第2話

「私たち魔女っていうのは、魔女になりたい人間を弟子にとって、身の回りのお世話をしてもらうものなのよ」

「弟子? 魔法使いの弟子か。何のために弟子なんか取るんだ」

「それはもちろん、宝石を手に入れる為よ。人間の心からしか宝石は取り出せないの。お世話してくれる人間がいつも傍にいたら楽でしょ。だから魔女は弟子を取るの」

 紅茶の香りが店に漂い喫茶店のような空気を作り出している。BGMはゆったりしたボサノバ。僕の趣味じゃない。星硝子の趣味だ。これも僕の店をまるで喫茶店のように仕立てている原因の一つになっている。お洒落な上にお茶の出てくるお店ということで、僕のお店を喫茶店のように使うお客さんはゼロではなかった。本業の恋の相談の報酬は宝石で貰っているけど、お茶代はそうはいかない。お金を頂いている。だから彼らにも、そろそろお金を払ってもらった方が良いかな、と考えながら見守っている。

「人間を魔女に変えるというのはどうやるんだ?」

「もちろん儀式よ。魔女が『心臓』っていう特殊な道具を用意して、魔方陣を描いて、その上で願いの儀式をするの。こういう力が欲しいので魔女になりたいです、って」

 火花くんと星硝子が、魔女についての講義をしている。それは良いんだけれど。

「あのさあ。ちょっと仕事の邪魔になってるかも」

 いつの間にか火花くんと星硝子、仲良くなってるみたいだし。

 僕は頬を膨らまし、彼らをじとりと見る。話し声が邪魔で考え事が纏まらない。

「仕事? 何の仕事だ」

 火花くんが背もたれに肘をついてこちらに振り返る。星硝子は紅茶に口をつけた。

「恋占い師の仕事だよ。恋愛プランを考えてるの」

「貴様、黒曜とかいう男にまた惚れたんだろう。それならなぜ、仕事なんかするんだ。貴様がそいつと恋愛すればいいんじゃないのか」

 黒曜一途。僕の新しい恋占い屋のお客さん、かつ新しい恋のお相手だ。まほろ高校に通う一年生で、先輩に恋をしている。一目惚れだったそうだ。僕とおんなじ。

「一途くんに好きな人がいるならその人と……好きな人と結ばれてほしいじゃない」

「わからんな。恋愛なんていうものは所詮自分勝手なものだろう」

「わかってないなぁ。僕はね、尽くすのが好きなの」

 火花くんが立ち上がり、僕の向かいの椅子へとどかりと掛ける。渋い顔をしている。

「納得がいかん。貴様の言っている意味がわからん」

「わかんないなら見てればいいよ。そのうちわかるから」

 火花くんは僕が机いっぱいに広げた書類に目を落とす。これは、一途くんの好きな人……花頼雲母さんのことをたくさんメモした紙だ。彼から聞いた一欠片の情報だけど、無いよりわかりやすい。その他に、デートスポットやイベント情報などもまとめた。

「これは何をやっているんだ?」

「雲母さんの性格から見て好きそうなデートコースを計画してるんだ。一途くんはまだ恋人ができたことがないみたいだから、その点も考慮して、二人で楽しみやすい場所を考えてあげなくちゃね」

「デートの仕方も考えてやるのか!?」

「不得意な人が上手くいくようにサポートしてあげるのが僕の仕事だからね」

 今のところはこの町の中にあるショッピングモールや、喫茶店を挙げている。彼らは高校生だから、あんまり遠出は向いてない。まほろ町での初デートと言えば、たくさん選択肢があるわけじゃない。初めてならこんなところだろう。二回目以降の予定には、近隣地域の博物館や水族館を加えていこうと思う。

