心臓と宝石〜瑠璃鈴の章〜
@nepisco
第1話
まほろ町には魔女がいる。僕もそうだった。
魔女とヒトの違いはさほど大きいわけじゃない。体の内部の作りはどうだか知らないけれど、外見はぱっと見ただけじゃ、違いがわかる人の方が少ない。魔法が使えるか、使えないかの違いを見た目で判別できるわけではないから、こうしてときどきうっかり絡んできちゃう人がいる。
「お姉さん美人だね。ちょっと遊んでいかない?」
ごめんね、僕お姉さんじゃないんだ、とか、この町そんなに治安悪かったっけ、とか、多分この町に長く住んでる人じゃあないんだろうな、とか。頭の中にいろんな独り言が巡っては消えていくのを眺めて、どうしよっかなと溜息をついた。
路地裏、民家の窓ガラスに、僕と絡んできた若いお兄さんとが並んで映っている。
僕は確かに普通の男の人より体がちょっと華奢かもしれないけれど、背は高い方だと思うんだよな。やっぱり肌が白っぽいのと、ひとつに束ねた長い髪の毛が僕を女の人に見せているんだろうか。物憂げな眼差しがガラス越しに僕を見つめ返す。
「ほらお姉さん、俺と楽しい場所にいこうよ」
腕を掴まれて、再び溜息をついた。どうしよっかな。頭の中はそればっかりだった。
「僕、今お買い物から帰ってきて、お店に向かう途中なんです」
やんわりと拒否を口にする。けれどお兄さんは、そんな言葉は聞いちゃいないとでも言うみたいに、にやにや笑いを顔に浮かべて僕を見ていた。あまり素敵な顔じゃない。
困ったなあ。頭の中で、もうひとつ溜息をつく。
振り払うのは造作もないけれど、あまり大きな身振りをしたくなかった。
両手が埋まっていたからだ。
両手に荷物を持っていなければ、無理やり体を押し退けて道を通ったかもしれない。けれど今日はたまたま市場で紅茶の茶葉と果物が安くて、たくさん買ってしまった。
「通してもらって良いですか?」
「いやいや、遊ぼうって。荷物も持つよ」
「結構です」
「悪いようにはしないから。ちょっと遊んで帰るだけ」
腕を掴まれて、なすがままに引かれて歩み出す。僕は面倒くさくなり、もうこのままついてっちゃおうかな、と諦めかけていた。体の力を抜きかける。
「おい貴様、やめんかっ!」
空気がびりびり揺れて、近くの窓が震えた。大きな大きな声だった。
僕は突然の声に耳を塞ぐこともできずに驚いてよろけた。それはナンパのお兄さんも同じだったみたいで、彼がよろめいた隙に僕は彼の腕から逃れることができた。
「なんだ! でっけえ声出しやがって!」
ナンパ屋さんが振り向いたから、僕はその声が彼の後ろからかけられたものなのだとわかった。逆に言えばそうじゃなきゃわからなかった。と言うのも、大きな音過ぎて、近くに雷でも落ちたのかと思ったからだった。
ナンパ屋さんの後ろにいたのは高級そうなブランドもののスーツを纏った男の人で、不機嫌そうに僕たちを見て眉を吊り上げている。
「これだから、色恋沙汰に頭がいっぱいの連中は愚かだと言うんだ!」
「何だぁ!?」
「べたべたするなら俺様の目の届かないところでやるがいい! 目障りだ!」
それって、僕も同類扱いされてる?
困惑しながら男の人へとちらりと目線をやると、彼はしっしっと手を振り払うような動作をして見せた。さっさと行きな、と言ってくれてるようだった。僕は頭を下げて、荷物を一旦地面に下ろす。このままじゃ、彼の方が面倒な目に遭ってしまうから。
(お兄さん、息止めて!)
