少女、新たな日常を過ごす



この村は、まあ、小さい。ここに来てから数年程度だけれど、全容をすっかり把握できてしまうくらいに。

だからまあそれは予測が出来たことだった。

何なら、正直期待をしていたことですらあったんだ。偶然、街中で顔を合わせることになることは。

だけど。


「あっ、ヴァン!ヴァーン!」


…それにしたって声が大きいな、イスティ…




……




たまの休日。

久しぶりの休暇に村をぶらついている最中のこと。僕はイスティとばったり出会って声をかけられた。

喜色満面に近づいて、ぴょんと手を掴んで。その近すぎる距離にどぎまぎしてる一瞬に表情が変わって。


「ヴァン、今暇ですか!?

なら…買い物に付き合ってください!お願い!」


…そう、開口一番。

嬉しそうに手を握られた直後、困ったようにそう言われてしまったら僕にはもう彼女を断ることが出来ない。

折角ならと、格好つくように応える。


「ああ。いいよ、何処にでも連れて行ってやる」


「あ、いえ。

そんな遠くに行くつもりは無いですよ」


…本当に恥ずかしくなってしまった。

これのどこがカッコつけれてるんだ。

まあ、ともかくとして。

僕らはそうして二人で出掛けることになった。

ここずっと、ダルク以外の誰かと出掛けることなんて本当に久しぶりで、緊張で汗をかきそうになる。

彼女はどう思ってるだろう?と顔を伺うけど、ただ楽しそうな笑顔を見ることしか出来ない。そして、目が合う度に笑顔を向けてくれる。



「にしても、この村で初めて会ったあの人がヴァニタスだなんて…私、とっても驚きました」


そう、にっこりと笑い続ける彼女を少しだけ困らせたいと思ったのか、もしくはシンプルな疑問かはわからないけど。

僕はそんな彼女に一言切り出す。



「…ねえ。たぶんあの時、僕が『ヴァン』だって言う前に、もう気付いていただろ」


「え。…まあ、はい。

すみません、隠すつもりは無かったのですが」


「やっぱり。流石に驚かなすぎと思ったんだ。

どのタイミングで気付いてた?」


「はい、第二深度を探索してる時です。私が置いて行かれてないか、何度も後ろを見返す動作でピン、と来ました!」


「い、い、いっちばん恥ずかしいバレ方だ!

クソ、なんだか格好つかないなあ!」



ちらちらと後ろを伺う様子から気づかれる、なんて。初めに道案内をした時に何度も確認していたってことだし、しかもそれが無意識のうちに癖になってるという二重に恥ずかしいことだ。

それにあの時の少年とバレてしまったってことはつまり、ダークナイトとして戦っている時の口調や一人称も作っているものだと、思われてしまっているという事。ああ、ああ、考えれば考えるほど恥ずかしい。


「おや、そんなこと無いですよヴァン!

私は少なくとも、連れて行く人を思い遣っていつでも助けられる距離を保っていた貴方をとても高潔だと思いました!」


格好つかない、と言う言葉に対しての返答。

ぐむ、と口をつぐむしかない。

悔しさとか声も出ないとか、そんなんじゃなく。

ただ単に、言われ慣れない言葉に照れてしまって。



「お、オホン!

その、なんでもいいけど!

…『オレ』の正体は他言無用で頼む。

出来れば、ではなく、厳守で」


顔、見られないように数歩先に進みながら、そうやって必要な注意だけする。その一人称の変化が仕事中を表すことは、彼女も理解してくれたらしい。ただ、疑問を呈するように顎に手を置いた。


「それは…良いですが、そんなに躍起になって隠すようなものなのですか?むしろ私は、ヴァンがあんなに頑張ってるんだ、強いんだ!ってことを教えてあげたいくらいです」


「…気持ちは嬉しい。いやほんと嬉しいんだけど」



そうだ、嬉しい。

曇りの一つもないその目でそう言ってくれるのは、今までに誰もしてくれなかった評価。それだけで嬉しいことではあるんだ。

だけれど、それはだめだ。



「…僕が戦ってる時さ、変な仮面被っていただろ。あの仮面は…認識阻害の魔術を永続化されたもので。それで、あれはダークナイトとしてやってくなら絶対に必要なものなんだ。そうでもしないと、場所によっちゃ死ぬほど迫害されるから。比喩抜きで、死ぬほど」


