第6話 鬼になりたかった男
いつの時代も景気というのは悪いものだ。テレビを見ればいつだって景気の悪い話題ばかりである。遠くの国の戦争、経済的な危機、輸出規制に、輸入の減少。通貨の価値は不安定になる。実際、景気は良いのかもしれないが、外の情報に触れてみると、いつだって自分は景気の悪い時代を生きているのだ、と思い知らされるような気になる。ことに私が会社員だった時分は外の情報など関係なく本当に景気が悪かった。
学生時代から変わり者呼ばわりされ続けてきた。大学時代は学業よりも、映画の脚本を描くことにのめり込んでいた。ことに古いホラー映画に傾倒した本を書き続けた。良い作品を描くためには手段を選ばなかった。私の友人のA君を教室に閉じ込めてどんな反応をするのか観察したことがある。二十分ほどでA君が窓硝子を割ろうとしたため、慌てて鍵を開けて事情を説明した。A君に強く殴られた。当時私がバイトしていたラブホテルのバイトを紹介することでようやっと手打ちになったが、A君の怒りは細く長く続いた。私はA君にバイトを紹介してすぐにそのホテルを辞めた。ちょうどやめるにはいい頃合いだった。A君や食堂の親父など、目についた人は思いつくまま実験の材料にしていた。終いに実家の近所を歩いていた猫に悪戯しようとしていたのを、母親に見つかって泣かれた。父親はその話を知らなかったが、知っていれば殴られただろう。それから急に目が覚めたようになって、馬鹿なことしてないで就職しようと思った。農家を実直に続けてきた両親を悲しませるのは、本当に良くないことだとわかった。その時になってようやく、脚本の材料探しよりも何かに悪戯をするのが目的になっていることを理解した。
大学四回生の秋になってなんとか就職先が見つかった。そこに行き着くまでが長かった。書類審査は通っても面接になると上手くいかない。半年ほど泣かず飛ばずでもがき苦しんでいたが、運良くある家電量販店に就職出来た。一年ほど現場勤務を行い、それが終われば本社勤務になるとのことであった。就職が決まった日の晩は、母親が赤飯を買ってきてくれたのを覚えている。
家電量販店の店頭で三年ほど働いた。当初、一年は現場勤務という話だったが、あれよあれよと三年の月日が経っていた。ある日、私が彼らに暇を出されたのはなんのこともない、いつもの平日の夕方だった。平日の家電量販店ほど退屈なものはない。お客様よりも店員の方が数が多いというのは日常茶飯事だった。そんなときはブロードバンドの担当のK君と話すのが日課だった。その日もK君とくだらないことを話していると無線で店長に呼び出された。内容は至って単純だった。
「明日から来なくていい。」
ただそれだけだった。特段、勤務態度を悪くした覚えはないし、コンプライアンス違反を犯したこともない。レジに君臨する大柄な女性と折り合いが悪かったのが原因だった。別に暴力を振るったり、暴言を吐いたりした訳ではない。ただ、ちょっとしたことがきっかけで口論になり、それ以来口を効かぬようになっただけだ。ただそれだけなのだが、女性が口論の話にいくつか色をつけて店長に報告した。ただそれだけで暇を出された。私の弁明は何一つ聞き入れられなかった。
そもそも口論の原因は、女性が商品についた防犯用のタグを外し忘れていたのを、私が注意したのが原因だった。私の指摘に女性は激怒した。おそらく逃げ道を塞ぐように一つ一つ順番に説明したのがよくなかったのだろう。またこれは辞めたすぐ後に分かったことなのだが、本社から人員の削減の命令が出ており、うまくこれにはまってしまったようだった。いいタイミングで揉め事が起こったと、店長はさぞかし嬉しかったろう。
思えば現場勤務は一年、あとは本社勤務になる、など大きな嘘だった。それに私よりもレジ係の女性の言うことを尊重して首を切った。こんな馬鹿なことがあっていいのか。私は怒りに身を震わせて帰宅した。