僕はスーツの青年に向かって小さくジェスチャーをしてから、ポケットに手を入れ、小さなピンクの石を取り出し顔の前に掲げた。
透き通った色をしたそれは、僕が小声で呪文を唱えると、淡い光と煙を周囲に放って空気中へと溶けていく。甘やかな香りがした。僕はこの香りが好きだった。今は悠長に嗅いでいる場合じゃないけど。なぜならこの煙は、睡眠導入の魔法だからだ。
「ふにゃ……」
ナンパ屋さんが膝から崩れ落ちていくのを見た。スーツの彼は、僕のジェスチャーが正しく伝わったみたいで、ほっぺを空気で膨らませ、必死に呼吸を止めていた。
僕は両手に荷物を抱え直すと、ナンパ屋さんを跨いでさっさとスーツの彼とすれ違い、お店への帰路を急いだ。その場を離れてしまえば呪文の効果も届かない。
「んむむ~~!!」
彼が僕の後ろを必死に付いてくる。顔を真っ赤にしながら息を止めている。
「もういいよ。ここまで来れたら眠らない」
ぶは、と声がした。ぜぇはぁと荒い呼吸を整えて、彼は僕の元へと詰め寄る。
「さっきのは何だ!?」
この町で魔女が魔法を使うところを見たことない人がいるんだ。珍しいことだな。
「ただの魔法だよ。おやすみなさいの呪文」
「ただの!? この町では、魔法が普通に使われるのか?」
「転入してきたばっかり? だったらそのうち慣れると思うよ。空を見上げてごらん。そこかしこで箒で飛んでる魔女が見えると思うから。この町では普通っていうか常識。誰が魔女かもわからないのに、ナンパなんかやっちゃう人の方が非常識なくらい」
ううむと唸り声が聞こえる。今の季節は転入してくる人も多いし仕方がないか。
「でもね、助かったよ。荷物を一旦置かなきゃ魔法が使えなかったから」
「魔法には手がいるのか?」
「手っていうか、宝石。日中だからね。月が出てない時間の魔法はこれがいるんだ」
僕はポケットに手を入れようとして、大きな荷物の存在を思い出した。
「ねえこの後、暇?」
「暇は暇だが」
「じゃあすぐそこに僕がやってるお店があるからついてきて。興味があるならこの町のことを教えてあげるから。ついでにさっきのお礼に、お茶でもしていかない?」
彼は一瞬怪訝な顔をしてから「わかった」と頷く。僕はスキップをした。
「本当にすぐそこなんだ。角を曲がって……じゃじゃん!」
道を曲がってすぐ目の前に現れた看板の前に躍り出た僕は、踵を鳴らして出迎えた。
そこにあるのは、花の描かれた青い小さな看板に、丸い屋根の小さな店舗。レンガの壁に円い窓、一見すれば雑貨屋のように見えるお洒落な外観。僕の自慢のお店だ。
「幸せな恋をするお店、恋占い屋の『茉莉花』へようこそ! 入って!」
魔法で勝手に開くようになっているドアを潜り抜け、僕は店のカウンターに手荷物を置いた。奥から白いローブを纏った白髪赤目の魔女がやってくる。居候の星硝子だ。
「お帰りなさい、瑠璃鈴。いい買い物できた?」
「ただいま、星硝子。今日は紅茶とフルーツが安くて。新しいデザートができそう」
「それは素敵ね! 楽しみだわ。早速紅茶を淹れましょう」
彼女はカウンターの奥に引っ込んでいく。お湯を沸かしに行ってくれたのだろう。
僕はなかなか店の中まで入ってこないスーツの彼を出迎えにドアへと戻る。
彼は、僕の店の看板を見つめたままぼうっとしていた。腕を組んで、唇を引き結び、何か言いたげにしかめっ面をしている。どうしたんだろう?
