罠で仕留めた立役者がいたからだ。それは……



「……ヴァン。

はは、随分立派になったじゃないか」


「?…だ、ダルク?ダルク!?

嘘だろ、本物?いや、ていうかこっちに来て良かったの!?だってほら、あそこ凄い大変だって、ほら…!」


そう、さっきまでのかっこつけは何処へやらあたあたとする彼の胸元を、ごす、と殴る。そうしてふらついた彼の手を取って、抱き寄せた。


「ごちゃごちゃうるさいな!

はは、ボクが帰ってきて嬉しくないのかよ」


「…嬉しいさ。嬉しいとも!」


そうしてボクらは抱き合った。その先の感情がこの時に確固たるものだったかはわからない。だけれどただ少なくとも、ボクらは久しぶりに会った友達として再会を喜んでいたんだ。





……




そしてここからが……

ん?なんだい?ローラウド?

…ああ、いたねぇ、そんなの。

繰り返すようだがボクは知らないよそんな奴。

姉ぇ?全く、思い上がりも甚だしい。

どっちかっていうと姉ポジはボクだったっての。


……オホン、そういう事ではなく。

いやあ、本当に凄いニアミスだよね。恐らくはボクが学校寮に行きいなくなった直後にローラウドはこの辺りで行き倒れて。そうして3年ほど暮らしてからおじさんたちの家を去って行ったんだろう。

…ヴァンを中心に、ハイレイン、ローラウド、ボクの繋がりがあったというのに互いが全く面識がなく。それでいてそれが複雑に絡み合うことになる、なんて…ほんと、運命ってのは面白いね。



さて、話を戻そうか。

ここからが、ボクの過ちの話さ。




……




退学は無し。

とりあえず真っ先に伝えられたのはそれだった。

まあ、ああまで持て囃してた人材だしボク自身そんな簡単に手放そうとするわけないと思ってたしな。



「どんなえげつない裏技使ったんだダルク」


「ひとえに人徳の成せる技だよ」


だからそれに関しては大した問題では無かったんだ。そのまま、ぶっちゃけもう寮に帰る気もしなかったし学ぶことも飽きちゃったしでそのままずっとだらだら居続けてしまったことも。

ま、さしたる問題では無かったんだ。


どちらかと言うと問題は、そうしている最中。もう二度と学校からの連絡が無かったこと。最初こそボクに愛想を尽かしたのかと思ったけど、そうではなく。もっともっと、『学校そのものの機能が停止』していたこと。それにもう少し早く気付けば変わっていたのだろうか。まあ遅かれ早かれだったような気もするな。ボクが都心から去って、一年は満たない程度であった筈だったのに。その短い期間でこの世界の滅びは加速していた。



だから。またここに戻ってきて、5年の隙間を埋め切る前に、それはやってきた。その、王都からの使者たち。ドクターたち。


単刀直入に、ドクターたちは物事を言った。

それは美辞麗句やおためごかしが何の意味もなく、そしてそんなことをしている時間も無いから、だったのだろう。


轟く程の神児、この世きっての神童…つまりボクに初代聖女の後釜となってほしい。断るのは自由だが断ったのならこの家の者たちは、今住むこの場から退去しなくてはならない。そういう、内容だった。



「そんな、脅迫じみた…!」


「行きます」


「ダルク!?」


「ここでボクが行けば全て丸く収まる。

それで何か間違いがあるかい」


ヴァンが言おうとしてる事は分かっていた。

そしてまた、おじさんやおばさん達も絶対に引かない、という覚悟を決めているようだった。だから先んじてボクがそう前に出た。



「喜んで!是非、行かせてください!戻ってきたはよいものの、このような埃臭いボロ家には飽き飽きしてたのです!」


そう言って、彼らに付き添う事にした。

判断に迷いは無かった。そうして彼らを安全な場所に連れて行けるなら。あとは正味、どうでもよかったんだ。ボク自身がどうなるかとか、どういった生活を送ることになるかとかそういうのは、全て。


聖女については知ってたが、その後釜になるなんてイメージ付かなかったし、きっとこの国の荒廃ぶりからロクなものではなさそうだなとは思ってはいたけど。


そうだね。本当に頭でっかちのクソガキなんだよボクは。たった十と数年生きた人生と限られた環境だけを見てボクは、自分自身の人生もこの世もくだらないものだと思って、もう見限ろうとしてたんだ。