何日か自宅で食べては寝るだけの日々を過ごしていたが、これでは腹の虫が治らぬ。何より真面目腐った顔で非情な判断を下した店長が憎かった。そして嘘をついて採用活動を行なった本社の連中もだ。何日もそのことだけを考えた。あの奸物どもに灸を据えてやらねばなるまい。私はテレビを見ながらようやっと決心した。時刻は十六時である。重い腰を上げた。ベットから起き上がって台所までどすどすと歩いていく。台所の戸を開けて包丁を取り出した。じっと包丁の刀身を睨みつける。寝室の窓から夕陽が差し込んでくる。夕陽は寝室を通り越して台所まで届いた。包丁が赤く鈍い光を放った。手がぶるぶると震える。私は包丁を新聞紙に包んで鞄に忍ばせた。そして電車で四駅先の元勤務先に向かった。
ガラス張りの店内で店員たちが談笑している姿が見える。奥には店長が真面目腐った顔で棚の商品を整理しているのが見えた。よし、これでもう終わりだ。あいつに一つ分からせてやらねばなるまい。鞄の中に手を入れた。じっと店内を睨みつける。だがそれ以上、足が前に進まなかった。何分も店の前をうろうろした。と、店内で談笑していたブロードバンド担当のK君と目があった。会釈してこちらに駆け寄ってくる。
「お久しぶりです。何してたんですか? 心配してたんですよ。」
K君の快活でよく通る声が頭の中に響いた。どっと頭が痛くなった。
「店長に一泡吹かせてやろうと思ってな。知ってるだろ? 俺クビになったんだ。」
「知ってますよ。びっくりしました。あれはめちゃくちゃでしたよね。」
私は心底安心した。理不尽だと思っていたのは自分だけではなかった。
「でも一泡吹かせるってどうするんですか?」
包丁を鞄から出して見せつける気概などなかった。私は押し黙るより他になかった。この頃には完全に臆病風に吹かれていた。
「出るとこ出たらどうですか? 多分勝てますよ。」
そう言ったK君の顔はやけに嬉しそうだった。しかし私は知っていた。この会社の法務部はとてつもなく強い。三年も務めていればよくわかる。途中で姿を消した同僚たちから「出るとこ出る」という言葉を何度も聞いた。しかしそれ以降何の音沙汰も無い。気概のない自分にとって復讐は絶望的だった。
「ありがとう。そうする。」
私は蚊の鳴くような声でK君にそう言うとおずおずと店を後にした。
「鬼になりたい。鬼になって奴らに復讐してやりたい。それから地獄にでも行ってやる。」
そう本気で思うようになったのは、帰り道に立ち寄った書店でのことである。なんだかそのまま帰宅するのは気が引けたため、自宅の最寄駅周辺を徘徊していた。その時も理由もなく駅前の書店に入った。書店のむっとするような紙の匂いに包まれて、私は俄に便意を催していた。もはや便意すら店長や会社による理不尽に思えた。鼻から細く長い息を吐きながらいそいそと本屋の中を一周した。その時、ふと妙な本が目に入った。
「妖怪図鑑」
慣れ親しんだ漫画家の名前が大きく書かれている。表紙の鬼が鎧武者に襲いかかっている絵が強く頭に残った。
自分はどうあっても出来ない復讐のことを考えている。このままぶすりと包丁を突き立てる度胸もなければ、法律に訴えることも出来ない。もう何もあてにならない。自分すらも。このまま何もかも諦めて違う人生を歩むか。いや、ここで負けを認めれば自分は死んだも同じだ。実家に帰って両親の米農家を継ぐという選択肢もあるのかもしれない。しかし、自分が一生懸命に作った米が一瞬で誰かの口の中に消えるなんて許せない。土に塗れて汗を流して、労働は金にこそなっても、それ以外のものが残らないではないか。
「そうか、なら自分は鬼になりたい。鬼になって奴らに復讐してやりたい。それから」
私は額から汗を流しながら書店を出た。そこから真っ直ぐにコンビニに寄ってトイレを借りた。
それから何に関しても時間が惜しいと感じるようになった。寝る時間も食べる時間も、何もかもが惜しいと感じるようになった。自炊する気など到底なれず、コンビニで買ったパンや菓子を口に放り込むだけの日々が続いた。何よりもまず、職業安定所に行ってなんなりと手続きをするべきなのだが、自分の明日に関心が湧かなかった。全ての時間を鬼になる方法を調べることに費やすことにした。図書館、書店、ありとあらゆる場所で鬼になる方法を調べた。確かに鬼について書かれた文献は多くある。しかし、どんな書籍を紐解いても鬼になる方法など書かれてはいなかった。特に何もしていないのに疲労感だけが身体に蓄積していく。自宅の机に書籍が大量に積み上げられていった。そんな折、ある本を手にとっていると、昔テレビで見たある住職のことを思い出した。妖怪説法なるお説教で有名になったお坊さんである。眼鏡をかけた柔和な笑顔と、紙にボールペンで一本線を引いたような細い目がありありと脳裏に浮んだ。その本には妖怪説法と共にその寺の住所が書かれていた。幸にして隣県のK府である。電車を乗り継いで一時間半もあれば着くだろう。どうにかしてこの人物を訪ねる必要がある。会って鬼になる方法を確認するよりない。もしかしたら鬼になる方法を少しなりとも知っているかもしれない。私はメモ帳とボールペンをリュックサックに放り込んだ。財布の中身を確認する。中には一万円ほどしかない。もちろん貯金などしていない。もうあまり猶予はないのかもしれない。どうしても答えないのなら脅してでも聞き出す必要がある。自分にはもう後が無い。リュックを手に取り立ち上がったが、窓を見て思い直した。暗い中に遠くの街灯の薄い赤がぼんやりと写り込んでいた。時計を見ると二十二時だった。
例の和尚とはすぐに会えた。庭を歩いていた弟子に話しかけると、すぐに本堂に通された。薄暗い中に光が差し込んでいて不思議と落ち着いた。ふんわりと線香の香りが運ばれてくる。私は真っ直ぐに紫色の座布団に座った。部屋の中を見渡すと奥にある仏像と目が合った。5分とせぬうちに襖が開いて和尚が来た。テレビで見た姿に相違ない屈託のない笑顔で会釈した。記憶よりも顔が丸く肥えていたし、想像よりも背が低いように感じた。
「こんにちは」
和尚の声が静かな境内で響いた。私は立ち上がって返礼した。
「俺はコイだ。」
私が務めて汚い声を出して叫ぶと、和尚が大笑いした。
「あぁ、鯉の話、聞いてくださったんですね。あれはここの大昔の住職さまのお話でね。」
しばらく和尚の話が続く。昨日寝る前に和尚のことを調べていると、どうやらこの話が十八番のようだった。確かに住職は気を良くしているようだった。
「あの、実は一つ聞きたいことがありまして。」
私は姿勢を正した。和尚の目が分厚い瞼の奥で鈍く光っているかのようだった。じっと私の目を見つめながら「はい」と言った。何故だかぴしゃりと叱りつけられているかのようだった。
「もしご存知でしたら鬼になる方法を教えてくださいませんか?」
和尚の目は全く動いていないようだった。自分はまじまじと和尚の目を見つめる。恐ろしいほど無感動な目だった。口角はずっと持ち上がっているが、目はまるで人形のようだった。
「鬼になる方法ですか?」
少しの沈黙の後にようやっと和尚が口を開いた。和尚の口が糸を引いているのが見えた。一挙手一投足が目について離れなかった。
「もう一度聞きますが、あなたは鬼になりたいとおっしゃると?」
「そうです。」
なんとか絞り出した答えがそれだった。それ以上口も利けなかった。何か冷たいものが全身を伝っていくのを感じた。
「あなた、本物の鬼にあったことはおありか?」
「いいえ。ありません。」