「お兄さん?」
「けしからん。この店は、まったく、けしからん!」
またあの大きなびりびり声だ。僕のお店の小さな窓がカタカタ音を立てている。
僕は今度は耳を塞ぐのに成功したけれど、鼓膜がじいんと痺れてしまう。
「何? 何がけしからないの?」
「貴様の店は何だって? 恋? 恋だと!?」
彼の姿はお寺に行ったときに見た、そう、あれ、仁王像に似ていた。目尻を吊り上げ、眉を逆ハの字に開き、憤然とした顔で僕を見下ろしている。うん、僕より背が高い。
「恋がどうかしたの?」
「恋などという下らないものを商売に使うなどという考えがけしからん。インチキだ」
ちょっと。お店の前でそういうことを言うのはやめてよ。
僕は彼を半ば無理やりお店の中に引きずり込んで、カウンターの前に座らせた。
彼は小さな喫茶店のような内装の店内をぐるりと見回し、ふんと鼻を鳴らす。
「飲食店として見れば及第点だな! 普通の飲食店であればな!」
「うるさいよ。もうちょっと声のボリューム下げられない?」
彼はぐぬぬと唸った後、そっと囁くように呟く。
「何をやってる店なのだ」
その囁き声は十分大きく聞こえるもので、僕は内心アンプみたいだなと思った。
「だから、恋占いのお店。本当は専門は占いしたりお守り売ったりするお店なんだけど、恋愛相談にも乗ってるよ。お客さんの恋を叶えるお手伝いをして、幸せにするんだ!」
もちろん魔女の営業している恋愛専門店だから、媚薬や惚れ薬なんかも売っている。当然効果は一時的だから、根本的な解決にはならないってパッケージにも書いてある。だから恋愛相談屋さんが一番繁盛していることになる。みんな悩んでるんだよね。
「恋を叶えるお手伝いっていうのは、お客さんから恋してる相手の話を聞いて悩み事に乗ったり、デートプランや告白プランを考えたりしてるんだよ」
「その後はどうする」
「その後?」
彼はしかめっ面を崩すことなく僕を睨んでいる。口もへの字のままだ。
「告白が成功したら、その後付き合いが始まるだろう。結婚するまで面倒見る気か?」
「そこまでじゃないけど……マンネリ解消くらいは手伝うよ」
「くだらん」
星硝子がそっと僕と彼の目の前に紅茶を置いていってくれる。僕はミルクと角砂糖を一つ溶かして、スプーンでくるりとかき混ぜた。彼は何にも入れるつもりがないらしい。半透明な赤い水面を睨んで、カップの取っ手を掴んだ。
「恋なんて所詮一過性のまやかし、胡蝶の夢に過ぎん。そんなものの為に労力を払い、金を払い……いや、そもそも恋愛事に夢中になってることがくだらん、目を覚ませ」
「さっきから何なの? くだらないくだらないって。恋は素敵なものなんだよ!」
恋とはときめきだ。青春だ。体を駆け巡る電流に突き動かされる鮮やかな衝動だ。
ロマンスがあれば人生が華やかに、色彩豊かに彩られるのだ。母からそう聞いた。
「恋を叶えればみんな幸せになれるの。その幸せのお手伝いをするのが僕の仕事なの!きみは恋をしたことがないからくだらないなんて言えるんだよ。そうでしょ!」
「きみじゃない。火花だ」
「そうでしょ火花くん!」
彼はむっつりと渋い顔をしながら紅茶に口をつけた。星硝子の紅茶をそんな顔をして飲まれたくはなかった。僕は一瞬取り上げようかと思ったけれど、一応我慢する。
「確かに……俺は、誰かに恋をしたことなんか、ない」
「そうでしょ!」
ふふんと胸を張る。火花くんだって恋をしたら素晴らしさがわかるよ!
「恋したら僕が叶えてあげるから、相談しにおいでよ!」
「それは嫌だ。インチキ店に払う金などない」
なんだとこいつ。
僕は思わずポケットに手を伸ばす。その手を取って、星硝子が首を横に振っている。
「宝石が勿体ないわ」
それもそうか。僕は何とかしぶしぶ矛を収めることにした。
「それはそうと瑠璃鈴。そろそろ鉱田くんが来る頃じゃない? 支度はいいの?」
「そうだった!」
鉱田くん、の名前を聞いて、胸がとくんと高鳴る。
バックヤードに引っ込んで、鏡の前に立つ。
青い瞳が煌めいている。長い髪に櫛を通し、身支度を調える。
「鉱田? 誰だ」
「お客さん。さっき言ってた恋愛相談の方のお客さんよ。いつもこの時間にくるの」