 ある程度考えが纏まったら、資料をとんとんと整えてホッチキスで留める。依頼人にこれでどうですか、ってプレゼンをした後、彼女をデートに誘ってもらう。

「これでまず一つ目の仕事が終わり。プレゼンの予定は……」

 次に一途くんがお店に来る日。一応明日の予定になっている。

 カレンダーに描かれたハートマークを眺めて、火花くんが眉をぎゅっと寄せた。

「おい。デートの当日にはついていくのか?」

「依頼人には内緒でね。デートの様子を見て、改善点とかアドバイスとか探せると次に繋がるからね。もちろん、本人にも反省とか復習とかはしてもらう予定だけど……」

 自分だけで考えていてもわからない問題点があるかもしれないから、それはこちらでアドバイスする必要がある。そのためにこっそり付いていくのだ。

「あのね、ひとのデート見るの楽しいよ。初めはみんな緊張してるけど、慣れてきたら楽しそうに仲が解れていくんだ。少しずつ距離が縮まっていくんだよ。かわいいよ」

「それが貴様が恋をしている相手のデートでも言えるのか」

 ずきりと胸が痛む。確かに、僕は僕の好きな人が他人とデートしているところを見る羽目になってしまうし、それはつらいことだ。だけど。

「好きな人が楽しそうにしているところを見るのは楽しいよ」

「……わからんな」

 わかってもらえなくてもいい。それが僕なのだから。

 火花くんはもぞもぞと椅子の上でむず痒そうに体を揺らしてから、僕を見つめた。

「おい、そのデート、俺も連れていけ」

「え。どうして?」

「『わからないなら見てればいい』んだろう。見せろと言っている」

 彼はいつものようにしかめっ面を浮かべて、腕を組んで唇をへの字に曲げた。

 僕は仕事に関係無い人を連れていっていいんだろうか、と迷ったけれど、それで彼に恋の美しさや素晴らしさをわかってもらえるなら、それで良いかな、と思った。

「ついてきてもいいけど、絶対に邪魔をしないでね!」

「それくらいわかっている。分別はつく」

「……じゃあいいよ。場所はね、」

 僕はデート場所に推す予定の場所を彼に教えた。彼はすぐにその場所を記憶する。

 期日は一途くんたちが決めるから、僕にはまだわからない。

 僕はいつものプレゼン前日より、ずっとわくわくしている気持ちに気が付いた。


 プレゼンも、一途くんのデートの誘いもつつがなく進んで、デートの当日になった。

 一途くんと雲母さんが手を繋いでショッピングモールを歩いて行くのを眺めながら、僕は火花くんと一緒に物陰に身を潜めていた。

「おい! アイツらいきなり手を繋いでいるぞ! いいのか!?」

 火花くんが小声で僕に文句を言ってくる。

「いまどき普通だよ。友達同士でも手くらい繋ぐよ~」

 おかしいな、とは思うけど。僕が聞いた限りでは、雲母さんは一途くんのことをよく知らないみたいだったから、まずは友達を目指すためにショッピングデートに方向性を決めたんだけど。お買い物って相手の好みを知ることができるから、チャンスなんだ。

(……おっと)

 ポケットから宝石を取り出す。握り込み、一途くんの方を指差す。

 一途くんに寝癖がついている。寝癖風のセットにしても、ちょっと違和感があった。服の着崩しもイマイチ。服にパン屑がついている。靴紐解けそう。それからそれから。

 僕が魔法で彼の身だしなみを整えているのを眺めて、火花くんは眉を顰めた。

「そんなことまでするのか?」

「せっかくだからいい印象を与えてあげなくちゃ。もちろん後から反省会するけどね。他にも何か直すところを見つけたら教えて。チェックしておかなくちゃ」

「……猫背だな。おどおどしているし、余裕が無さそうだ。どことなく情けない」

 彼の辛口評価をメモに取る。口は悪いけれど、言っていることは正しい。

「ちゃんと見てくれてるんだね。ありがとう、火花くん」

 口では散々恋なんてってこき下ろしているけれど、僕の仕事については徐々に理解を示してくれてるみたいで僕は嬉しかった。火花くんはフンと鼻を鳴らす。

「インチキ屋がインチキをしないか見張っているだけだ」

「また、そんなこと言って~」

 僕はインチキ屋ではない。ちゃんと立派にお仕事しているところを見せなくちゃ。

「こういうこともやるんだよ。見てて……えいっ」

 僕は雲母さんの足元に向かって魔法を放った。見えない糸が彼女の足首に絡む。

「きゃっ」

「あ、大丈夫すか!?」

 よろけた彼女の体を咄嗟に一途くんが支える。よし、ボディタッチ作戦成功!