だけど、なんというか一つだけもやついて。もう二度とキミと逢えなくなるのだけはやはり少し嫌だなと思って。

一雫だけ涙が落ちた。


「じゃあね」



呆然としたような、ヴァンの顔。

それがきっと、最後にみるものだと思っていた。

思っていた、のに。





……




二代目聖女、ダルク・アーストロフ。

そう最初に聞いた時はまあ似合わなすぎて、けらけらと笑ったものだ。このボクが、聖女だと。全くもっておかしいことだ。


そしてまた『聖女』としてやらなければいけないことの醜悪さにまた笑ってしまう。

明らかに、瘴気が溢れて許容量をオーバーしているのにこの世界はまだ終わっていない。では、なぜなのか?それを探索してみれば、なんとこの世界には『淵』たるものがあり、そこから瘴気を垂れ流していたからだ、ということだ。


その淵の向こうにはではこの世の終着点があるのか?答えは違う。そこには、もう一つの世界があるという。瘴気に満ちていない、綺麗な…

ならばこそその世界の先住民を滅ぼして、この世界の入り口を閉じて二度と瘴気を漏れ出ないようにしてから移住をする。

それがボクらに課せられた使命らしい。


なるほど。

ボクを後釜に据えたのは単にこの才能だけじゃない。まだ子どもだから、容易に操れると思ったのだろう。傀儡政治を行うためのていの良いコマだ。初代聖女は随分と小煩かったらしい。

まあそれもいい。どうせそれを理解して、じゃあ何かと逆らったところで、なにができるわけでもないし。


だからそうしてある生物兵器の製造にも、強力に手伝った。それは人体を改造して中身を入れ替えて、作る兵器。

口減らしで捨てられた孤児、金がなく路頭に迷う男、旦那が先に死に身体を売る先すら無い未亡人。いくらでも、身体を差し出すような者はこの世界にはいた。だからそれらの中身を、黒い血に入れ替えて。そうしてそれを浴びた者は更に自我を侵食されていく。


『ダークナイト』。

ふふ、馬鹿げた名前だ。

冗談半分でボクが名付けた名前なんだよ、これ。


まあ、そうして世界を滅ぼす手伝いをしてる時に。だーれもやりたがらないダークナイトの実験台。それに志願する、自殺願望者がいたのだと聞いて、ふうんとその名前が書いてある書類に目を通し、愕然とした。



「…………なにを…なにをやってんだよ」


怒り、虚脱、そして、絶望。

ボクが膝を折ったのはそれらの全てであって、きっとどれとも完璧には言いづらいようなもの。

ひっくり返りそうなほど走って、そのモノ好きの目の前にきて、ボクはただとさりと横倒しになりそうになった。

それを、支えたのはその『モノ好き』。

自ら望んでダークナイトになりに来た、馬鹿。

ボクの、幼馴染。

ヴァン、だった。



なんで。

なんで来やがった。

なんでこんな馬鹿な真似をした。

なんでこんなとこにいる!

なんで手遅れになってから気づいた!

なんで、なんで、なんで、なんで、なんで!


全部を、叩き付けてぶん殴りまくった。

その感触は、死体のように冷たくて。二度と、あの時握った手の体温は無いのだと再認識した。


なんで、に対して。

ヴァンは答えた。まっすぐ、こっちを見て。



「…お前が僕たちのとこから去る時。僕だけ、涙を見たんだ。世間では、二代目聖女は人非人だの、魔女だの言われてる。だけど違う。ダルクはあの時、泣いていたんだ」


「だから僕がお前を助けてやる。

今は無理でも、いつかすぐに、絶対に!

だから、ずっとそばにいるんだ。そう、決めた」



違う。ボクが泣いたのは、この身を儚んだからではない。やりたくもないことをやらされるからのそれでもない。ただ、キミと逢えなくなるから、ただそれだけなのに。それだけ、だったのに。


ボクはボク自身よりも、キミが大切で、キミだけが無事で済むならそれでよかったのに。ヴァンと家族が幸せに平穏に暮らしていればそれで満足だったのに。なのにボクは、自分自身の愚かな落涙で。半端な感情の発露のせいで。何も考えず、生物兵器の作成に加担して。


自分で、自分の宝物を死地に送ってしまった。

関わったからこそ、わかること。

ダークナイト。こんな救いのない化け物はいない。



「う…わあああああっ!」


ボクは彼を、救いのない生き物にしてしまった。






……




「う…ううう…」



…逃げよう。

キミと一緒に、逃げる。

その時に初めて、翻意を煌めかせた。

そうだ。キミは、ボクを助けようとしてくれた。

だから今度はボクがキミを助ける。


ダークナイトは、もう一つの世界を攻め立てる瞬間まではコールドスリープをされる予定だった。だから、その瞬間だけに隙があった。ボクはただ一人、協力者も無く。

ただ、ヴァンの手だけを握って駆け出した。


大脱走。と、いうほどのものではないが。眠らされる直前に、意識と記憶を漂白して動けなくさせてあったダークナイトに、動けるほどの意識はない。聖力での大蛇に引き摺らせ、進む。



「……う…」


「!目覚めたか、ヴァン!