火花くんに星硝子がさっと説明してくれている声が聞こえた。ありがとう星硝子。
「それでなんでアイツはあんなに慌てているんだ」
「それは……」
エプロンを整え、肩に付いていた埃を払いのけ、背筋をぴんと伸ばす。
「アイツじゃない。瑠璃鈴」
カウンターに戻り、お邪魔な先客さんをどうするか悩んだ。
「決めた」
「何を?」
「火花くん、まだ帰るつもりがないなら奥に入ってても良いよ」
「は?」
つまり表に顔を出すのはやめてねって意味なんだけど。
星硝子が彼のカップをソーサーごと持ち上げて奥に引っ込んで行ってしまう。慌てて彼はバックヤードにカップを追いかけ付いていく。これでよし、邪魔者はいない。
ちりん、とドアベルの音が鳴る。タイミングはばっちりだ。
「瑠璃鈴さん」
聞き慣れた柔らかな声が、僕の名前を呼ぶ。
「いらっしゃいませ、鉄二くん」
僕はとびきりの笑顔を顔に浮かべて彼を出迎える。
口角を上げ、目尻を下げた完璧な笑顔。鏡の前で毎朝何度も練習した顔だ。
「今日は瑠璃鈴さんに嬉しい報告があって来たんです」
「本当ですか。ぜひ聞かせてください!」
恋とはときめきだ。青春だ。体を駆け巡る電流に突き動かされる鮮やかな衝動だ。
ロマンスがあれば人生が華やかに、色彩豊かに彩られるのだ。僕もそう思う。
僕は恋をしている。恋をしてから世界が華やかに、鮮やかに見えるようになった。
恋する相手の鉱田鉄二くんは、にっこり笑ってドアを開け。
「入って良いよ」
女の子を。僕の店に入れた。
「瑠璃鈴さん。前から言っていた好きな人とついに想いを通わせたんです」
「黒間舞です」
彼女は小柄で可愛かった。ふわふわした髪を指で弄りながら、頭を下げた。
「瑠璃鈴さん。瑠璃鈴さんのおかげです!」
僕の頭の中では、がああんと鉄の重りが地面に落ちたような音がしていた。と同時に、想い人の幸せそうな溢れんばかりの笑みを受け取って、満足感と幸福感を胸いっぱいに感じ取っていた。好きな人が幸せになって嬉しい。それは紛れもない事実だ。
「……おめでとう!」
僕は心の底からそう言った。胸は痛いけれど、僕は幸せだった。
「ありがとうございます。このお店に来るのはきっとこれで最後になりますね」
最後。そう、最後だ。彼らの恋は叶ったのだから、僕はこれ以上必要ない。
当たり前のことだし、僕が望んでいることでもあるけれど、恋する相手の口から直接その言葉を聞くと、僕は言い様のないほど寂しい気持ちにさせられる。
「報酬をお渡ししますね」
鉄二くんと舞さんは僕のいるカウンターまでそっと歩み出て、胸を張るように立つ。
「どうぞ」
僕は彼らの左胸、ちょうど心臓のある位置に手を当てる。
ふんわり手の中が温かくなり、手のひらの中に重みが転がってくる。
僕は重みを大事に抱えながら手の中を確認した。ピンクの宝石が両手にあった。
「……ありがとう、ふたりとも」
それは美しく、大きく、重たく、透き通った『恋』の心の結晶だった。
僕はそれを大切に受け取り、彼らに頭を下げた。
「……これで契約は以上です。お二人とも、お幸せに!」
鉄二くんと舞さんは、不思議そうな顔で宝石を見たかと思うと、二人で顔を見合わせはにかむように笑い合った。笑い合い、見つめ合い、甘い沈黙の時間を味わってから、僕の目の前で手を取り合う。僕に再び頭を下げて、二人でお店を出て行く。
取り残された僕は、二人が残した大きな恋の宝石を見下ろし、はあと溜息をつく。
「……」
「瑠璃鈴」
気の毒そうに声をかけてきたのは星硝子だった。
「えっと」
「……また、僕、失恋しちゃった……」
彼女は言葉を探すみたいにあちこち視線を泳がせてから、再び「瑠璃鈴」と言う。
大丈夫だよ、と言いかけて口を開いた。
ずぞぞぞぞ。
僕の言葉を遮って、飲み物を啜る音がした。
「おい貴様!」
バックヤードから火花くんが顔を出して、怪訝そうな顔で紅茶を啜っている。
「何」
「貴様、もしかして、鉱田とかいうやつのことが好きだったんじゃないのか!」
「だったら何なの」
「それなら、どうしてアイツの恋愛事を叶えたりしたんだ。失恋じゃないのか!」
そんなに大きな声で言わなくても、失恋だよ。