そう、言って。イスティは理解をした。

彼女は明るく、能天気で、そして世間知らずだ。

だけど決して愚かではない。



「…ヴァンは、その、何歳ですか?」


「いっ…じゅ、17?」


唐突にされた質問に、びっくりしてギクリと止まってからの返答。止まるどころか、変な声まで出てしまった。

そんなくらい慌てていたからか、3つも上にサバを読んでしまった。いつも詐称する時の癖で、つい。


そう答えると、真摯な趣で、イスティは僕の手を握った。心の底から感服したような、憧れるような目つきで僕をじっと視線で貫く。痛すぎて、焦げてしまいそうなくらいまっすぐ。



「あ、私と同い年なんですね!

…ヴァンはすごいです。そんな若い身空で、栄誉を捨ててそれでも皆の為に戦う戦士になる覚悟が出来ているなんて…」


「え」


「私はまだまだ、未熟者です…!」



そんなことないよ。よく知らないで職業選択をしたせいでこんなことになってるだけで、むしろちやほやされたいよ。栄誉を捨てるなんてとんでもない、できるだけ褒めてほしいよ。

…と、まっすぐな目をするイスティに言うことは、僕には出来なくて。僕は卑怯にも、曖昧に頷くしかできなかった…






……



さて。

彼女の頼み、と言うのは、折れてしまったものの代わりに新しいメイスを買いに行くということ。しかし、どうにも方向音痴なイスティは何処が鍛冶屋であるか分からなくて途方に暮れていたのだという。そこで、詳しい僕を見つけたということだ。


「おや、イスティ!今日は休みかい?」


「ああ、瘴気祓いさん!前のも見事だったぞ!

また頼むよ!」



…説明をしながら歩いている最中にも、そのような村人の声が聞こえてくる。そうして挨拶をされる度にイスティは嬉しそうに微笑んで、いちいち挨拶をしに行っていた。その直向きさは、いっそ危ういくらいだ。


「随分、打ち解けてるな。

まあイスティなら大丈夫だとは思ってたけど」


「はい!皆さん、とっても優しい方々です!」



彼女のまっすぐな人柄からして、皆に受け入れられないということは無いとは思っていた。いたけれど、ここに来てまだ数週間。その短さでこれほど打ち解けるのは、むしろ少し不安だ。それはもし失った時の苦しみが増えるという事だから。ただ、その不安を口にするほど野暮では無い。…本当は口にする勇気も無かっただけだけど。



そうしている内に鍛冶屋に着いた。

そこのヘナーおばさんは相変わらず男勝りで、僕の何に使ってるかもわからないはずのぼろぼろの短剣を手入れしてくれた。

そして、折れたイスティのメイスを見るや否や、代わりに手に馴染みそうなものをすぐに差し出してくれた。


「子供の頃に孤児院から頂いたものだったのですが…それよりも、ずっと振りやすいです!すごいです!」


曰く、『サイズがまるであってなかった」とのことだ。

…それであの威力を出せてたの?



「改めて…ありがとうございました、ヴァン。

ここに来てから、貴方に救われっぱなしです」


「救うとか救わないとか一々大袈裟なんだよ。

…それに、友達だろ?

友達として当然の事をしただけだぜ」



おお、これは少し格好ついたんじゃないか。

と、ちらりと彼女の様子を伺う。イスティはぽう、と呆けたようにこっちを見ていた。


「は、はい。ありがとう、ございます…

…あ、え、ええと!

ヴァンはこれから仕事ですか!?」


…しまった、また失敗らしい。

微妙になってしまった空気を誤魔化すように、イスティが大声をあげる。急いだからか、頬が少しあからんでいる。

その質問に素直に、答えようとして。


「…バカ言え、イスティのお陰でようやく休めるからさ。僕なりにリフレッシュしに行くよ。それじゃ、また」


嘘を、ついた。

つく必要があったかは、わからない嘘。






……




ヴァンは、そう曖昧な答えをしてからすっと私から離れていく。彼の髪色、目の色など影が離れていってしまうような感覚になります。去る直前まで心配そうに伺っていた様子に、また微笑む。


そして、そんな様子を含めた諸々に。

ぽう、と暖かくなる胸に手を当てます。

不思議と満ち足りたような気持ちになるそれ。

ともだち、友達。

その響きの、なんと嬉しいことか!

