レゾンデートルの墓標



壊滅。

殲滅。

撲滅。

言葉は様々にあるが、どれもその最終的な意味は同じ。私たちは沢山のダークナイトを殺していった。

その中でも、面白いことに色々な個性があった。ダルクは、ダークナイトにはまともな知性は無いと言っていた。だけれどそれは間違いだったようで、ただそれを表せないだけでその人格は存在する。


ただ、狂ってこちらを襲う者。

私を魔女と理解し、遁走しようとする者。

魔女だと理解して尚戦おうとする者。

その中に一人、こちらと話さんとした者もいた。それの存在が初めて、私たちにダークナイトに知性があるということを教えたのだ。


その男は、ただ自分が殺される事は避けられ得ない事だと受け入れて、その上で自らの掴んだ現況を私達に託したいとのことだった。血肉が黒血に置換され、穢れた兵士になる前までは学術を齧っていたのかもしれない。どうでもいい事ではあるが。



まず、結論として。この世界は壊れかけている。私たちが今いるこの、第二世界は最早破綻しているのだと言う。

そうしてまた、私が。暴食の魔女が再覚醒したことにより、第一世界も滅びるという感覚が彼らの本能を基に喚起されている。


それにより、ダークナイト達はその存在証明を失っているのだ。彼らは世界を塗り潰し侵略して、世界を壊すことを目的に作られた兵士。そうあるべく、刻まれているのだ。

故にその身に課せられつくられた、『世界を壊す』という使命が、二度と達成出来なくなりつつある。

だからこうして皆、狂ってしまっている。故に今、ただ居るこの世界でもいいから滅ぼさんと、黒騎士が猛っているのだという。



それを話し終えて、その男は満足そうに介錯を受け入れた。いつも通り死ににくいから、何度も、何度も叩いて潰した。そこには、少しの焦燥感があったのには間違いない。


ヴァンは、どうなっているだろうか。

彼もまた、ダークナイトだ。

彼は、私の好意や贔屓目を除いた上で尚、特別な個体ではあるが、そうであるという事が、この共通の狂気を流れうる材料となるかと言われればまた別だろう。


それらを、話しあおうと横を向いて。


「…ボクは…

彼をこんな救われない存在にしてしまったのか」


その、話し合おうとした私の同行者であるダルク・アーストロフは。褐色の肌の上でも一目でわかるほどに顔を蒼白にして、気を失ってしまった。



そんなダルクが目を覚ましたのは薪を集めてきたあと。この世界の雑木は全て枯れ果てて、運ぶことも燃やす事もしやすい。焚き火には最適ではある。

死体のみがある建物の中から、数少ない腐り果ててない食料を差し出して、久方ぶりの休息を取った。



「…ごめんね、イスティ。

キミの足を引っ張ってばかりだ」


「そ、そんなことありません!むしろその…無理に私のペースに合わさせてしまって申し訳ありません。この旅で、あなたが死んだら意味がないというのに…」


そうだ。

私が今生きてる理由は、ダルクとヴァンを再会させること。そうして二人が幸せに過ごしてくれるだけ。その為ならば私は何だってする。どんな罪だって犯す。唯一の生き甲斐が、この二人。

数え切れない罪を背負いすぎた私の唯一の救い。

私にはもう、彼らが全て。


「……う、うう…あああ…」


はっ、と物思いに耽けた私の耳に届いたのは、ダルクの押し殺した鳴き声。いつまでもいつまでも、泣きじゃくって止まらないその号泣を、私はただゆっくりと抱き締めた。不安で仕方なかった私を、ヴァンがそうしてくれた時のように。



「こわい、こわいよ。

ボク、ボクは彼が生きてくれるなら、みんな生きてくれるならボクが死んだっていいと思っていたんだ。本当だ。

なのに、なのに。ヴァンがボクを忘れ去ってるということが、こわくてこわくてたまらないんだ。ボクが死ぬことよりもずっとこわい」


「…記憶は、確定で失っている。

ボクともう一度、話せるかもわからない。

でもそれだけなら良かった。

なのに、今度は狂ってるかもしれないだって?

なんでだよ。なんで、なんで彼ばっかりこんな…」


「ボクはただ、せめてあいつに幸せになってほしいだけだったのに…」



何か、慰める言葉を言おうとした。

だけれど、ヴァンを危機にせしめた私が。薄汚い魔女が、どのような言葉をかけられるだろうか?だから何も言わずに、ただ抱き締め続けた。ダルクはそれをどう思っただろうか。ただ、寄り添いあった。傷を舐め合う、ひどく哀れなままに。


