ダークナイト、手を繋ぐ




日が昇る前に目が覚めて、そうしてスクロールを幾つか取り出す。内容を唱えながら祝福を得るように。そのように魔術をメモライズする。きっとスケアだけで十分だろうけど念の為に他のものも。

昨日と同じで、実際は何が起こるか分からないから。臆病だと我ながら思うけど、なまじそれが何度も自分の命を救ってるからやめることができない。


メモライズが終わって、武器と防具の手入れ。

溜め息を吐く。魔術か、剣か。どっちかしか使わない職業ならこの手間も半分で済んだのだろうなと思うと、一層、他にしておくんだったかなという気持ちになる。


「お早う、ヴァン。

相変わらず君は寝坊助だね」


そうして終えてから玄関まで行くととうに準備を済ましたダルクの姿がある。いつ起きてるのかすら、見たことがない。寝坊助だと言うが、僕に言わせればこいつが早すぎるだけだ。メモライズしないのにどうしてこう早起きなのだろう。


「…うるさいな。

見ての通りに準備は大丈夫、いつでも行ける」


「あ、仮面忘れてるよ。後、纏わせなきゃ」


「どっちも忘れてるわけじゃないよ。…ただ、どっちもあんま好きじゃないからギリギリまでやりたくなかったんだ」


真っ黒な仮面を着ける。

視界も五感の全てが薄れて暗く消えるような感覚。

これがまた僕は苦手で。


「…はぁ…これ、痛いんだよな…」


そうぶつくさ言っても、にこやかに微笑むダルクしか反応は無い。

だからいつも通り。

自分の胸に目掛けて剣を刺した。

血の代わりに滴るのは黒い液体。

その黒液が剣を侵蝕し、剣は黒く染まる。



「…ふぅ、お待たせダル…あれ、ダルク?」


「あ、ごめんごめん。

また長くかかるかと思って朝食食べてた」


「一人だけ食べるなよ、僕にも寄越せ」


「はいはい、この食べかけので良いかい」


「新しいのくれよ」


そんなくだらないやり取りを、唯一の友達とする。

ダルクはいつものように目だけ笑ってない笑いをずっと浮かべたまま平行線そのもののような態度を崩さないまま僕に関わる。

僕にはそれがいつも、とてもありがたい。




……



そんな風にしている内に日が明ける。

そうして僕たちは防魔の扉を開ける。

いつもの通り、朝一番に防魔のホールに居るのは受付だけ。その彼女はまたいつものように俺たちが来ると驚いたように背筋を正してこっちを見やる。俺から明らかに目を逸らして。


「ど、どうも。今日もお早いですね…」


「他の奴の邪魔をしても悪いからな」


そう言ったのは、本音でもあり建前でもある。

徒に怖がらせても悪いと思うし、そして何よりあの遠巻きに見られてる感覚がシンプルに辛いから味わいたくない。


「ただ、ちょうど良かったです。本日、ヴァニタスさん達には緊急の依頼が入っていまして…」


…要約するなら、昨日行った場所にもう一度行けと言う依頼内容。それを聞いて横にいるダルクの眉根が少し揺れた。



「…昨日のオレたちがやった内容を信じて貰えないか」


「え、いえ、そういう訳ではなく…!」


「いや、考えれば当然だよヴァン。

ボクらの行動の瑕疵は別。ただ単に、昨日首を持ってきたあの魔物が家族連れだったとしたら大惨事だからね。ボクらにしか手に負えない」


「そうです!本当に、そういうことです!」



心底から助かったという風に首を激しく縦に振る姿を見て、また、僕に向けそう怯えさせない、という表情をしてるダルクを見て。僕はしょんぼりとする。問い詰めてるつもりなんて到底無いんだけど、仮面にくぐもった声はどうにも恐ろしく聞こえるらしい。

