ダークナイトは剣を翻して
ぼろぼろの廃墟に二人が辿り着く。イスティ・グライトとドクター・ハイレインはようやく、二つの発信が指し示す場所に到着したのだ。
魔女狩り教団。そうであるはずの場所。であるのに目の前にある建物は、誰も人など住んではいない、滅び切った廃墟だった。
「…ここが、魔女狩り教団、なのですか?」
「ああ。ククー、素敵なものだろう?
これを見るたびに私たちは愚かさを思い出す。
愚かな自分と、魔女への憎悪をな」
「…」
ちらりとイスティが視線を逸らすとそこには乱雑に作られ風化して崩れた墓が幾つもあった。その下に存在するのは、教団員だったのだろうか?もしくはまた別の、犠牲者なのか。
団員が他に居ないのならば、彼女は定期的に、通信機に向けて何に話しかけていたのだろう。答えは一つ。ただの砂嵐のノイズに彼女はずっと語りかけていたのだ。そこに、どのような心の動きがあったのだろう。
答えは出ない。故に代わりに扉を開ける。古ぼけた木の扉は開け終わると共に、崩れ壊れてしまった。
「…!」
扉を超えて暫く歩いた先には巨大な礼拝堂。
月光が壊れた天井から漏れ、祭壇の前に光が差している。朽ちた座椅子と祭壇の前には一つの人影があった。
黒い剣を目の前に突き立てて、黒い髪を揺らす。
黒い瞳を閉じて、何かを待つ少年の姿。
認識阻害の仮面はつけていない。
だからただ、純朴そうなその顔だけが映る。
そこにいるのは、ヴァニタス・アークだった。
「ヴァンっ…!」
駆け寄ろうとする少女を、背後から手で押さえるハイレイン。そのまま距離を取らせて、ホルスターから銃を取り出した。
何故そうする必要があるか、を聞く前に。
ダークナイトの少年が口を開いた。
「ダルクはいないのか?」
「…後から来ます。
ヴァン、戻りましょう。此処にいる事はありません」
「そうか。アイツは別行動か。
…確認を、一つだけさせてくれ、イスティ」
かぎん。
石畳から剣が引き抜かれる。それはただ剣を手持ち無沙汰に動かしただけではないことは、とうにわかっていた。
ハイレインが腕で少女を抑止した時からの事。
前方から、激しい敵意を感じる。
「君たちは、ローラウドを倒そうとしている。この奥に居るであろう、奴を仕留める為にここに来た。そうで、いいんだよな?」
無論、と首を縦に振るう少女。
それを見て。ため息と同時に腕が動いた。
「ならば僕は…オレは、君たちを通すわけにはいかない」
石畳からの剣の解放はつまり、抜剣だ。
ヴァンはそうしてそのまま。
ひゅぱり、と。黒い剣を空に振り抜いた。
「悪いな。ここから消えてもらうか、もしくは。
一生をここで足止めさせて貰おう」
「……」
イスティ・グライトはその抜剣と発言に驚愕に見開いた目を、そのまま強く絞るように閉めて。
そうしてからまた開いた。
少女は決心を決めた目と共に、一歩前に進み出る。医師は今度はそれを止めなかった。
「一応、聞いておきますね。
なぜ、奴を護るのですか?