しばらく、そうしていて。

会話が消え、焚火も消えた。

その日はただ休もうと、横になって目を瞑って。


「……ねえ、ダルク。あなたの言っていたこと。あなたがヴァンをダークナイトにしてしまった、というのはどう云う事なの?」


一つだけ、思い出してそう問いた。

それは決して、責めるつもりではなかった。

むしろその逆。

彼がダークナイトとなっていなければ、私はヴァンと出会う事はなかった。この、命を全て賭けてもいいと思えるあの人には出会えなかった。


ああ、これは心まで魔女の魔性に染まり切ったのか。はたまた元々の私が、イスティ・グライトが性悪の悪女だったのか。

わからないけど、だけど私は心の奥底で確かに、あそこまで人を殺しておいて罪を背負っていても。彼に出会えたことを『そんなもの』よりずっと価値があると思っている。



「……語った所で、あまり意味はないと思うけど」


「えー、気になります。

…あ。もし、嫌ならばいいですが!」


「…ふ、嫌ってことはないよ。

なんてったって、ボクとヴァンの『馴れ初め』の話だからねえ。それを誇る事こそあれど、厭うことなどあるもんか」


その口調はいつものダルクの軽口。

よかった、いつも通りに戻ってくれたかもという一抹の安堵と共に、馴れ初めという言葉をやたら強調してこちらにアピールしたその様子に、ほんの少しの苛つきをしてしまいました。

おほん、と咳払いをしてそれを誤魔化して。



「ただ、そうだな…

できるだけ手短に話したいが、そうだ。

まずボクがどういう存在なのか話す必要がある」


「そう、だなあ。

まず。ボクはこっちの世界での聖女だったんだ」


夜が、更けていく。

月も星も見えない、黒い夜空が。

過去の話に浸されてさらに深まっていく……









……





「…歩けど、歩けど!」


「なーんにもないじゃねえか!」



大声で空に叫ぶ。

弁えず、とんでもない大声を出したと思う。であるのに聞こえてくるのはそれが遠くまで響く声のみ。何かに反響する様子すらない。

それにゲンナリしてから、また歩き出した。


まったく、どうなってるんだ?

この世界のどこにも生き物すら存在しないってわけじゃないだろうに、どこを見てもオレ以外の生き物がいない。

まあ自分も本当に生き物なのかどうかも怪しいが。まったく鼓動を刻まない心臓や、根本から切り取られて存在しないのに少しも流血しない左腕を眺めてから目を逸らす。


全くもって気持ち悪い。

この世界もオレ自身にも、何もかもに違和感がある。

記憶を失う前のオレならばこの世界を普通に思ったのか?というかそもそも前のオレは何をしてたんだ?もうわからない。そもそも前環境の記憶が無いのになんで今のオレは環境に違和感を感じているんだ?


考えたって何もわからないことばかり。だから自分がやろうとした事に対して邁進しようとして、それから目を逸らそうとしているというのに。


「困ったな。わざわざオレが世界を滅ぼす必要もなさそうだぞ…?」


オレは廃墟で目覚めて、仮初にとはいえこの世界を滅ぼすという使命に燃えたはずだった。なのに、なんだか。初めて見つけた村にすら誰もいない。そこにあるのは古びた血痕が少しと、服だけ脱ぎ捨てられたような跡のみ。なんというか、とっくに滅びたのかと言いたくなるような景色だ。



「…それなら、オレが生きる意味もないか」


そっと、自分の首をへし折ろうとした。だがすんでで、やめた。そうしたとこで、多分オレは死なない。無闇に痛いだけだろうし、ただ一つ記憶に残ってる、この脳裏の女の子に会うという目的もかろうじてある。

まだ、一応生存証明ができはする、が。


「……あぁ、くそ」


果たして本当に目的もあるのかわからないまま、歩く。もっと前は横に誰かがいてくれたような気がする。それともそんな事もただの願望か、都合のいい幻想か?


そうして新しい街にまた辿り着く。

街というより廃墟の塊ではあるが、そこに初めて人影を見つけた時の嬉しさったら、どう表したものか!

だからそれに向かって声をあげようとして。

その、尋常じゃ無い様子にそれを押し留めた。


ぞっとひりつく肌の痛みの狭間で。

ただ一人の、仮面を付けた黒ずくめの男が、同じような格好の子供に剣を振り下ろそうとしてる光景が映った。



がきん。

鉄が、鉄を受け止める音。

多分オレは大馬鹿だ。

世界を滅ぼすとかなんとか言うなら、ここで殺される誰かを庇う必要だって無い。そう、わかっているのに。

気付けば飛び出して庇って止めてたんだ。



「なんか随分、格好が似てるなぁ。

手前らもオレと同じようなヤツか?

それなら、尚の、こと…!」


「カッコ悪い真似を、してんじゃねえよ!」


受け止めていた剣を力任せに弾いて、一閃。

鉄パイプでの殴打だ、切断とは行かなかったが代わりにその暴漢の首はぐるりと、180度後ろに回る。そのまま膝をついて倒れた。よほど力を込めたとか、そうでもないのにこの威力。やはり、オレの身体はおかしい。いっそ魔女すら殺せそうな程の身体能力だ。



「ああくそっ。何してんだオレは。

まあいいや、きみ立てるか?立てるんだったら…」


へたり込んだ子供に手を差し伸べんとして、ずるりと背後に立ち上がる気配を感じる。

それに向けて、ただ狙いも付けずに振り向きざまに3発、パイプを振り抜いた。ごき、めしゃ。ばきん。重い音がそれぞれしたが動きは止まらない。最後の一発で割れた仮面の下には、虚な真っ黒い目がある。こっちを向いて、いない。