いつものことではあるんだけど。傷付く。



「…何にせよ昨日と同じ場所でいいんだな?」


「はい。同じく第三深度の拠点地でお願いします。

件の魔物への対処方法は…」


「皆殺し。それ以外に何がある」


「……は、はい」



あまり長いこと僕と話してても可哀想だと、できるだけ早く会話を切り上げる為に一言で会話を終わらせる。なのにダルクはまた、小声でそういうとこじゃないかなと言う。


「では出発する。パーティはいつも通りオレとダルクの…」




「ちょーっと待ってください!」



…朝焼けの鶏の声より慌ただしく、霹靂のように響いたのは二回程聞き覚えのある溌剌とした声。元気が有り余って、清廉な声。


「ふう、なんとか間に合いました…!礼拝の場所がわからず2時間ほど迷子になっていてしまいまして…

いやいやそんな事より!その依頼ご一緒して良いですか?」


…この人はいつも道に迷ってるな。

なんて、そう思った。

口の横にパン屑を付けたまま元気に申し出て、綺麗なくらいに腰を下げて礼をするその女性は、ここの新たな『瘴気祓い』。

イスティだった。


「何故」


「はい。私、浅学ゆえこの辺りの事を全く知らないのです。ですが、そうして皆様の足を引っ張ってしまうのは酷く恐縮でして…なので、聞くよりは実際に見たほうがずっと覚えが早くなるかと思いました!」


「イスティ。オレ達は…」


「勿論いいよー!

リセちゃん、イスティさんも追加でお願いできるかな?」


……横から勝手に快諾をしたのはダルクだった。

受付、リセはその急な展開についていけないようだったが、ダルクのその一言ではっと正気付き、そのまま手続きを始めようと奥に引っ込んでしまった。



「…ダルク?」


「良いじゃないか、別に。人手なんてあるに越したことはないし、彼女なら今日着いてきても無事だよ。それに何より、彼女の言ってることは正しい。実際に見て体験するより知識が身につく方法ってのはないからね」


「はい!出来るだけお二人の迷惑にはなりません。足手纏いにならない程度の護身は出来ると自負しています!

万が一手に余るようでしたら私は置いてください。それくらいの覚悟はできているつもりです!」



あくまで明るいままに言ったイスティ。しかしその表情の裏にある覚悟は、後半の言葉がまるで嘘では無いことを証明しているようだった。


「……分かった。

あんたの武器の準備も必要だろう。

外で待ってるから出来るだけ早く済ませてくれ」


「!はい、ご厚意感謝します!」


そう言ってスキップでもするように浮かれて彼女の部屋に戻っていく背中を見ながら、僕はまた扉を開けて外に出る。

気付けば太陽はほぼ昇ってしまっている。

もう少し早く起きた方がよかったかもしれない。



「ヴァン、にやけてるよ」


「…カマかけはやめてくれ。

ニヤけてもないし、仮面で見えないだろ」


「あはは、ごめんごめん。

でも良かったじゃないか、彼女と急接近。

このまま聖女ちゃんと仲良くなれたら万々歳だろ?」


「………まあ、それはそうなんだけど」



……正直、さっき飛び込んできたイスティが一緒にと言った時すごく嬉しかったのは確かだ。彼女が気になっているのも事実。だけどニヤけてなんかいないはずなんだ。多分。だってそんなのあんまりにもかっこよくないだろ。


「良い加減、人前だと威圧的な口調にするのもやめたらいいのに。一層怖く見せちまうよそれ」


「…だってそういうのを気にして途中でやめちゃったら、それこそかっこよくないじゃないか」


「ボクぁその愚痴をしてる時点でダサいと思うけどねぇ…」




……



「イスティ、どうだ?」


「はい。…濃いですね。

とても第二深度とは思えないくらい」


「オレたちが昨日戦ったあいつみたいなのがいるか…もしくは、それが発生する前に瘴気が漏れてるか、か」


「前者でなければいいね。

昨日みたいな過重労働はごめんだよ」


…私達はあれよあれよと淵征地の第二深度拠点に辿り着きました。ヴァニタス、ダルク。彼らの実力はとてつもないものです。

それはただ戦闘力というそれだけでなく、ただこの地帯における慣れと抜け目のなさ。ほぼ全ての魔物の戦闘は避けられていましたが、むしろそれこそが彼らの実力を表していました。


「…ダルク」


「了解」



ヴァニタスさんが、中途で手で私たちを制して先に進む。それに後から着いていこうしたら、今度はダルクさんが手に取ったステッキで私の行く道を阻みました。


「しーっ。ここでボクと待機だイスティ」


「え…しかし」


「待機。足を引っ張りたくはないだろう」


足を引っ張る。

それを聞いて、どうしようもなく行く意思は無くなりました。そうはならないように努めてはいたけれど、そう言われると。その様子を見てか見ないでか、ダルクさんはそのまま語り出し始める。


