それでも彼らは立ち上がる




やあ。ダルクだよ。

早速だが大ピンチだ。

魔物に囲まれて全員が舌なめずりをして今にも襲いかかって来そう。それでもまだ襲ってこないのは、それを調教して抑えてる『彼ら』の存在。見覚えのある顔がいくつもある。正直名前は覚えてないけど。


彼らの下卑た顔を見るに、魔物を抑えてるのはボクが怯える姿を見たいからとか、そういう感じだろうか。


まあそれはどうでもいいや。問題はヴァンたちの方。

テッドは、元々名の知れたシーフだった。実力は元よりその賢さや場慣れ、経験による総合力が評価されていて、だからここみたいな最前線に来たんだ。悪辣な事はされないと思って一人行かせたけども、こうまで瘴気の侵食具合がまずいとなるとわからなくなってきたな。


…まあ、ヴァンなら大丈夫か。

どうせもってなんとかしてくれるだろう。



「どうした、呆けて物も言えねェか!?」


そんな風に物思いに耽ってるのをどう思ったか、魔物を操ってる誰かが大口を上げて下品に叫ぶ。ちらっと見えた舌は、まあ綺麗なピンク色。騙す為の染色の色でもない健康そのものの色だった。


それを見て、なんだか納得した。

微妙な違和感とこの状況に、成程ピンと来た。

そしてその閃きに、感謝をしたくなった。



「ああー…ハハハハ!」


「はは。なるほどね。君たち、正気だね?

瘴気に呑まれた訳じゃなさそうだ」



おっと。駄洒落を言ったわけでは無いよ。

こんな状況で冗談を言うほどヒトデナシじゃない。

質問をしたわけじゃなく思考を纏める為の発言だったのだけど、それをどう捉えたか、彼らは何やら得意げに笑って居丈高に暴露し始める。



「ああそうさ。なんてったって、合法的に人殺しが出来るんだひゃははは!最高だろ!?誰だってこうしたいに決まってんだろ!」



ふむ。なるほど。これはあくまでボクのたぶん、の予想だけど。こいつらがテッドをまず瘴気に当てたな。

この村が崩壊する足掛かりはこいつらか。

くだらない三下どもの、諸々だ。


「…はぁ…」



正直まあ、ボク個人としてはここが無くなろうとどうでもいいんだけどさ。ヴァンはここを気に入ってたし、彼、テッドの事も割と好きだったみたいだったんだよね。

だから、許さないってことにしとくよ。


さっきの暴露は冥土の土産のつもりだったのか、もういいと言わんばかりに魔物にボクを囲ませていく三下達。

頭の悪そうな顔に反して手際はまあ鮮やかだ。



「随分手慣れているね。前科何犯?

まあ、知ったこっちゃないけど」



そうだ、知ったこっちゃない。

こいつらが悪い奴らなのは間違いない。

悪人で、『死んだところで鑑みられない』人種なのは。


本当に、本当に、こういうのが居てくれるのはありがたい。こういう、下卑た人たちがいるなら、この悍ましい欲求も、まだ普通なものに見えるだろう。この、ボクの中の本性も。




「………ク、ひひひ」


「ひひ、ひひひひひ。

ほんと、ありがとうね、ありがとうねえ」



ばつん。

ボクを囲んだ魔物の全ての首が抉れた。

抉れて、消えた。呑み込まれていく。魔物の後ろに居た彼らが怪訝に顔を歪めて、直後に異変を感じて眉を顰めた。



「別に君らを否定はしないし、断罪する気持ちもない。弱くて善良な人間から喰われるのは摂理だもの」



さあ、大ピンチだ。

大ピンチ、『だった』。

こんな姿をヴァンに見られてしまうとこだった。

こんな所をヴァンに見られるわけには行かないから。

だから、彼一人で行ってくれて本当に助かった。



「だけど、ああ。ボクね。どうにも。

おなかが空いて空いてたまらないんだ」



空いて乾いて力が抜けて。

食べたくて食べたくて。

欲に全部任せたくなっちゃって。

全部をこの欲望に任せたくなって。



「だから、キミたちにありがとう」



ずちずちずち、と影が伸びていく。

ボクの脚から伸びた影がぐちぐちと伸びてねじれて大きくなって這って動いて追ってうねって喰らって。進んで足を食らって臍を喰らって腕を喰らって胴を喰らって。

そうしてようやく逃げようとしても遅いよ。

慌てて投げ出したって痛いだけだよ。


でも、ああ。


踊り食いっていうのもまた乙なものだね。




「ああ、ああ。」




いただきます。








……





どず、どず。

倒れた身体の、更に首と胸にダガーを刺すテッド。

どうあっても生き延びる筈がない追い討ちをしてから、飽きたように感情が抜け落ちた顔をイスティに向けた。



彼女はぼろ、ぼろと涙を流して。

それでも。

テッドを毅然に見つめていた。

その目からは、それでも光は消えていない。

絶望が彼女を打ちのめしても、それでも。

その奥の光は消えていなかった。



「薄情だな、イスティさんよ」


「…そうかもしれません。

そうであっても、私は諦めません」



まだ薬品に蝕まれて立ち上がれない筈の身体をそれでも無理矢理に奮い立たせて、強張る手に包帯を巻いて無理矢理にメイスを巻きつけて、立ち上がる少女の姿。

涙で頬を濡らして、それでも強く。



「…それでも、ここで折れてしまえば!