姉を名乗る、彼女に絆されての事でしょうか」
「ローラウドを守りたいわけじゃない。何を言っても、言い訳にしか聞こえないだろうけど」
「では何故」
「……………言え、ない」
「ふふっ。皆さんは、秘密主義者が多いですね」
メイスでがつん、と地面を叩く。
石畳が欠けるような勢いのもの。
空気が少し冷え込んだ。
「理由は、私にはわかることは出来ません。
わかる必要も、きっとない。ですがこちらからも一つ確認です、『ヴァニタス・アーク』。
あなたは私たちに剣を向ける事を選んだ。
それで、いいのですね」
「ああ。それでいい」
「そうですか。ならば…ならば」
がつん。
もう一度メイスが石畳に叩きつけられる。
今度は、明確にヒビが入るような力。
「ならば仕方のない事です。
何が起きたかは分かりません。
ですが、私は…私はあなたと一緒に居たい。騎士だから、約束をしたから、そういう事ではなくただあなたと一緒に。なので…」
「ひとまず。
両手足を折って縛って持ってかえりましょうか」
本日一番の笑顔と、つ、と垂れた少年の冷や汗。
それが石畳に触れた瞬間が、戦いの合図となった。
砲火と黒剣閃と、光が飛び散る、戦場。
…
……
ずず、ごごと揺れ響く音にその少年、或いは少女は耳を澄ました。褐色肌で中性的な見た目。灰色の髪と尖った耳、怜悧で残酷な目付きは、まだ子どもと言えるような体格に似つかない、奇妙なアンバランスさを生み出していた。
その名前はダルク。甘美な音を聞くように地響きに耳を傾け、上機嫌に独り言を始めながら、地下道を歩き続ける。
「おうおう、派手にやってるなあ。ここまで壊れることはないよね?ヴァンやハイレインなら大丈夫だろうが…イスティがね」
含み笑いをしながら、灯りのない地下の道を歩いていく。その道に通じる道は本来一つしかなく、そしてまたその扉はダークナイトに封じられている筈だった。
「本当は一刻も早くヴァンに再会したかったけど……今あっちゃうと、我慢が効かなくなりそうだからなあ」
何を食べても、腹が空いている。
何があっても、くうと鳴る。
どれだけ物理的に食しても満たされない所がある。
ダルクはずっと、ずっと飢えている。
唯一のものを食べるまで。
ただ一つ、最愛のヒトを食べるまでは。
そんなこと出来るわけがない。だからこうして、先んじて歩いて、代用品を食べなければならない。それらしいものを沢山沢山食べれば、その分長く彼の横にいる事が出来る。
ただ、その目的の為の作戦だった。
歩き続けて、薄暗い空間に出る。そこに存在する命の煮凝りのような気配に、ダルクはぎしりと邪悪な笑みを浮かべた。
「ハロー、ハロー。
ボクとあんたが会うのはカーディラルぶりかな?」
「…出来れば、私はお前と二度と顔を合わせたくはなかったよ」
以前相対した時とは全く異なる姿。
しかし、金髪を束ね眼鏡をかけたその女が、ローラウドであることはダルクにはすぐにわかった。瞳孔の蠢き方と、ぷんぷんと香る血の匂い。
「ようこそ、怪物。
どうやって此処まできたんだ?」
「ンー。地面を喰い進んで来た。
土竜の真似事も、以外と楽しいもんだよ」
二度と顔を合わせたくはなかった。
ローラウドのその発言は、さまざまな理由を含有しているが、つまるところ最も大きい理由は、つまり。
ダルク・アーストロフという怪物。最大の障害となる、目の前のモンスターの強さと執念そのものだ。
「そこまでして来て貰えるとは感激だな。
茶でも入れようか」
「ハハ!要らないよお。
代わりにお前で口直しさせてもらうから」
舌舐めずり一つ。口横についていた土くれを舐め取りながら、懐から鈍い輝きを放つ食卓用のナイフを一対、取り出す。
刀身に少し残った血糊は、人のものだ。
「お前も、『あっちの世界』からこっちに来た異物だろう?だからボクが喰らってやるよ。腹を満たすには、あんたみたいなクズだと後腐れなくていい」
「…」
答えの代わりに、ばきばきという音。
骨が軋みながら、身体ごと変形していく音。
それはローラウドから放たれていく音。
地下室の空間全てに『延びて』いく音。広がり、変形して、さっきまでの高慢な見た目すら跡形も無く消え去る音。
代わりに出来るのは、生命の冒涜のような、生き物と呼ぶのに相応しくない姿。未熟に産まれた生物よりも、未熟に。後天的に足したマッド・サイエンティストの産物よりも過剰に。
全ての器官があり、そして生命に必要な数無い。発声器官が残っていれば、何かを言ったかもしれない。だがもう、声を発する為の器官は残っていない。
「うわ、すっごいね。
どっから来たのさその体積。
ボク、こんな量食べ切れるかなあ?
お残しは、行儀が悪いもんなあ」
「……くく、ひひ、ひひひひひ。
ゲテモノは美味しいと、相場は決まってるもんな」
ばつん。ばつん、ばつん。
激しい咀嚼音が聞こえてくる。どこから?
どこからも、聞こえて来ている。
「いただきます」
戦い以外のもの。
晩餐が、そこでは始まった。
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