「違うんだ。足手纏いとか言うつもりはないし、寧ろボクらはびっくりしたよ。君がここまでちゃんと強いとは思わなくて」


「そう、ですか?」


「うん。いや彼もかなり驚いてたよ。

だって結構重いだろう、そのメイス」


「はい!努力の賜物です」


「うん。そこで神様だのなんだののお陰にしないところもいいね。自分の成果を認識できるヒトってのはいい」


相変わらずに口だけを歪め、目が笑っていない笑み。これはダルクの感情どうこうと言うよりも、どちらかというとただの個性なのではないかという気持ちになる。


「その上で、今の彼にとってはボクらは足手纏いになるんだ。というのも…」


ふんふん、と聞き入ってる所に。黒づくめの仮面が戻ってきた。ヴァニタスはその足早に戻ってきて、そうしてせかせかと動き始めた。


「おや、早かったね。異常かい」


「一所に集まれ。脅す」


「はいはい。イスティ、下がって」


言われるがままに、彼らの後ろに。何が来てもいいように足を肩幅に広げ、槌をゆっくりと握っておきます。


「『スケア』」


一言唱えて、ダークナイトが白い何かを振り撒く。瞬間に周囲から生き物が飛び去りました。妙な形をした小鳥、こちらを襲おうとしてたであろう魔物。私すら、それに怯えて咄嗟に逃げようとしたくらいで。


「これで、よっぽどの奴以外は寄ってこないだろう」


その一言で、さっきの魔術は恐怖を伝染させるものと分かりました。後ろに隠れて影響を薄くしか受けなかった私ですら怯えたのだから、よほど正気を失っている生き物以外は確かに、近寄ってこないでしょう。



「…その『よっぽど』が来ちゃったみたいだよ、ヴァン」


「!くそっ。昨日といいどうなってるんだ!」


…私達が戦う魔物には主に二種類。一つは既存の生き物が瘴気の影響を受けて変貌を遂げたもの。瘴気の恐ろしさとは正にそこであり、故に私のような職がいる。

そうしてもう一種類。明らかに既存の生き物とは姿が異なる怪物『淵』から出てきたのだと言われる、魔物としか形容できない存在。生殖は出来ないとされているし、それが何かを撒き散らすわけではない。


だが単体の脅威としての恐ろしさは、後者の方が圧倒的に上回っている。轟音と飛び込んで来た魔物は後者でした。

前足が非対称に3本生えた、豚じみた魔物。



「…『クローズ』!」


ヴァニタスの姿が影に溶けるように目の前から消えて、即座に魔物の眼前に。そうして魔物の目玉に黒い剣を突き立てる。剣の黒色がずず、と波打って魔物の体内に吸い込まれていくように見えたのは錯覚ではない。


「ヴァン、そのまま…!」


ダルクが手をかざして、何をもって唱える事なくただモーションを繰り返す。それはどの呪文とも違う、何かに命じるようなものでした。そうした瞬間、魔物の首が捩れるのを見ました。そんな姿は無いのに、まるで蛇が縊ったような跡が残っていました。

そのチャンスを見逃さず、ヴァニタスが黒剣を更に深く捻じ込んで、更にその剣の黒を魔物に流し込んでいく。

そうしていく内に、どんどん、どんどんと生気が尽きていくのを感じて。そうして二人からもだんだん緊張が失せて。


ですが、そうなる前に。

私は魔物の目を見て。ぞくりと、悪寒が走って。

気付けば私は駆けていました。


「やああああッ!」


「!?」


訝しむ二人を内側から突っ切って、ヴァニタスを突き飛ばし、ただ無我夢中にメイスを振り下ろす。二つ、ぱきりと折れる音がしました。

ばきり、と魔物の前脚の内の一本が折れる音。

そうしてもう一つは、私のメイスが折れる音。

私の腕は、感触はないけど折れては無いようです。


「…なんだ、こいつは。

まさかこんなことをしてくる奴がいるなんて…」


ぞっとしたように眉根を顰めるダルクさん。受け身を取っていたらしく、既に立っているヴァニタスさん。そうだ、説明をしないと。


「はぁっ、はあっ…す、すみません!私もこんなことしようというよりは、無我夢中で!迷惑をおかけしてしまって、その…」


「違う。イスティじゃなくて、『こいつ』だ。

見ろ、ヴァン。彼女は君の命の恩人だぞ」



そうしてダルクが指した先には、どろどろとガスを放ちながら溶けていく地面。不整備な道故に石もあったろうに、それが元々あったかどうか本当はわからないくらいに、ぐずぐずに液体になっている。