死んだ人たちに報いることすら出来ないんですッ!」



啖呵を切る姿。

『瘴気祓い』のイメージすら変わるようなその格好いい姿。

それを、見て。

格好良い。すごい、かっこいい。



間抜けに横たわって見ていた僕はそう思った。

ああ。ようやく、立ち上がれそうだった。

かなり時間がかかってしまったけれど、漸く。


彼女だけに、かっこつかせるものか。




「大丈夫」

「大丈夫だ」



まずは、彼女を安心させる為に声をかける。

それに蘇った屍人を見るような驚愕を向ける二つの視線。恐怖と、まさかの期待が混じった少女の視線と、恐怖のみが入った侵食者の目。



「君はおれが」

「僕が必ず守る」



そうしてから、立ち上がった。

それは、生き物として不自然な挙動だった。

足から膝、腰、腕と段階的に立ち上がる事が、人間が横たわった状態からの普通の立ち上がり方。


だけど、その立ち上がり方は、ただ一息にずるりと上がった。重力が逆巻いたように、一息に。糸に吊られた人形がふうわりと上に浮かされるように。見えない巨大な何かの手が吊り上げたように。



「だって、イスティ。

君は、なんてったって、僕の友達だから」



…ああ、やっぱりとんでもない酷い毒だ。あの時もそうだと思ったが、喰らったらとんでもなく痛かった。

だから、『オレ』があっけなく死んでしまった。『僕』が出ざるを得なくなってしまった。僕は戦いなんて苦手だっていうのに、オレが蘇るまでは代わりにやらないと行けないじゃないか。



「馬鹿な。なんで生きてる」



死なないわけじゃないし、何度だって死んでる。

それに痛みだっていっぱい感じてる。

さっき刺された胸と首から沢山血が落ちてる。

真っ黒で、ドロドロとした汚泥みたいな血。

これはまだ血なのかは、僕自身わからないけど。



「…あ、ああ!ヴァン!ヴァン!?」



彼女がぼろぼろ、とまた涙を流している。

ああ、泣かせるつもりじゃなかった。

けどわざとじゃないんだ。

僕だって精一杯でさ。


…なんて言ったらカッコ悪いから。

だから精一杯に澄ました顔をして。

ただ、一言。精一杯の虚勢を。




「知らないのか?

ダークナイトは死なないんだ」







……





(いいか、ヴァン。

戦いというのは結局のところ、リーチの勝負だ)


(剣より槍の方が強い。弓より大砲の方が強い。そして、もしあるとするならば、指先一つで遠くを爆発できる何かの方がよっぽど)


(……それでも、近付いて戦う意味があるならば、それは恐怖だ。スケアで与えるまやかしの死の恐怖でもない、銃の爆音で与える感覚的恐怖でもない。骨髄にまで染み渡る、真の恐怖。それを与える事こそが、剣を使い続ける君たちの強さだと言えるだろう)



戦いながらそんな声が脳裡にぼんやりと浮かぶ。誰の教えだったろうか?そんな、朦朧としたことを考えながら手先は剣を操ってテッドの短剣を弾いていく。


当然の如く、受けきれないで攻撃を喰らったけど。魔法も使い尽くしてしまったから、何か絡め手をすることもできない。ただただ、こうやって斬り合いをするしかないんだ。


何度だって致命傷を負った。

何回も死んだ。

なのに、立ち上がる。

身体中から黒い液体を撒き散らして。

テッドはその様子に薄気味悪さを感じているようだ。

ダークナイトに対して全然詳しくないことが功を奏したようだ。薄気味悪さを感じてくれたなら、もうそろそろだ。


「クソ、だったら切り落としてやるよ!