和尚が腕を組んでじっと下を見つめた。外は明るいはずなのに寺の中はやけに暗いように感じた。
「あなたは本物の地獄を見たことはありますか?」
「いいえ。ありません。」
和尚がため息をついてから思い切り息を吸い込んだ。
「悪いことを考えると悪いものが近寄ってきます。現にこの寺にも大勢いますよ。私は恐ろしいものをネタにしてご飯を食べています。だから悪いものが近寄ってくるんですよ。あなた、ここに来てその話しをすると言うことは、それ相応の覚悟がおありなのでしょうね?」
針のような目が再び自分に向けられる。奥の仏像がまるで自分を睨みつけているような気がした。と、寺全体が俄にがたがたと震えだした。地震なら逃げるべきだろうが、蛇に睨まれた蛙のように身動き一つ取れなかった。
「ヤナリですよ。」
和尚が囁くように言った。いつの間にか和尚の身体は最初よりもずっと大きいものに見えた。揺れが止むと自分の荒い息の音だけが聞こえるようになった。
「あなたも悪いことを考えるのはおやめなさい。鬼も地獄も見たことないのでしょう? あなたは鬼も地獄も遠いところのものと考えてらっしゃる。そうでしょう?」
また境内ががたがたと揺れ出した。私は何も答えることが出来なかった。
「なら大きな間違いですよ。どこだって地獄になり得る。どこにでも鬼はいる。鬼になりたければなるがいいでしょう。誰だって鬼になれますよ。しかしお勧めはしません。あなたが願えば家の中だって地獄になる。」
和尚が立ち上がった。そしてじっと私を見つめる。その時ようやく気がついた。奥の仏像が睨んでいるのは私ではない。住職を睨んでいるのだと。
「ここが地獄ではないという保証はありますか? 私が鬼でないという確証がどこにありますか?」
一歩ずつゆっくりとこちらに歩を進めてくる。仏像が凄まじい形相で和尚を睨みつけていた。和尚の顔が眼前にまで来る。
「どうしました? 青白い顔をして。」
それきり和尚は黙り込んだ。顔は眼前にあるままだった。私は何一つ言えなかった。
どうやって帰宅したのか覚えていない。全部脱ぎ捨てて下着一枚でベッドで寝ていた。窓から夕陽が差し込んで部屋を真っ赤に照らしていた。もしかしたら自分は悪い夢を見たのかもしれないと思うようにしていたが、玄関に置いた靴が泥で汚れていたことと、脱ぎ捨てたシャツからほんのりと線香の匂いがしたので夢ではなかったと理解した。台所で水を一杯飲んだ。それから用を足してベッドに腰掛けると、強烈に腹が減った。しかし家中どこを見渡しても口に入るものなどない。とは言っても外に出る気力もない。そういえばと台所の米櫃を引き摺り出すと、変色した米が少し残っていた。これを炊き上げるのも煩わしい。私は米櫃に手を入れて生米を掬い取るとそのまま口に放り込んだ。糠の妙な匂いと硬い米の感触が口の中に残った。水を飲んで口の中を洗い流すと、そのままベッドに横たわった。強烈な疲労感からすぐに意識は遠のいた。
また目が覚めた。外は暗黒の中に沈んでいた。時刻は丑三つ時である。無気力に天井を睨んでいた。遅れて強烈な空腹感が襲ってくる。また生米を口に運ぶべきか。しかし立ち上がる気力もない。寒気が走った。昼間、寺で感じたものとよく似ていた。暑さなど微塵もないのに額から汗が溢れ出た。立ち上がろうにも全身に力が入らない。腕すら持ち上げることが出来ない。と、視界の端に小さな黒い影が映った。ベッドからよく見える位置にテレビを置いている。三十三インチほどの大きさである。テレビの裏から三歳児ほどの大きさの影がゆっくりと現れた。ゆっくりとテレビの方に顔を向ける。痩せ細った身体、禿げ上がった頭部、腹だけがやけに膨れ上がっている。薄汚れた身体を揺さぶって、落ち窪んだ光のない目でじっとこちらを見つめている。クローゼットがゆっくりと開くと、中から同じような異形がゆっくりと顔を出した。