僕は胸の中にひゅるりと木枯らしが吹くような気分に苛まれた。
「あのね、瑠璃鈴、いつもこうなの。お客さんのことを好きになっちゃって……」
星硝子が余計なことを言う。僕は彼女を睨み付け、言葉を遮った。
「笑いたければ笑えば良いよ」
「わっはっはっはっは!!」
「本当に笑う人いる!?」
火花くんはお腹を抱えて大きな声で笑った。演技とかではなく、本気の笑いだ。
「バカだな! こんな店でこんな商売をするには一番向いていないだろう!」
「そんなの言われなくてもわかってるんだよ。でも僕は恋の魔女なの!」
恋を叶える魔法を使うのが恋の魔女の『性質』なのだ。僕たちは性質には抗えない。魔女は魔法を使いたい。それは『衝動』であり『情動』だ。僕たちは魔女である限り、魔法を使わずにはいられない。そういう本能が備わっているのだ。
火花くんはそんなことなど知らず風な顔をして、僕が手に持つ宝石を見ている。
「ところでその石だが、さっきのやつらの胸から出てきたな。何だそれは」
「そっか。魔女のことよく知らないなら、宝石のことも知らないよね」
僕がカウンターにそれを置けば、彼は餌を出されたペットのように駆け寄ってきた。宝石は店の明かりを受けて、ピンクの淡い輝きをカウンターの上に溢している。
「人間の心にはね、魔力があるんだよ」
「魔力?」
「僕たち魔女が魔法を使う為に必要な力のこと。奇跡を起こす魔法の力」
そう言って僕は火花くんの胸にそっと手を当てる。指先に冷たい心が触れる。
「きみたち人間が強い想いを抱けば心の魔力は結晶化して、僕たち魔女がこうやって、取り出せるようになるんだ。強くて深い思いであれば、大きな物が取り出せる」
彼の胸元から石がころりと転がってくる。深い紫色の宝石、『疑心』の宝石だ。
「今、きみは僕のこと、疑ってるね。大丈夫、これもすぐに慣れてくるから」
この町の人間は、魔女が身近にいるのが当たり前の生活をしている。魔女にとっての常識に慣れなくても、近くにいれば自然とわかってくるはずだ。
「この宝石を使えば、僕らは月の出ていない日中にも魔法を使うことができる」
宝石をポケットに入れ、僕は彼に向かって微笑んだ。
「僕はこの店で、お客さんにこの宝石を報酬として貰っているんだ。お金は必要ない。魔法さえ使えれば十分だからね。だから、きみが言うインチキとは違うと思うけど」
それでも納得いかなさそうに眉を顰めている。僕は思わず苦笑した。
「だめかぁ」
「金を取っていなくても、いい加減な商売をしていることには変わりないからな」
やれやれ。肩を落とす僕の袖を星硝子が引っ張った。
「どうしたの?」
「外に誰かがいるみたいよ」
「本当に? 声をかけてこよっかな」
気分転換にもなるし。
僕はよく磨かれた床を踏んで、ドアへと向かう。確かに人の気配がした。
ドアを開ける。春風が、ひゅうと店の中に入ってくる。
僕の心臓がとくんと高鳴る音がした。
「あ、すみません」
ドアの外には黒髪黒目の少年が困った顔をして立っていた。学生服を着ているから、高校生くらいなのかもしれない。スポーツバッグを肩に掛け、紙を片手に持っている。このお店に来るための地図なんじゃないかな、と何となく予想が付いた。
「えっと、恋占い屋『茉莉花』さんはこのお店で合っていますか?」
とくん、とくんと鼓動が聞こえる。運命の音がする。
「はい、僕のお店で合っています」
顔が熱い。胸が熱い。体が火照っている。体温が上がっているな、と自覚がある。
「俺、このお店に恋愛相談をしに来たんすけど。えっと」
「はい。お名前は?」
「黒曜一途って言います」
黒曜一途。一途くん。素敵な名前!
「僕は瑠璃鈴。お店の中にどうぞ!」
僕は一途くんの手を引き、踵を返してお店の中へと戻っていく。
カウンターの奥で一部始終を見ていた星硝子と火花くんが、呆れた顔をしていた。
「瑠璃鈴……」
「貴様、全く反省しとらんな!」
うるさいうるさい。恋の傷は新しい恋でしか癒やされないんだよ!
僕は二人に舌を出して、一途くんの座る椅子を机の下から引き出した。
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