「〜〜ッ!いい加減、死んどけ!」


ぞっとする心地に任せ、思い切り振り抜いた。

鉄パイプがひしゃげて折れた。そしてまた、男の首が潰れて吹き飛ぶ。ボールを飛ばしたような光景に、こんなことがあるのかと他人事のように呆然として。

そうしてから、さらに怖気に襲われる。


「おい、おいおい…

嘘だろ、それでまだ生きてるのかよ…!?」


首が無くなり落ちて尚、此方に向かってくる黒騎士。気持ち悪さに一歩、二歩引く。首があったところからは、ぴゅ、ぴゅっと噴水のように黒い血が吹き出してオレの身体中にかかってくる。黒い血ってことはやはりオレも、こいつと似たような存在か?


「…!?がっ、…なんだ、これ…!」


まあ負けはしないだろう。という油断があったのは確かだ。だからその血を浴びたし、その血が危ういものだという認識すら出来なかった。暴漢の黒血はオレの中に、ずるりと入り込んできて。

そうして、オレを乗っ取ろうとしてくる。



「ぐ…ああああっ!」


激痛。気持ち悪い。

力が抜けていく。


…ここで死ぬなら、それでもよかった。

記憶を失ってまで、悪ぶってまで結局人助けしようとして。それで無様に死に果てる。なんというか情けなくて、それでいて格好のつく結末じゃないか。かっこいいと、まあ胸を張れそうな死だ。



「……なるほどね。

そういうのも、あるのか」


だけれど死ねない。なかなかに、死ねない。オレはよほど我が強かったのか。それとも相手が希薄すぎるのか。わからない。だけれどただ結果としてあるのは、この目の前の黒騎士、ダークナイトはオレを乗っ取ろうとしてきて、オレはそれが効かなかったということ。



「ありがとうよ先輩。

オレがやれる事は、それか。

オレの忘れてた戦い方はそういうものか」


…そうだ。

だんだん、わかってきたぞ。

多分、記憶の失う前のオレは。

こんなことを出来てしまうから自らを、辺境に隔離したんだ。こんなおぞましい事を、実現できてしまうからこそ。

オレはこいつと同じようなダークナイトで。そしてまた、これとは比べ物にならない存在だ。自惚れではない。そして、良い事ですらない。事実であって、それこそが不幸だ。


パイプを放り捨てる。そうして左腕の根本を、右手の爪で思い切り掻き血を流す。流れ始めた黒血は、じゅるじゅると腕のような影のような、触手のような形となってオレの意思を反映し始める。


そうしてその血は、目の前の首無し死体に向かう。

オレの色で、お前を塗り潰すために。







……





「…ふー、ようやく終わった。

さて、今度こそ…立てるか?」



戦いと呼ぶべきか悩むようなものが、終わり。ヴァニタスはまだ出血を続ける左腕を押さえながら、先ほどからへたり込んだままの子供に声をかける。その顔にもガスマスクのような仮面が付けられていて、表情は伺うことが出来ない。


「おい、返事くらいは…

…いや。きみ、喋れないのか?」


そう聞くと、その仮面の少年はこくりと頷いた。

否。少女である。ただそこの性別に意味があるかと問われればあまり無いだろうが。なぜならば、その仮面の少女は…


「…ていうかなんだ。

よく感じてみたらきみもオレと同じかよ!

いやほんと普通の生き物がまともにいないな」


ダークナイトの少女。

記憶が残っていれば、こんな、年端も行かない少女すらも人体実験の材料として扱われたのだということに憤りを覚えただろう。だが今のヴァンには、そんなことを知る由もない。


「…まあ、助けちゃったし。このまま放り出して終わりとは行かないか。なあきみ。この辺で一番近い、人のいるとこ知ってるか?そこの道さえわかるんだったら、オレがそこまでは送ってやる」


少女はそう聞かれるとすくりと立ち上がり。ぎゅっとヴァンの手を掴んでぐいと引っ張り始めた。ついてこい、という意思表示のようだ。先までの無反応が嘘のように、ぐいぐいと引っ張っていく。


「っとと、待った待った、待ってくれ。

新しい武器を調達しなきゃいけないのと、あと…」


「…あと、『きみ』のままじゃ呼びづらいな。

仮の名前だけど、ロアって呼んでいいか?」



少女…

ロアは、そう聞かれてこくりと頷く。

そうしたままに彼をぐいとまた引っ張った。

どうにも少し、急かすように。


そうして、人のいる所にロアを届けて何をするべきなのだろう。結局、世界を滅ぼすという大言壮語を行うつもりなのか。それも彼の中の、格好つけに箔をつけるためだけなのか。

どうあれば自分の存在を証明できるのか。

どれ一つわからない。だけれどまだ生きている。

だから、何かのために動き続けている。



全くもって、生きるも死ぬも、まるで思い通りにならない。ヴァンは引っ張られるのに身を任せながら、常々そう思った。


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