ダーク・ナイトはへこたれない
澱粉麺
序章:瘴気祓いと嫌われもの
少女とダークナイトは出会う
この世界には、淵がある。
昏く、魔が溢れる世界の淵。
腐り変化を齎す、世の淵が。
…
……
(えっと…
ここでいいんでしょうか…)
…私は着任して早々、迷子になっていました。
我ながらもう、なんてばかなんだろう!
と反省しても今の現況が変わるわけでもなく…
かといって、このままおろおろしているだけで何がどうなるわけでもない。なのでまずはどなたかに道を聞いて…!
「もしもし?」
「きゃあっ!」
…声をかけよう、と決めて狙った瞬間に別方向から声をかけられて、素っ頓狂な声をあげてしまいました。恥ずかしく思いながら、なんとか取り繕おうとして、どてんと転んでしまう始末で。
そうしてる所を見かねてか、その人は手を差し伸べてくれました。その人はまだ私より若い、黒髪の男の子。おろおろとした顔で、何とか会話をしようとしていました。
「…ごめんよ、驚かせちゃったかな。
何か困ってるみたいだったから…」
「へ?いえいえ!こちらこそ取り乱してすみません!防魔前線基地の場所を探してこちらまで来たのですが迷子になってしまいまして…!」
おたおたと互いに、妙に照れ臭くなりながらそう話していると、その方の表情は急に硬く引き締まりました。ちょうど、あまり聞きたくなかった名前を聞いてしまった時のように。
「ここの防魔に?それなら僕が詳しいから案内してもいいけど…お姉さんはどうしてあんな物騒なとこに行こうとしてるの?」
「!ならぜひ、ぜひ案内してもらってもいいですか?」
「いや、だからどうしてって…まあいいか。
うん、いいよ」
その人が詳しいからと言ったのは嘘ではなく。慣れた足つきで村の中をするすると私を案内してくれました。
その中で、いくつか互いの話をしました。彼はここ生まれなのか、とか何をしているのとか。代わりに彼は私にどこからここに来たのかとか、改めて、なんで防魔なんてところに用があるのかとかを。
「さあ、ついたよ。ここが防魔。
…道は覚えた?」
「はい。なんとか次からは一人で辿り着けると思います」
「そうじゃないと困るけどね。
それじゃごめん、僕この後用事があるんだ」
そうして、足早に去ろうとする。
明らかに、何か逃げるようなそのそぶりから、きっと何かそこに居たくない事情があるのかもしれないと思って、それでもそこに案内してくれた彼に感謝をしようと思う。そう、彼。ここに案内をしてくれた…えっと。
「すみません!名前を聞かせてもらっても?」
「名前?」
「はい!申し遅れました、私はイスティと申します。
この度はお救い頂いてありがとうございました!」
「救うだなんて…大袈裟だ。
僕はただかっこつけたかっただけだよ。
…僕はヴァン。それじゃあね、イスティ」
そうして改めて去っていく彼、ヴァンの背中に手を振るう。彼にまた、幸運があってくれると信じて。
そうして、ここに来て早々、あんな親切な方に会えたのなら。きっと、頑張れると。そう信じて私は建物の中に入りました。
防魔前線基地、その傷だらけの木扉を開けて。
私がそこに足を踏み入れた時の感想は、思ったよりもずっと優しい雰囲気だ、ということでした。
酒気こそ帯びている人は居なかったけれど、皆が一様に楽しそうに話している様は、私が思っている前線とは程遠い状態で。
逆に困惑した、と言うと失礼だけど。
「おや?」
そんな、挙動不審になっている私の姿を見てある人が近づいてきました。妙齢の男性、全身に力が満ちていて、実力者なのだろうということが察せられるような人でした。
「よおよお、お嬢さん。こんなとこにあんたみたいなのが来るもんじゃないぜ。ほら、とっとと帰った帰った」
「いえ、帰りません。
私はここにやるべき事をしに来たのですから」
その人はそう返す私を一度、力づくで戻そうとして。そしてふと、止まって合点が言ったように手を叩く。
「ん…ああ!もしかして新しい『瘴気祓い』か?」
その問いにこくりと頷くと、その男性はそっと頭を抑えてから、すぐに頭を下げました。深々と下げる様子は、むしろこっちが申し訳なくなるようで。そもそも、最初にそう言わなかった私が悪いので…
「いや、さっきは悪かったな。
俺はテッド。一応ここの…纏め役をやってる」
「よろしくお願いします、テッドさん!
私は…」
「ああ、待った。自己紹介なら…
おぉい、皆!こっち向けやァ!!」
テッドさんの、恐ろしい声量の声に基地内の喧騒が静かになり、一気に視線がこっちに向けられました。
そうして、自然と私に視線がどんどんと向いてきます。その視線に緊張をしながら、それでも期待が混じっているそれに胸を張って。
「…!私はイスティ・グライト!
瘴気祓いとしてこの地を訪れました!
夢は、聖女となることです!宜しくお願いします!」
負けじと、大音声で挨拶を。
聖女になるなんて大それた夢を、ここまで大声で言うのは初めてだったけど、恥ずかしくはない。私はそれを、信じているのだから。
返事は、無い。
代わりに嘲笑も無く。
次に響いたのは拍手の音と、喧騒の音。
再び話し声が戻ってきた穏やかな雰囲気だった。
「ハッハ、聖女とはまた大きく出るなぁ。
まあ、これで顔見せは済んだな。
改めて明日からよろしく頼むぜ、イスティさん」
「えへへ。さん、は付けないでください。
恐れ多くて、恐縮してしまいますから」
「オーケー、イスティ。それじゃアンタの部屋を…」
ばん、と扉が開く音。
一対の足音。
一つは重く、一つは過剰に軽い。
そんな音が静かに響いた。
瞬間に空気が、ひりついた。
とてもではないが、その入ってきた人物が誰なのかという呑気なことを聞くこともできないようで。
その人は、不気味でした。
真っ黒の、穴すら空いてない仮面を被り、黒い、不吉を纏ったような服を見につけて平然と歩く。その片方の腕にはそれまた真っ黒な片手半剣。そして片方には巨大な魔物の首を持って。
そしてその横に居る人は、可憐な人。
褐色の肌に、身幅のある服。木製のステッキを肩に担ぐように持つその人の頬に、常ならぬ者を表すような返り血。男の子なのか女の子かもわからない、その中性的な美貌が、何処か不気味なようで。
「はい、これが依頼書。根城にしてた狼達は既に死んでて、代わりにこれが居座ってたから、代わりに殺してきた」
「…は、はい。
ありがとうございます、ダルクさん」
受付のバー・カウンターにどんと魔物の首が置かれる。その衝撃と音、そしてショッキングな見た目に受付の方がびくりと震えました。ダルクと呼ばれた、その中性的な人はその様子を見てむしろ嬉しそうに顔を歪めて。
「依頼の正誤やら辻褄合わせは後日でいいかな。
もうボクら疲れてしまったんだ」
「!は、はい、どうぞ!
お疲れ様でした、ヴァニタスさん!」
背中を向ける二人に震えながら頭を下げる受付の方。そうして周りからも目を背けられる彼らから、私は目を外すことが出来ませんでした。
ヴァニタスと、ダルク。名前しか知らないその二人に、どうにも不思議に、惹かれて。
「ヴァニタス、さん」
だから私が声を掛けたのは理由があった訳ではなく。その後に怪我を見つけたから、呼び止めた口実にしてしまっていて。
何故そうしたのは私にもわからない。
「背中の辺り、ほんの少し怪我をしています。見習いではありますが、それでも私はここに瘴気祓いとして来た身、治療はできるかと」
「…これくらいなら、いい」
仮面の奥から聞こえてきた声は、まるで変声期前の少年のように、性別の分かり辛い声。陰鬱としたような、感情を殺すようにしているようにも聞こえる声。
「だけど善意は嬉しい。ありがとうイスティ」
…ただそれだけを残して。
彼らは建物を出て行ってしまいました。瞬間に皆から張り詰めた空気が抜けていくのを感じる。まるで、何事もなかったかのように努めて私に部屋の案内と、様々な説明をしてくれるテッドさん。
なのに失礼ながら、私はどうにも彼らのことを考えて頭から離れて行きませんでした。
黒騎士、ヴァニタスのあの声。
黒魔術師、ダルクの品定めするような横目。
なぜか彼らが、気になって。
そうしている中、ふと思ったことが一つ。
そうだ。