 一途くんと雲母さんの距離は一気に縮まった。彼女の体を抱えた一途くんは、彼女の顔をじっと見た後頬を真っ赤に染め上げて、おろおろと狼狽え、顔を逸らした。

「う~ん、惜しいなぁ、そうくるか」

「ああいう場合、何と反応するのが正解なんだ」

「好きな子の体に触ったんだから喜べばいいんだよ。高校生の男の子なんだもん」

 これは僕の意見だけど。今までのお客さんの中では、こういう場面に乗じてこっそり体を触っちゃう子なんてたくさんいた。一途くんは、控えめな方だった。

「貴様、けしからんな~」

「そう? 普通だと思うけど。火花くんだって女の子の体触ったら嬉しいでしょ」

「は?」

 火花くんはがちりと硬直し、一分以上そのままの姿勢で固まってしまっていた。

「う、嬉しくなどない。両者ともに不本意な形での接触など不埒だ!」

「火花くんって真面目だなぁ」

 火花くんは恋をしたことがないって言っていたけど、この様子を見ると、女の子との普通の交流も慣れてないんじゃないのかな。それじゃあときめきの経験も少ないよね。

「恋愛ドラマとか、恋愛小説とかも読まない?」

「当たり前だろ。そんなくだらないもの、興味など無い」

「勿体な~い、面白いのに」

「だが、……こういうのは知っている」

 彼は物陰から離れて、一途くんと雲母さんの方へと向かって歩いて行く。

「ちょ……どこ行くの!?」

 僕が慌てて声を掛けると、彼はこちらをちらりと振り返り、びしりと指をさした。

「貴様より上手くやってやる。そこで黙って見ておけ」

 そうしてポケットに両手を突っ込み、肩で空を切るように歩いた。

 わざとらしく、一途くんにぶつかる。

「オラァ! どこ見て歩いてるんだ!」

 雄叫びみたいな大きな声に吹っ飛ばされそうになる。何なに、何!?

 火花くんは、きちんと着ていたスーツを、僕の傍から彼らの元へと行く間に着崩して、ちょっと柄の悪そうなお兄さんへと姿を変えていた。それにしても元々の育ちの良さが伝わってきてしまうから、完全にはチンピラお兄さんには見えないのだけれども。

 彼は雲母さんの肩に腕を回し、一途くんを睨んだ。

「おい、この女可愛いな。よお彼氏、しばらく貸してはくれないか」

 ヒーロー作戦だ!

 ここまで見届け僕はようやく火花くんの意図に気付き、とっても喜んだ。火花くんがわざと一途くんたちに絡んで、一途くんが雲母さんの前で格好いいところを見せれば、雲母さんは一途くんにキュンとときめくはずだ。それで彼女たちの距離はぐんと縮む。上手くいけばそのまま告白にだって持って行ける完璧な作戦だ!

(がんばれ~火花くん、一途くん!)

 僕は物陰に隠れたまま、二人のことを応援した。上手くいきますように!

 けれどこういうときに上手くいかないのが人生、いや、僕で言えば魔女生だった。

「きゃああ! あなたもしかして、パティスリーアカツキのパティシエの息子さんの、火花さんじゃないですか!?」

 パティスリーアカツキ?