ただ唯一個体として残っている、小さな針以外。


「死にかけるまで待ってから前脚の中から毒針を発射する生物なんて、生物学的どころか魔物にもあり得ていないぞ?まるでこんなの…」


「…特定の人物を殺す為の暗殺者みたいだな。

そうなら、スケアに退かなかったのも納得だよ」


「……ふうむ。まあ、今の段階では私情無くメモしておくくらいしか出来ないか。さっそくいつもの、やろうか」


「うん。ダルク、頼む」


二人はそうして魔物についての見聞と、解剖を始めて行きました。ダルクがさっきのように手でなにかのモーションを送ると、勝手に肉が裂けたり消えたりをして、その先にあるものを剣で裂いていく。

そうして、何かを見つける。

それを見つけるための依頼だったのに、見つけたくなかった。そんな言葉が、黒騎士の背中から溢れるようだった。


「…タグだ。ダルク」


「やっぱりダメだったか…うん、大事に仕舞っておく」


二人が何を表しているのか。詳しいことは私にはあまりわからなかったけど、悲痛な趣きと、そもそものこの依頼内容で、大まかに何が起こっているか、何が起こってしまったか。それは、理解しました。


「…私の、『前任者』ですか」


「……ああ」


葛藤したように悩んでから、ヴァニタスが答える。そう答えれば、怖がるのだろうと分かった上で。それでも、教えないのは不誠実だと思ったのでしょう。



「イスティ。さっきは、心の底から感謝する。

あれが当たればオレはきっと死んでた。だが…」


「ああ。イスティちゃん。ああいうのは、もうよしてくれ。ボクらには代わりがいるけれど、万が一にも君を失うわけにはいかない。君は、今現在における唯一の『瘴気祓い』なんだから」



唯一の。と、いうのは。

今目の前で、魔物の胃袋から前任の姿を表すものを見つけてしまったが故に更新された情報から来る修飾語。

わかったつもりでいた。

いたけれど、そうだ。身に染みてわかる。

ここでは命は、私が思ってるよりずっと軽い。

それは軽くあるようにしてるわけでもなく。

ただ、仕方なくそうなっているだけで。


「恐れをなしたか」


「はい」


「この戦場から逃げるか」


「いいえ、逃げません。

恐ろしくても、私は戦います。

そうでなければ、聖女なんて夢の夢ですから」


そう答えれば、ヴァニタスはただこっちを見るだけで何も言いません。ですがその真っ黒な仮面の奥底で、何を思っているかは少しだけわかるような気がしました。



「…進もう。依頼は第三深度拠点の確認だ。もうこいつを倒した以上無事だとは思うが…念の為、だ」


「は…はい!お供します!」



ぐっと、折れたメイスの先を持って彼の後ろに着く。

そうしていると、ダルクさんが後ろからぐいと私を引っ張って、私をヴァニタスから遠ざけてしまいました。



「…ねえねえ、さっきは無理して言ってたとかない?

本当は今にも帰りたい、とか言わない?」


と、そうひそひそ声で囁きながら。心配をしているのだろうダルクに、私はつい笑いながらいいえ、と答えました。

すると、どうにも苦渋を飲み込んだような顔をしながら、よくわからない事を返されてしまいました。あれは、なんだったんでしょう。



「……そりゃ残念。ボクは君のようなイイ子には怖気を成して逃げ帰ってもらった方がずっと嬉しかったんだけどな…」






……




「や、お疲れ。随分遅くまでかかったね。

仮面はまだ外さないのかい?」


「バカ言え、イスティに見られたらどうする。

…僕の顔はまだ知られないままの方がいい」



それもまた、半分は本音。

半分は、僕は単純に彼女に僕を知られるのが怖くて、どう反応されるのかを受け止める自信が無かっただけだ。


「あーいかわらず奥手を通り越してビビりだね少年。君の顔知ってるの、ボクくらいなんじゃない?」


「なんだよ、バカにするつもりか?」


「いーや、ただの優越感。

…それより見なよ、あっち。

イスティちゃんの初の御披露目だよ」



指された方をじっと見る。

そこには、まばらに人が集まっている。初めての『瘴気祓い』。その実力を見んと、野次馬が来ているのだ。僕らもそれの一人だが。



瘴気祓い。

それは、淵に近づき、魔に近付いたものに纏わりつく瘴気を、文字通り『祓う』行動であり、それをする人そのものも指す。

瘴気は人に憑く。モノに憑く。

そして、死体にも、遺品にも。

僕たちが亡くなったものを悼むことが出来るのは、彼女のような神聖で厄介なものを祓う人たちがいるからだ。


誓って、彼女だから、ということではなく。

僕は前から、その人たちを尊敬していた。

そしてその上で、彼女の美しさと神聖に見惚れた。



「…堂に入ってるね。

とても初めてとは思えない」



ダルクの呟きが耳から抜けていく。

彼女は冷や汗を垂らしながら、僕らが持ち帰った遺品を、遺体を、そしてウォリアーの鎧も、メイジのローブも。全ての装備から瘴気を祓っていく。聖歌を口ずさみながら灰が巻き立つように空に戻っていく瘴気が、美しく見えてしまうほど滑らかに。