バラバラにしちまったら動けねえだろうッ!」


あっと、それはまずい。

流石はテッド、正気を失っても判断は鋭い。

だけれど動揺は明らかだ。

だってそうじゃなきゃ、意味もなく今自分がやろうとしていることを口にして相手に教えるものか。


「ぐっ…!?」


ほら、そんなことをしたから僕なんかに先読みされた。

黒剣が始めてまともに彼に当たった。

テッドの中に黒が忍び込んで行く。流し込まれていく。


「何を…何を俺の身体に入れやがった!?」


それには答えない。

答える理由も無ければ、余裕も無い。

彼の動きについていくだけでへとへとなんだ。

もう、テッドも十分わかったろう。僕はそう強くない。こけおどしで怖がらせるだけの、ただのほら吹きだ。正気を失っていようが、彼の方が『僕』よりも余程余程、実力は上だ。


苛立ち混じりにまた何度もぶっ刺された。

痛みはちゃんと感じてるけど、なんだか他人事のようにその痛みを確認するようなよくわからない状態だ。どこか遠いような気がするような。刺されるたびに、ごぽごぽと黒い泥が落ちていく。

それが触れた地面が溶けているのも、他人事のように眺めていた。


「…なんだ、なんなんだ!

なんなんだよ、テメェはッ!!」


「僕?僕はヴァニタス。ヴァニタス=アーク。そろそろ分かったろう。僕は脅かすことだけが得意のこけおどしみたいな人間だ」


「ただ、それでも。

痛みとかにへこたれないのだけが取り柄なんだ」



答えたのに、彼は理解できないものを見るような目でこっちを見るだけだった。まるで、言葉が通じない怪物を見るような目。

それはどうにも傷付くけれど、だけれど何やら怖がってくれたならそれでいい。そうして『僕』を怖がってくれたならそれは好都合なんだから。


「僕が怖いか」



どす。

また腕が刺されて血が流れる。

それが掛かったテッドのダガーがどろどろに溶けた。



「だけど、違うだろう。

怖がるべきなのはもっともっと、これからだ」


『僕』が、疲れて無くなっていく。

奥の方に引っ込んでいくのと同時に、死んでいた『オレ』が戻ってくる。油断した自分を戒めながら、痛みを噛み締めて。



「お前の殺しの報いを与えてやる。

殺した人々の痛みを、オレの痛みを返してやる。

お前に死の恐怖を擦り込んでやる」


「さあ、立て。

戦え、戦ってオレを殺してみろよ。

あんたなら出来るだろ、テッド?」


「その度に恐怖を擦り込んでやるよ。

何度でも何度でも、蘇ってな」



仮面を付けて、テッドに歩み寄る。

僕はオレになって、オレは僕になる。

さあ。

恐怖を始めよう。








……






ずぱり、ごろん。

テッドの首が切り落とされて、落ちた。

その顔は、どうしようもない恐怖に歪んだままに。


血みどろの戦いだった。

一方的な戦いだった。

テッドがヴァンを切り裂いて、その度にテッドは逆に引いていく。恐怖して引いて、どんどんと動けなくなっていく。その度に黒剣の黒色が流し込まれて、更に恐怖を増していく。

一方的に、テッドが攻めて。

だのに一方的に、ヴァンが優勢だった。


「……イスティ。イスティ!」


テッドの首を踏み潰して。

ヴァンがこっちに来た。

ごしごしと、自分の黒い血を拭ってから、私の手を取った。

仮面がぽろりと落ちて、彼の顔が見えた。光の無い彼の目は、それでも心配そうにこちらを見据えていた。



「よかった、よかった生きてて…

心配したんだ、もし君が死んじまったらって」


「…大丈夫、怪我はないか?」


…私はきっと、この瞬間。

彼を恐れなければならなかった。

人を躊躇なく殺した姿。

恐れ慄かせて恐怖のうちに殺めた少年。殺したことをまるでどうとでも思わないように振る舞う彼を恐れるべきだった。


だのに、ああ。

そうだ、私はどうしようもなく。


「…大丈夫です。貴方のお陰です、ヴァン」


そうして、ぎゅっと彼の手を握り返した。

ずっと思っていたこと。それでも、信念でありながら、強くは思っていなかったことを、改めてこの状況になって初めて思ったのだ。



「ヴァン。私、決めました」


「?何を?」


「……私は、この村をこうした魔女を倒す。

魔女を倒して、聖女になります。

それに、力を貸してもらえませんか」


「…」







……





「…誓おう、イスティ・グライト。

君が聖女に成らんと諦めない限り。

僕は君を守り続ける暗黒の騎士となろう」



恐怖の象徴であるダークナイトは少女の手を取った。

ぐっと握り、互いを支え合いながら。

聖女志望をまっすぐ見据える黒い目。

それに反射する、少女の目。その奥には明らかな感情。


そうだ、彼女は。

どうしようもなく、この時に初めて。

彼に、惹かれてしまったのだ。

そうして彼女は立ち上がる。

聖女となるという、曖昧な理念を。

魔女殺しの聖女となるという、旗を持ち。


ダークナイトの、横に立つという旗の元に。


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