私が皆さんに自己紹介した時には彼は居なかった。
そう、居なかった筈なのに。
「なんで、私の名前を知っていたんでしょう…?」
…
……
……僕は部屋の片隅で仮面を外した。息苦しく、視界も遮るそれは本当に外したくて堪らなくて。
「あー、疲れた…
狼だけって話じゃなかったのか、ダルク…」
「それは仕方ないだろう、ヴァン。
ボクだって予想外でヘトヘトなんだ」
そう無駄な、口論ですらない無駄な話だけをしてベッドに横になる。そうして泣きそうになりながら、今日の周りの様子を思い出した。
相変わらず怯えられたような目。
誰も話しかけてはくれない。
「…はあ…ダルク…
今日も誰も話しかけてくれなかった…」
「あー、はいはい…そう泣くんじゃないよ。
いつもの事じゃないか。いい加減に慣れなよ」
「いつもの事だから、辛いんだよ…」
…魔物の押し寄せる、この辺境。この前線なら、頑張れば頑張るだけ評価されると思ってた。いや実際評価はされているんだ。なのにそうすればそうするほど、されるのは周りからの恐怖とこの距離の取られ方だ。何が悪いんだ。そう、言われれば思い当たるのは一つ。
この見た目と戦い方だ。
「…やっぱり職業選択を間違えた…」
「今更かい、それ」
ダルクが呆れたように横で肩をすくめる。そんな事言われても、そう思うものは事実だから仕方がない。
僕はただかっこいいと思ってこうなっただけなのに。こうしてダークナイトになっただけなのに、これはあんまりだ。
最初の方は、それこそよかった。
それでも段々と戦ってるうちに僕の知らない僕の噂がどんどんと流れていくんだ。なんだそりゃ、ってものが沢山。
こんな事なら、それを初めのうちに否定しておくんだった。だけど当時の僕はなんだかんだの誤解だとしてもそういう視線に晒されるのが満更でもなく。ついつい、まあ今度でいっか…と流してしまっていた。
結果がこの様だ!かっこいい、だとか友達ができるとかそういうラインをかっ飛ばして、周りから遠巻きに見つめられるだけになってしまった!自業自得だから誰かを責めもできない!
悲しい過去?非業のうちに死んだ家族?
無いよ!姉、両親共健在だよ!
「うぐううああ…
結局僕と一緒にいてくれるのはダルクだけだ…」
「まったく、ボクとしては代替品みたいに使われるのはイヤなんだけどねぇ…」
やれやれ、と呆れながらそう背を叩いてくれる手に落ち着きながら、そういえばと今日の出来事を思い出す。
僕に普通に話しかけてくれた子の事。
唯一、物怖じをしていなかった人。
「……イスティ」
「ん?…ああ、あの新しい子かい。
そういや彼女はフツーに君と話してたね」
「ああ。…」
「彼女に惚れられたい?」
「……そんなんじゃないさ」
そんなんじゃない。多分そう。
だけど、彼女の顔がどうにも忘れられない。
これはつまり、どういうことなんだろう。
「…まったく、一緒に居てくれるのはボクだけ、なーんて言った側から他の子に目移りかい」
「そういうんじゃなくって」
「はいはい分かってるよ。
どうせボクは代替品、それでいいのさ」
「それは…違う。僕にとっての唯一であって一番頼れるのはお前だけだ。冗談でも何かの代わりだとか言わないでくれ」
そう言えば、ダルクの顔はきょとんとした面になって。そうして嬉しそうな顔になったと思えば急に僕のベッドに飛び込んでくる。
「んふふふ、ふふ。
そうかそうか、そうならそういうことはもっと積極的に言っておくれよ、ヴァン。そうじゃなきゃボクはいつしか自信を喪失するからね」
「そう。ボクは君にとっての一番。
ずっと隣にいてあげるし、ずーっと一番さ」
押しつぶされ、苦しくなっている底で。
僕はただ目を瞑った。
「…ダルク、重い」
「…潰しちゃうぞ」
「ぐえ」
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