机の影、台所、テレビの裏、異形たちは無数に顔をのぞかせた。そして這いずってゆっくりとこちらに近づいてくる。もう息をするのも恐ろしかった。どっどっどっという自分の心臓の音が耳の裏で聞こえているようだった。異形たちがベットを這い上ってくる。そして自分に縋りつくようにまとわりついた。小さな声で何か言っているようだったが聞き取れなかった。まるで何かを懇願するようだった。彼らは私に縋り付いてしきりに私の匂いを嗅いだ。そしてそれぞれ顔を見合わせて満足げに頷き合った。払い除ける力も何も残っていなかった。もはや彼らのなすがままに、この地獄が早く終わることを祈っていた。全身に鉛のような重みが押し寄せた。
と、俄にトイレの水を流す音が聞こえた。豪快な戸を開ける音が聞こえる。どんどんと足音が聞こえると真っ黒な足元が見えた。目線を上げると牛の頭をした新しい異形の顔が見えた。牛頭の異形がゆっくりとこちらに近づいてくる。じっとこちらを睨みつけている。もう少しでこの地獄も終わるかもしれない。この地獄が永遠に続くかのような気持ちになっていたから、牛頭の異形の登場に何故か希望が湧いた。牛頭が枕元に立った。じっとこちらを睨みつけている。自分の身体には変わらず異形たちがまとわりついている。牛頭が一つ鼻息を吹いた。そしてまとわりついていた異形の一人を掴んでテレビの方に投げ飛ばした。異形たちが振り返って牛頭を見つめる。牛頭がまた異形の一人を掴んで投げ飛ばした。それでようやっと異形たちが何かを理解したらしい。おずおずと私の体から離れていった。何かを懇願するような異形たちの声はずっと耳に残ったままだった。異形たちがそれぞれテレビの裏や台所の戸棚、クローゼットの中に姿を消すと、牛頭が椅子を引き寄せて私と正対するように座った。
「鬼になりたいのはお前か?」
私は心の中で同意した。座って口を利く気力はなかった。
「やめとけ。」
牛頭がきっぱりと言い切った。机のそばに置いていた煙草と灰皿を手元に引き寄せた。長いこと吸っていなかったので、もう半年以上前の煙草だった。牛頭は煙草を一本咥えると近くにあったライターで火をつけて軽く煙を吸い込んだ。
「鬼になって復讐を果たしたら地獄へ行くつもりらしいな。馬鹿なことを言う。あのな、地獄というのは甘くないんだ。こないだこっちで戦争があったろう? それで物凄い数の亡者がこっちへ来てな。それで地獄は大慌てよ。お偉いさんたちが大勢の鬼に暇を出したのだ。大勢鬼がいたって本当に働いているのはごく一部のやつだけだ。それに大勢でやるより少人数で流れ作業をした方が効率が良いのだ。だから大勢辞めさせられたよ。いなくなった奴ら、食い扶持が無くなってな。地獄をふらふらと彷徨うだけの存在になった。あいつら死ぬことも出来ず、生きることも出来ない空っぽの存在になった。それがさっきの奴らだ。あれは餓鬼だ。畜生だよ。お前が馬鹿なこと考えるから寄ってきた。いい勉強になっただろう? これからは馬鹿なことを考えるな。」
牛頭は立ち上がってトイレの方へ歩いていった。豪快な水を流す音が聞こえた。ようやっと自分の息の音が聞こえた。そのまま瞼の落ちるのに任せて身体から力を抜いた。
雀の囀りが聞こえてくる。朝日がぼんやりと差し込んでいた。台所へ行って水を口に運ぶ。昨夜のことは夢ではない確信があった。部屋に残るぼんやりとした煙草の臭い、それに灰皿に押し付けられた吸い殻が動かぬ証拠であった。
私の中である決心が固まっていた。思えば農家も立派ではないか。そして現在のこの国を支えるのは農業である。
こうして私は農具を握るであろう手を力いっぱい握り締めて自らの明日に夢をはせた。
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