 雲母さんが発した耳慣れない言葉に、僕は思わず首を傾げる。周囲にいたお客さんもざわりとさざめいて、一人また一人と彼らの元へと集まっていき、見る間に人だかりができてしまった。

「パティスリーアカツキって、テレビで有名な、あの?」

「東京に系列店がいくつもあるって言う、美味しいお店でしょ?」

「親子揃ってイケメンだって特集されてたよね。この間もテレビで見たよ」

「雑誌でも今話題になってんの。みなと市に新しいお店出したらしいよ」

「すごい、本物だ! 芸能人みたい! 背高くて格好いい!」

 人混みが発する雑多な情報の中から、僕はそんな言葉を聞きつけた。

 要するに、火花くんって、有名人ってこと? 僕はよく知らないけれど。

「すみませ~ん! すみません、通してください! 僕の連れなんです~!」

 僕は大きな声を張り上げ、人混みを割り裂き、彼らの元へと向かう。けれど野次馬のガードは思った以上に強固なもので、跳ね返されてしまってなかなか中心に行けない。

「仕方ないなぁ……!」

 僕はポケットから宝石を取り出す。火花くんから取り出した『疑心』の宝石だ。

 左手で宝石を握り込み、右手を群衆に差し出して、親指と人差し指を擦り合わせる。すると、菫色の煙が辺りにもったりと揺蕩い、人の群れを包み込んでいく。

「……あれ?」

「なんでこんなところにいるんだったっけ」

「何かどうでもよくなっちゃった」

「買い物、買い物っと」

 あんまり得意じゃないけれど、何とか上手くいった。興味が薄れる魔法だ。

 人混みがさっと捌けていき、後には火花くんと一途くん、雲母さんだけが残される。

 一途くんはぽかんとした顔で僕と火花くんを見つめており……まあ、そういう顔にもなるよね。知らない人に絡まれたと思ったら、僕がついてきているんだもの。

「あの……これ、何ですか?」

 一途くんに訊かれた火花くんが、僕の方へと困った視線を向けてくる。んもう。

「ごめん。この人……僕の連れなんだ」

「えっと?」

「彼がきみたちに声を掛けたのは、きみたちのデートを盛り上げるためというか……」

「貴様がしゃんと俺様のことを倒さないからこういうことになるんだ!」

 火花くんが偉そうに鼻をフンスと鳴らせば、一途くんの表情が見る見る曇っていく。

「俺たちのデートを邪魔したんですか?」

「え……っと、結果的には」

「邪魔したわけではない。邪魔になってしまっただけだ」

 もう! 余計なことを言わないでよ!

 僕は火花くんのスーツの裾を引っ張ってつついた。彼は意にも介していないようだ。いつも通りの腕組み仁王立ちの姿勢で唇をへの字に曲げている。

「……」

 一途くんは、普段の温和な表情を暗くし、不機嫌そうに眉を顰めて僕を睨んだ。

「余計なことをしないでほしいっす」

 吐き捨てるようにそう言うと、雲母さんの手を引いて、行ってしまった。

「……」

 僕が今まで感じたことのないような衝撃だった。確かにこれまで、思った通りに恋が進展しなくてお客さんに怒られたこともあったけれど。思った通りの結果にならなくて、どうしてだろうって一人で悩んだこともあったけれど。それ以上の衝撃だった。

「怒られちゃった」

 ぽつりと零れる。怪訝そうに振り返った一途くんの表情が、一転焦ったものになる。

「おい。瑠璃鈴」

「一途くん、怒ってた。迷惑掛けちゃった」

 気持ちが萎びていく。ぽたりぽたりと視界が滲んでは零れ落ちていく。

 火花くんは慌てて僕の肩を掴み、きょろきょろと周囲を見回した。

「お、おおおおい。貴様の好きな食べ物は何だ」

「マロングラッセパフェ……」

「何だそれは!? ええい、くそ、さすがにそれはすぐには出てこんぞ……!」

 火花くんは僕の手を引き、近場にあったスイーツショップに足早に駆け込んだ。


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