魔女は苦戦する
一人で数百の兵を相手取るセラフィーナの力は圧倒的だったが、戦闘が長期化するにつれそれに翳りが見えはじめた。ダリアッドはオルコットよりも大国。それだけに兵の数も多いので、戦力はなかなか
「敵が
寒さも和らいできた春の頃。執務室でまた一つ砦の陥落を聞いたエルヴィスは、憂い顔で溜め息を吐いた。これまで相手に見せつけるように力を使い続けていたセラフィーナ。彼女にそうするよう指示のは、他ならぬエルヴィスだった。セラフィーナの力は、先のように地獄絵図を作り出す。その恐怖を植え付け心を折ることで、相手国に侵攻を躊躇わせるはずだった。
だが実際のところ、ダリアッドは諦めていない。
エルヴィスの傍らに立つセラフィーナは唇を噛んだ。
「……やるわ。殺して殺して、殺しまくれば良いんでしょう? もっと残酷で、恐怖を覚えるような方法で」
屈辱だった。敵はセラフィーナの存在に怯んでいないのが悔しかった。それどころか、セラフィーナの目を盗むようにこそこそと。小賢しいのが気に入らない。
「なんだったら、ダリアッドに攻め入っても良いわ。それで街の一つくらい焼き払っても――」
そうすれば、敵は再びセラフィーナの恐ろしさを認識するはず。そう思ったのに。
「そんなことをしても、敵を煽るだけだよ、セラフィーナ」
椅子からセラフィーナを見上げるエルヴィスは呆れたように嘆息し、セラフィーナを窘めた。無知な子どもを相手しているかのような態度に、セラフィーナは赤面する。
エルヴィスが自分を馬鹿にしている。セラフィーナはそれが信じられなかった。
「相手はやり方を変えた。こちらも策を練らなければならない」
「どうするの?」
「そう……だな……」
椅子に沈み込み、瞳を伏せて考え込むエルヴィス。その青玉の瞳が瞼に向こうに収められる瞬間、冷たい光を見たような気がした。見限られたような気がして、セラフィーナは焦る。
「……ねえ、エルヴィス」
おずおずと呼びかける声が、喉に絡まる。
「教えて。あなたの望みは何?」
エルヴィスは目を開いた。彼の瞳は、ただ落ち着いた色を宿すのみだった。セラフィーナは胸を撫で下ろす。どうやら自分は見捨てられてはいないようだ。
「私の望みは、国を守ることだ」
彼は王太子だった。国を担う重責を負っていた。
セラフィーナの役目は、そんな彼の力になることだった。国を守護する英雄をエルヴィスはセラフィーナに求めた。セラフィーナは、それに応える義務があった。
「ならば、守って見せましょう。このわたしの総てをもって」
しかし、いくらセラフィーナが戦場で力を振るおうと、隣国は怯まなかった。彼らはセラフィーナの目の届かぬところで暗躍し、オルコットの足元を着実に崩していく。
挙げ句、セラフィーナが戦場に出ているまさにその背後で、砦が陥落される事態を引き起こしてしまった。目の前の敵を一掃するのに夢中になりすぎて、味方を顧みなかったのが原因だ。
仕返しに隠密兵は全員まとめて片付けてやったが。味方を守れなかった事実は変わらない。
「使えない」
人々は口々に囁やきはじめる。あからさまにセラフィーナの耳に入るように。戦の劣勢はセラフィーナの所為だとばかりに。
「魔女なんかに頼るから」
宮中を歩くたび、白い目を向けられる。あからさまな態度に、セラフィーナは苛立ちを覚えた。
「なによ。わたしの力に頼りきっていた無能ばかりの癖に」
口さがない連中は、みな宮中の奥でぬくぬくとしているばかりの連中だった。血に濡れていない綺麗な指先で、兵の損失に文句を言うばかりの相手の言葉など、気にする必要があるだろうか。
だが、セラフィーナ自身も、自分の限界を感じはじめていた。搦め手で来られると、自分は弱い。セラフィーナはあくまで兵器であり、参謀には向いていないのだ。自覚はしている。
それでも。
「わたしにできることだったら、なんだってやってやるわ……っ!」
セラフィーナは歯を食いしばる。オルコットの役に立つのが、セラフィーナの存在意義だった。魔女としての価値を証明し続けなければいけなかった。
だから、馬鹿の一つ覚えと言われようと、戦場で敵兵を焼き続けた。敵国の戦意を削ぐことが、自分にできることだと信じて。実際、セラフィーナに立ち向かう敵兵たちの士気は下がっていた。自分たちが捨て駒であることを悟っていたのだ。
セラフィーナはそこに付け込むように、力を振るい続けた。もはや
「エルヴィス……っ」
そして、セラフィーナは戦場で、祈るように恋人の名を口にする。今日もまた、お互いの心身を削る戦いをはじめなければならない。
それでも、彼が自分を乞い続けてくれている限り、セラフィーナの価値は損なわれない。セラフィーナの意志は揺らがない。
………………なのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます