中章:『暴食の魔女』

魔女をさがして




…村を発ち、二週間程経った。

そうして、ピンチだ。

いつもピンチじゃないだろうか、僕達は。


ただ今回はそこまで逼迫するようなピンチではない。強いて例えると、前の危険が積極的な危機とするなら今回は消極的危機だ。

なにか命の危機が差し迫って、ということではなく、真綿で首を絞めるような微妙な危機感がじわりと迫ってくる感触。


要するに。

魔女を倒さんといきり立ったはいいものの何一つ手がかりはなく。そして食糧と路銀が尽き掛けているということだ。



「どうしようかねー、全く」


「他人事みたいに言うなよダルク。

食糧不足は殆どお前のせいだぞ」


「ほとんどは言い過ぎだろお?

ボク6、イスティ3、ヴァン1くらいだ」


「うっ…ごめんなさい…」


「……ほんと、僕も結構食べる方の筈なんだけどな」



がじりと乱雑に鳥の足を噛みちぎりながら反論するダルクと、丁寧に木の匙を使って平らげながら顔を赤らめるイスティを見る。

本当に、この二人と共にいると自分がひょっとしたら少食なんではないかと思えてくる。身体が大きくならないのもそれか?

いやいや、二人が規格外すぎるだけだ。



「というかカネが尽き掛けてるのはキミたちのせいもあるぞ。

もう誰も使う人は居ないんだしあの村から掻っ払ってきてもよかったろうに」


「それは…私が駄目だと言ったんです。もしそれを良しとしてしまえば、私たちはいつか平気でそれをする人間になってしまうから」


「なるほど。納得はする。

ま、ボクは基本悪い子だからそういう人間になっても別にいいじゃん?と思っちゃうけどね」



説法のような事を語るイスティと、それを聞いてるのか聞いていないのかさらりと受け流すダルク。この光景も短い期間に微妙に見慣れたものだ。


「まあ、行動がどうこうを論じるよりも。どちらも枯渇してるのは事実だしそれをなんとかしなきゃだろ。この場でちゃんと話そう」



そう、僕らは今一度ちゃんとした所で現状を話し合おうと、最寄にある街に寄って行動方針と選択肢を練ろうとしている。

こんなもの、始めにやっておくべきだったと言われるとそうなんだけど…皆が皆、行き当たりばったりで。正直、勢いのままに行動しすぎてしまったというのはある。



「オッケー、じゃあ進行はいつも通りボクことダルクが行おうか。異議はあるかい?」


「異議なーし!です!」


「ないない。進めてくれ」



ダルクはお喋り好きで、几帳面で、そして何より仕切りたがり。故にこういう話し合いをするときはいつでもこうして率先して進行をしたがる。デメリットも無いのでそれには従う。



「それじゃまずは現状確認。

ボクらは前線基地壊滅に相待って、そこの唯一の生き残りとしてあの村、ラウヘルよりからがらに逃げ出してきた」


「ラウヘル…そんな名前だったな、そういや」


「え、ヴァン覚えてなかったのかい。

通りでキミいつも『あの村』とか抽象的な呼び方しかしないと思った」



…痛い所を突かれてしまった。

イスティにもくすりと笑われる始末だ。全く、余計な事を言わなきゃよかった。



「まあそれはともかく。

そうしてボクらはその壊滅の原因となった存在、『暴食の魔女』とその再臨を知りその阻止をせんと急いでそこを出た。

までは、いいが…」


「う…はい。あの時のテッドさんから何かもっと話を聞いておくべきでしたね」


「い、いやいや。無茶な事言うなキミ。

あの状況でそんな冷静に話ができるかい」


「しかし、あの時の彼らは最もその情報を知っている人でした。それをもっと聞いてさえいれば…っ!」



くう、と悔やんでからぐいと皿ごと傾けて、悔しさを誤魔化すように料理を掻き込むイスティ。…まだ入るの?



「まあその悔恨の気持ちはわかるよ。

あまりにもボクらには情報が少ない。こうして食事処や酒場、詩人や盗賊、傭兵に兵士、色々聞いてみたが本当に手がかりが無しだ」



そうだ。僕らがこうして立ち往生しているのはそういうことだ。

魔女が、どこにいるのかわからない。その情報を知ろうとするにはどこに行くべきなのか、それすらもわからないのだ。そしてそれを聞こうとすれば、虚構と現実の区別もついていない世間知らずの小僧どもの扱いをされる。

だからこうして僕はさっきから街中でも認識阻害の仮面を付けなきゃならない。こうでもしないとマトモに話も出来やしない。



「まあ考えてみれば当然だよね。

魔女が降臨したりその瘴気を放った所があればそこに人が生き延びるわけがない。人がいなけりゃその惨状を伝えられるわけも、ない」



どんよりとした空気がテーブルを襲う。

そうなると、手詰まりに近い。僕ら3人で知れる情報には限界がある。それを打開するにはどのような策があるか。



「あ、そうそう。魔女の討伐と、後もう一つやらなきゃいけないことがある。

前線基地が滅びたことの報告だよ」



ああ、そうだ。ラウヘルが滅びたとなれば、それを王に直々に報告しに行かねばならない。


あそこは瘴気と魔物を食い止め、『アルター』の範囲を相当に押し留めていた。それが無くなるとなると、国そのものに向けてのかなりの痛手となるだろう。

我らが国を収める王は慈悲深く利発で、絵に描いたように素晴らしい統治者だ。

だが、それでも。



「…最悪、打首になるかもな」


「…大丈夫、だとは思いたいのですが…

絶対無いとは言い切れませんね…」


「アハハ悲観的だなあキミら。むしろポジティブに考えて見ようよ。それは唯一今のどん詰まりを打破する方法になるかもしれない」



「ちょっと、ダルク…?」


「あ、違う違う。死ぬ事が救いだとかいう意味ではなくね。

王都に行くことがそんな不幸だけじゃなく、この情報不足を救ってくれるかもって事だよ」



そう言われて、イスティが納得したように表情を変える。それにワンテンポ遅れて、僕も理解が追いついた。



「そうか。王城に集まる魔害の報告はここらの噂とは桁違いの数の筈だし、それを知ることさえ出来れば…って事か」


「まあ実際、打首やらなんやらって可能性も無きにしもではあるか。

第一案として保留だね、これは」



第一案、王都へ行く。

悪くはなさそうだが、次善策という感じだ。

何もなければこれになりそうだ。

そうしていると、イスティがばっと手を挙げる。口の横にソースが付いていた。



「なら第二の案、いいですか?」


「どうぞ、是非とも」


「はい。私の住んでいた…

中央聖教会の外れの方に孤児院があるのですが、そこに魔女伝承について詳しい方がいらっしゃいました。現在の『暴食』の直接的情報ではありませんが、魔女の基本行動規範であったりを知ることでわかることがあるかもしれません」


「イスティ、その人は今も生きてるのか?」


「いえ、残念ながら。

ですが彼女が遺した書物が今も保管されている筈です。その、莫大な数でしたので」



どうにも、数が凄すぎて処理をするにもしきれずそのまま放置されてるようだ。今回に関してはそれで助かったのだが。

さて、これが第二案。

イスティの故郷に向かい、魔女についての情報を得る。悪くはないと思うが、これもどちらかというと回り道的すぎるように思える。



「では、最後の第三案!」



ダルクが大仰に、旅芸人のように腕を広げてトピックを取り上げる。第一、第二を受けた上での第三案。否応無しに期待感が高まる。



「…諦めてここらで仲良く永住する。以上!」


「………」



白けた視線が二つ分注がれていた。僕はともかく、イスティまでがっかりとした顔をしていた。よっぽどだぞ。



「…そういうのって、第三案で前二つの懸念点を解決する一番いい策が出るもんじゃないのか」


「そんな都合のいいもんあるか。

まあ諦めってのも人生の一つだし、この選択肢もとりあえず残しておこうぜ」


「…ま、まあ取り敢えず第三案は、みなさんで仲良く暮らすと…」


「律儀にメモしなくていいってイスティ!」



顔を赤らめて第三案を書き記そうとする彼女を止めようとするが、その頃にはもう書き込まれていた。随分とへにゃへにゃした文字が。



何はともあれこれで、3つ案が出た。

というが第三案は論外だけれども。

この中だと一番良いものは…



「第一案、かな」


「まあそれが確実ではある気がします。…ラウヘルの滅亡もいつかは知らせなければいけないことですし」


「……首が落ちなきゃいいがなあ…」


「だからどうしてそう悲観的なんだヴァン」



悲観的と言うが、むしろこれは普通にあり得てしまうレベルの事だ。だからと言ってしに行かない訳にもいかないのもそうではあるけど。



「むう…しかしまあ、仕方ないことではあるが。どうしても確定しない情報と次善的な提案になってしまうね。かといってそれ以上が浮かばないのも現状だけど…




「では。確定的な事象と提案を与えようか」




その声は、僕らの輪の外から降りかかってきた。一度だけ聞いたことのある声。

第三案を呼び出す、不吉な声だった。


鴉を思わすマスク。

全身を包む灰色の革服。

すらりとした体付きに赤黒い外套。

そして銃での武装。そいつは…






……




呼びかけられて声がして、私たちは同時にそちらの方を振り向きました。そして、それぞれ三者三様の反応。

一人は驚き、一人は嫌な奴に会ったと呟き。

そして私は、喜んで手を取りました。

予想だにしない再会に、笑顔が溢れて!



「ドクター・ハイレイン!」


「やあ、グライト嬢。まさかまた会うとはね。

随分と久しい気がするが変わりはないか?」



「…あーあ、不愉快な声だ。

どうして話しかけてくるかな。なぁ」


「おや、ダルク。約束もせず3回会う人間とは敵ではなく味方となるべきだ、と今は昔のカハル大王陛下もおっしゃっていたろう。仲良くしようじゃないか私達も」



「…オレたちが会ったのこれで二回目じゃないか?」


「やあ少年。

細かいことを言っているとモテないぞ」


「…!ぐっ…うっ…!」


「大ダメージを受けてる場合か、ヴァン。

いいんだよ君は別にモテなくて」



三者三様の態度と、三者三様の会話。暫くの歓談の後に、ハイレインは私たちの机にそのまま座りました。我が物顔で座るんじゃないとダルクが押し出そうとしましたが、ドクターがこの場は私が支払うと言うと渋々了承しました。



「で、さっき言っていた確定的な提案とは?

オレたちに関係あることか?」


「ああ、そうそう。

行儀が悪いが話は全て聞かせて貰ってね。どうにも君達は私と同じように魔女を追わんとしているようじゃないか。ならば」



ごどん、とドクターが腰から真鍮の入れ物を取り出して私たちの前に差し出しました。その中を見るよう促されて、開いてみると…



「…!うっ、これは…!」


「…酷いものだろう、グライト嬢。

これはある場所から命からがら逃げ出してきた者が手の内に持っていた唯一の物品だ」


「待て、ハイレイン。

この部位そのものはどうでもいい。

問題はこの纏う、瘴気が…」


「『ドクター』をつけ給え、少年。

…だがその通りだ。これは魔女の瘴気。

何かしらの惨劇が、そこで起きてしまったことを示す、陰惨で、そして確実な情報源」



さて、ここからが本題だが。と、そこまで言ってからドクターは私たちに向き直る。

その動作は手慣れているようでいて、少し緊張しているようにも見えました。



「君達は、打倒魔女を目的としているようだ。目的は私と同じ。そして私にとって君達は、あの地獄と化したラウヘルから唯一生き延びることのできた実力者達だ。対して君たちにとっての私は、喉から手が出る程知りたい情報の提供者」


「単刀直入に言う。手を組まないか。

どちらかが使役するでもない、対等の立場で」



…それは、私たちにとって棚からぼたもちが出てきたような提案でした。

逆にそれに手を伸ばして喉に詰まらせることを危惧してしまうほどに。



「…アンタにオレたちをそこまで信用する意味が見当たらない。逆に、オレ達がアンタをそこまで信用するに足る材料がない」



「無粋なことを言うな、少年。私にとっての価値はさっき言った内容が全てだよ。あのキリングフィールドを生き延びたが君たちの実力は、君たちの自認してるものよりずっと高い」


「ただ…むう、確かに。

君たちが私を信頼する材料は皆無だ。

これについてはどうしようかな」



信頼。信頼なら、きっとできる。


なぜなら私は、ドクターの善性を見ているのだから。私はドクターが、あの後に村の怪我人のところに行き、その全てに処置と対話を施してから村を去った事を知っています。その少ない薬を、全て使っていたことも知っています。

そんな人が、信頼できない筈がない。

人に優しくできる人間が嘘をつくことはあるでしょう。それでも、信念に嘘はつかない。

私はそれを信じています。



「…私は信じます!

ねえ、ヴァン!是非とも同行してもらいましょうよ!きっとドクターならば百人力です!」


「おっ…と?いや、まあオレもそれがいいんじゃと思いかけてきたところだけど…利害関係が一致してる以上、そこまで手酷い裏切りとかもないだろうし」



「えー、えーーっ…本当に?

いや、まあ、そっかあ…

うええ、嫌だ。

すごく嫌だけど…ボクに断る理由がない…」



…ダルクは、相変わらずドクターの事を物凄く嫌っているようです。それは、何故なのでしょうか。何か嫌な事でもされたかのような。



「おお、そうか、そうか!

いや、それは嬉しいな。私もこの交渉が失敗したらどうしようかと不安だったところだ。

いや自慢では無いが人付き合いが苦手でね」



それを知ってか知らずか、喜び勇んで私たちの手を握ってぶんぶんと握手をした。

そうしてから、安心したら少し腹が減ったと、この机にある食べ物をつまんでもいいか?と。


そうして、当然なのだけれど。食事にはマスクを付けたままではいられない。だから、初めて私たちはドクターがマスクを取った姿を見た。その、鴉のようなマスクの下にあった顔は。また私たちに三者三様の反応を及ぼしました。

一人は驚愕に匙を落とした。

一人は嫌悪に眉をまた顰めて。

そして私は、ほうと感心じみたため息。



「…ふう。さて、改めて自己紹介だ。

私はドクター・ハイレイン。

敬称は、忘れないでくれ給えよ?」



ビロードのような金の髪、まつ毛。

深い青色をした美しい眼。

そしてくぐもらせていたマスクを取り、鮮明に聞き取れるようになった凛然とした声。


『彼女』は、改めて私たちと手を組んだことの喜びを表明した。




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