それに、何より、さっきの彼の言葉。


『友達として、当然のことをしただけだぜ』


ほう、とため息を吐く。

それは友情そのものに対する、何かではなく。私が彼個人に抱く好感情であると思う。そうありたいと思った。



そうしてから私は改めて防魔基地に赴く。向かった理由が何かある、というわけでもなく、ただ行くべき場所であるように思えたという、ただ根拠の無いものだったのだけれど。


「おや、どうもイスティ。今日は休みじゃなかった?ワーカーホリックは良くないよ?」


人でごった返す中から聞き覚えのある声が私を捉える。中性的な高い声。それでいてどこかハスキーで絡み付くような。

ヴァンの横にいつもいる、ダルクの声。


「ダルク!あなたこそ、今日は休みでは?」


「はは、そうなんだけどね。ボクはここの経営補佐の副業をしてるから、お休みの時も少し働かないといけないんだ。天才は辛いね」


「なぁにが補佐だ。いいとこ横からケチつけてるだけだろうが」


これまた、聞き覚えのある声。ダルクの脳天をこづきながら挨拶をしてきたのは、ここの前線を纏めているテッドさん。顎髭をさすり、深く出来た隈を歪ませながらそれでも笑顔を浮かべています。


「よう、イスティ。この前も大活躍だったそうだな、奴ら感謝してたよ。それと最初強く当たって悪かったって謝罪もな」


「ああ、無事に済んだんですね!

よかった…心配だったんです」


「…奴らの事を悪く思わねえでやってくれよな。ヴァニタス達とつるんでたってなると、それだけで悪く思うような奴が多いんだ。んなバカな事やめろとは言ってんだけどな」


「全くもって、失敬だよね。

ボクらはあくまで助けてやってるのに」


…それは、憤慨などを通り越して、疑問。

なんでなのか、という単純な問題になっていました。それはここにきてから気になっていたこと。任をこなした彼らに向けられる遠巻きな視線。侮蔑の態度。そしてそれにすら隠しきれない恐怖。



「…テッドさん。その…

前々から思っていたのですが…

失礼、ではないですか?」


「ん?」


「あ、いえ、その!…ヴァニタスやダルクは、皆の為に献身的に動いています。それに、彼は、その…!」


自らを犠牲にしてまで、栄誉を捨ててまで戦う優しい少年なのに。と。そう言おうとして、彼の忠告を思い出して止まる。

そうだ。私の満足のために、彼の正体に繋がりかねないことをいって彼の不利益になってしまったらどうするのです。だから、その先は言えなかった。けれどテッドさんは言いたいことはわかったと言うようにただ静かに頷いていた。



「…事情があるのかとも思いました。

ですが、それでも聞かずにはいられなくて。

すみません、不躾に」


「いや。その疑問は全うなもんだよ。

ただそれについては多分俺よりも…」


「ああ。ボクの方が詳しいと思うよ。

何せボクも遠巻きに見られる立場の一人だから」



けらけらと、他人事のように笑ってそう立候補するダルク。相変わらずに目は笑っていない。その笑みにはいつも、違和感を感じてしまう。…その話をするなら、とテッドさんは席を外す。

その雰囲気に呑まれてか、和気藹々としていたはずの広間の雰囲気が少しだけ暗くなったような気がした。気のせいかもしれないけれど。



「ボクらが、冷遇される理由、だよね?

…ところで少し話は変わるが、彼とさっきまで会っていたみたいだね?それに、随分仲良くしていたようだ」


「え!何故わかるのですか?