「…これで、明日からはボクら以外もまた探索に行けるようになったか。あー、助かるね。これで連日連夜の過重労働からは暫くおさらばってわけさ」


「……へ?あ、ああ!そうだな!そうだ、うん」


「ぷっ…あっはっは!

見惚れるのもいいけどアホヅラが過ぎるよヴァン」


「だ、誰が…というか、仮面で見えないだろ!」



そうして、ダルクと話している内に。すっかり祓い終えて、こっちに向かってきていた彼女のことには気づかなかった。

彼女、イスティ・グライトに。



「お疲れ様です、ヴァニタスさん!」


「うわっ!?…あ、ああ。そっちもお疲れ様。

探索を終えてすぐ祓いまで、大変だったろう」


「あはは、確かに疲れました。

…それにしても、ありがとうございます。あなたがいなければ私はここに来ることすら出来なかったのですから」



どきり、と肝が縮む。

もちろんそう言う意味では無かったろうが、つい、あの時に道を案内したことがバレてしまったような感覚に陥って。

咄嗟に助けを求めようとダルクの居た方を見る。

いねえ。いつの間にか消えている。


「…え、っと。礼は要らない。

むしろオレこそ礼を言わないといけない」


「え?」


「ほら…あの、毒針の。助けてくれたろう」


「い!…いえ、助けたなんて!そんな烏滸がましいくらいで…ついつい、また何も考えず突っ走ってやっちゃったー!くらいに思ってまして、そんな礼を言われるほどでは、えへ…」



歯切れ悪く、僕が礼を言うとびっくりするくらいそうやって照れてしまった。なんだろう、感謝され慣れていないのだろうか。見てて恥ずかしいくらいに、顔を赤くしてしまっている。



「何かお返しをしたい。

その、何かしてほしいことでもあるか?」


そんな照れているイスティに僕もどうやって答えたらいいかわからなくて。そう言ったはいいけど、何をしてもらいたがるかなんてことはさっぱり予想できなくて。



「ほ、ほんとですか!?

では、お言葉に甘えて。一つ!」


「…私と友だちになっていただけませんか!?」



…そう、言われた時は何を言ってるのだろうとか、自分の都合のいい幻想を見てるんじゃないかという気にもなった。

その反応をどう思ったか、イスティがどんよりと落ち込み始める。



「そうですよね、ダメですよね、すみません。

今の言葉は忘れていただいて…」


「ダメなんかじゃない!」



自分でも、びっくりするような大きな声だった。

我ながら気色悪いと思いながら、それでも続ける。


「その、えっと。

オレにとっても得ばかりというか。

いや今のは違くって!ええと…」



やっぱり、仮面をつけたままでよかった。

僕の顔はきっと、本当に酷いことになってる。

にやけて、赤くて、全くもってなさけない。

こんなとこ本当に見られなくてよかった。



「…その、オレのほうこそお願いする」


「………!!」



ぱぁ、と太陽の晴れたように彼女が笑って。

僕の纏う、陰気な何かが全部祓われたような気がした。



「はい、はい!

よろしくお願いします、ヴァニタスさん!」


「さん、は要らないよ。

オレのことは呼び捨てでいい。…いや」


それは今まで、家族以外には二人にしか呼ばれたことの無いあだ名だった。一人は、相棒で唯一の親友のダルク。

そしてもう一人は。あの時、本名を教える訳に行かないと思って、咄嗟に教えてしまった名前。それを呼んだ、道に迷っていた君。



「……ヴァン。

俺のことはヴァンって呼んでくれ」


「…!わかりました、ヴァン!

これから、よろしくお願いしますね!」


そうして僕らは手を繋いだ。

聖女を目指す少女と、ダークナイトは手を結ぶ。

ダークナイト。

忌み嫌われる最悪の職業。

みんなに嫌われるさいっあくのものだと思ってた。

だけど、これは、この時だけは。


僕は、イスティと手を繋ぐことの出来た事に感謝したく思った。


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