そのまま動くなよ、落ちても拾ってる隙はないから…!」



「…助けてくれてる、のか?

親切に…してくれて、どうもありがとう…

…どなたか、知らないけど…」



そうだ。

ダークナイトとして、スリープに入っていた。

その直前に、漂白をされている。

もう、そこに知識も記憶も。



「………ボクは、ダルク・アーストロフ、です」


「…そうか…ありがとう…アース、トロ…」



そうしてまた会話が途切れる。

ただ、蛇が身体を引きずる音だけが響く。

 


「……うう、うううう…」


「うぅ、ううう!」


透明な雫がばたばたと地面に吸われていく。

嗚咽と呻き、震えが止まらない。

それでも、歩き続ける。

向かう先は、一度見た世界の淵。

きっと、この瘴気のない世界まで行けば、と。


があん。

その背中を、銃弾が貫く。

聖蛇は消え失せて、ボクもまた血を吐いてダウンした。もう立ち上がるほどの気力も、残っていなかったが。



「…ターゲットを視認。

これからある程度痛めつけてから護送しよう」


そこで、煙を放つ銃をまだ構えながら通信をしているのは、聖女協会に属していた、怪物一味の一人。どこかネジがイカれたドクターどもの集まりの、その中でもとりわけおかしいやつ。

そいつの名は、ドクター・ハイレインだった。


マスク越しに、丁寧にパイプをふかしながら。

彼女は、こちらに語りかけた。



「脱走するとは、思いもよらなかったよ。

互いに同意の元と聞いている。怖気づいたか」


「…ああ、怖気ついたんだ。

大切なものを喪うのが、怖い」


「ククー…そうか。私もだよ。

だからこそ私は君を連れ戻さねばならん」



そうして、がちりともう一度銃を突きつけられる。ああ、脱走は失敗か。そうして



ごおん。


破壊の音。


建物が壊れた、とかそういう音じゃない。

この世が破砕される音。

後にも先にも、この時しか聞かなかった音。

本当に本当に、もう二度と聞きたくなかった音。

下腹部から全身に恐怖が染みていく感触。




「なんだ、あれは」


『………イレイン、聞こえるか!最悪だ!魔女だ、伝説上の魔女が、聖女さまの身体を、乗っ取った!グラントーサ様のクローンの身体を手に入れ………──」



呆気に取られたハイレインの耳元から落ちた通信機から、そんな音が聞こえてから、ぶつりと切れた。

その要因は明らかだった。

夕焼けの陽が落とす影よりも大きな存在が、この世界の全てを喰らっていっていた。王都が、崩れていくさまが見えていた。


「…ふむ。中々どうして。この世の終焉なぞ思ったより簡単で、呆気ないんだな。ならば行くといい、二代目さま」


「…げぷっ、いいのか」


「どうせ死ぬのだ。せめてそこの少年と0.001秒でも歩いて長く生きるといい」


そう言って、ハイレインは終焉そのものと化した魔女に向けて銃を向けていった。その後がどうなったのかは知らない。ただ、終末の音が止まらなかったことはつまり、そういうことだろう。




ごおん。


ごおん。



破壊の音が近くなっていく。



「………ボクは、何にもできなかった」




ごおん。


ごおん。



「…ごめん。ごめんね、ヴァン。ボクは…

天才なんかじゃないや。ただの、馬鹿なガキだ…」




ごおおおん。

ごおおおお、と、そこまでは音が聞こえた。

そこからは、鼓膜が破れ無音しか覚えてない。




(ああ、でも………)


(キミと一緒に、死ねるなら。

それでも、いいや……)






……




そうだ。

ボクの人生はここで終わるはずだった。

第二世界もこれで終わってたはずだった。

ここで終わってればいっそ、もう良かったのかもしれない。だけど世界は滅びていない。ボクもハイレインもヴァンも死んでいない。ふふ。そもそも、ハイレインの語った過去とも矛盾しているだろう?


そう。終われは、しなかったんだよ。

ボクはそれを、やり直すことが出来たんだ。


…それがボクの過ちを。

更に増やしていくとも知らずにね。

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