もしかして聞いていたとか…?」


「ふうん?カマかけのつもりが大正解か。随分と仲良くなったんだねえ。ボク抜きで会うなんて珍しいことだな、ヴァンが。…どう?楽しかったかい?」


「ハイ!おかげでとても楽しかったです!」



それは、紛れもない本心。

会ったこと自体は偶然。睨むような目付きも気になったけれど、彼と一緒にいる事によってとても嬉しくて、楽しかったのは確かだ。彼と一緒の時間は、幸福だったと言えます。



「………

…そうか!いや、よかったなあ。彼にも正体がバレても始末しなくていいと思える人間が出来たわけだ」


沈黙を少し、したと思えば。その後にすぐにけらけら、と笑いだしました。目は相変わらず笑ってない、偽物のような笑み。

だけれどその笑いには今回だけ、寂しさというか、悲しみを感じることが出来た。そんな気がしました。


「始末…って、まさか」


「あーっ勘違いしないでね!ヴァンはそういうことは一度もした事がない。そういうのはダサいからって、しようとしないんだ」


「………だけどそういう選択肢が常にあるのが彼の職。ダーク・ナイトとして生きるということだ。それはわかるかな」


「……」



認識阻害の仮面に、一人称と口調を変えた変装。そうまでしなければ正体が露見した時にどうなるかわからない、そのような危険な境遇に身を置いているということはわかった。

そして、その上で。更に気になる。



「私が浅学なだけ、とは思うのですが。

ダークナイトという職は聞いたことがなくて…」


「うん」


「どうして。ヴァンのような優しい人がそのような危ない身空にならねばならないのですか」



そうだ。なんで、そこまでされるのか。ウォリアーもメイジも、ハンターも。ダークメイジもエンチャンターであっても、私のような『瘴気祓い』すらそこまで徹底的な迫害を受けることはまずない。心無い人々がいたとしても、あくまで少数で済む。

では、何故それだけ。『ダーク・ナイト』とはどういうものなのだろうか。



「それは、ここでは言わない。彼の許可が無いうちに話すのは失礼に当たるし、他に聞かれてしまう可能性だってある」


「う。

…確かに失礼、でしたよね。すみません…」


「まあね。だけれどボクは嬉しいよ。そこまで彼を真摯に心配してくれる子がいてくれて。こんなに、底抜けにいい子がいるなんてとてもとても」


謝って下げた私の頭をそっと抱擁するダルク。

彼の表情はその状態ゆえに見えなかったけれど、声はいつもよりぽうと温かくなっているような、そんな気がした。


「お願いがあるんだ、イスティ。

ボクの方からも、ヴァンと友達でいてあげてほしい。

それと、もう一つ。

ボクとも友達になってくれないかい?」



はっ、とするような提案。

それは、恐怖とかそういうのでは勿論ない。

友達という響きの甘美さによる驚愕で。


「彼をそう真摯に受け止めてくれる人なんて、これまでいなかった。だからその点でボクらは非常に仲良くなれそうだ。

ボクはキミを、すごく気に入ったんだ」


「ええ、こちらこそ。

こちらこそ、是非お願いします!!」


即答してしまいました。

ああ、なんという素晴らしい日だろう。

この人生、友達というものができることは一度もなかった。それが、二人も出来るなんて。それぞれ優しい、素晴らしい人と。

私にはもったいない素晴らしい人たちと。



「おお、良い返事!

良かったぁ!ボクとしても是非友達でいたいよ!

ああ、是非とも、友達のままでいたい」


「…ずっと、友達のままでいさせてくれよ?」


「?はい!善処します!」



そうして私はダルクと改めて握手をしました。

ぎゅっと、力強い手を取って、私は…

彼?いや、彼女…?

いや、ええと、そういえば、うーん…



「…あ、あの。ダルク。失礼ついでにもう一つだけ質問をしていいですか?」


「おや?ボクらは友達になったんだ。

それくらい遠慮無しにどうぞ?」


「は、はい。

その…ダルクって、男の子ですか?それとも、女の子?」



そう、質問すると。

きょとんと目を見開いてからじっとりとこっちを睨めあげて。そうしてからまたけらけらと笑い始めてしまった。

だけどその笑いは、ちゃんと目まで笑っていた。


「あは、ははは!そっかそっか?それは…」


「…フフ。

それこそ、どちらでもいいことじゃない?」


「え、えー!?なんですか、それは!」



…結局何度質問してもダルクはそれに明確な答えをしてくれず。私は最終的に、暫定的にダルクを女の子だと、判断することにした。

うーん、難しい。友人関係とは、

こんな難しいものなんだ…?

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